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第29話

 頑丈そうな檻の出現により攻撃を阻まれたことで虚を衝かれた。

 しかし、ステータスにより常人離れした今の筋力であれば、檻を歪めて入れるくらいの隙間なら作れるかもしれない。


 檻を捻じ曲げようと鉄格子を握りしめた瞬間、吉良さんが何かを取り出して俺目掛けて投げ付ける。


「毒です。ご注意ください」


 その言葉で反射的に格子を手放し、素早く後ろへと跳躍。

 液体が詰まった水風船のような物が、直前まで俺が居た場所で破裂する。

 やや粘度がありそうな液体が地面に大きく広がった。


 確かに薄ら赤いが、毒という程の危険性ではないように感じる。


「毒じゃない……?」


「バレましたか。ローションのような液体を水風船に詰めたものです。私ではあなたの速さについて行けそうにないので、機動力は──最初から捨てます」


 言い終わらぬ内に、大量の水風船を取り出して抱えると、盛大に辺り一帯にぶち撒ける。


 しまった。

 毒と言われてつい離れてしまったが、離れるべきではなかった。


 ただでさえビルの屋上は水捌けを良くする為に摩擦係数が低そうな作りなのに、ローションなんてばら撒かれてしまったらまともに走れなくなる。

 速度の優位が無くなる。


 加えて吉良さんには……。

 赤い線が一直線に浮かび上がる。

 投石機による攻撃か。


 危険目視スキルにより弾道から身を逃しながら、まだ濡れていない床を探し当てて足に力を溜める。

 このまま屋上の足の踏み場が無くなってしまえば俄然不利。

 ならばリスクを承知で突っ込む!


 力を解き放って跳躍する寸前、吉良さんの正面の空間に危険領域が出現する。


「『取出』」


 ずん、と重量感のある音と共に巨大なコンテナが出現して行手を阻まれてしまう。

 くっ、回り込まねば。


「『取出』『取出』『取出』『取出』『取出』」


 後手後手に回り対応の遅れを晒してしまっている間にも、吉良さんは辺りに様々な物を投げ付ける。

 ローション入り水風船、即席の火炎瓶。そして。


「とっておきです」


 コンテナの向こうから吉良さんの声が響くと、何か辺りを真っ赤に染め上げる投擲物が放たれた。

 なんだ、あれは。

 爆弾?いや、この陰影を生み出すような危険領域、まさか。


 咄嗟に背を向けるようにしゃがみ、耳を塞いで目を強く瞑る。



 バン、という銃声にも似た巨大な音、そして目を瞑っていても分かる程の閃光が周囲を瞬間的に照らす。

 閃光音響手榴弾……!


 耳を塞いでいたにも関わらず、きーんという耳鳴りと目眩がする。

 ぐっ、どこでそんな物を。


 頭に手を当てながら吉良さんの方へ向き直ると、最初のコンテナの両脇に更にコンテナが置かれ、合計三つのコンテナにより屋上が完全に分断されている。

 マジか。


「あなたはとても攻撃を避けるのが上手です。なので、分かっていても避けられない攻撃をするしかありません」


 吉良さんは警察の特殊部隊が使うようなジュラルミン製の盾で身を守りながら三つのコンテナの上に立ち、コンテナの上に何かを出現させようとする。

 物を投げて妨害しようとしたが、危険領域を見る限り難しそうだ。


 取り出されたのは、コンテナの一番端と端に立つ非常に長いポールのような物と、その間に張られたネット。

 それがゆっくりとこちら側に倒れ込んでくる。

 逃げ場は無い。

 コンテナによって区切られた屋上半分の全てが範囲内なのだ。


「チェックメイトです」


 諦めて怪我をしないように体を丸める。

 恐らくは何かのスポーツの防護ネットと思われるやや硬質なネットが降りかかり、体の自由が奪われる。


 ずん、ずん、ずんとダメ押しで周りにコンテナが置かれた。

 ネットを固定する為か。

 完全に動けない。


「負けた。完敗だ」


「勝っちゃいました」


 吉良さんは上機嫌そうに動けない俺の傍らにしゃがみ込み、俺の頬っぺをつんつんしてくる。

 やめて。


 風が吉良さんのサラサラの髪を弄び、彼女は今までで一番晴れやかな笑顔を披露した。


「どうやらきらりんの勝ちみたいだね」


 アクラリムがにまにまといやらしい笑みを浮かべながら、身動きが取れない俺の体を椅子にして座る。


「えっ、何。早くどかして。凛?ちょっと?」


「うりうりうりー」


 アクラリムもふざけて俺の頬を突っつき始める。


「ちょ、ちょっとストップ!助けて!やめよう?やめようね?」



 約5分程そのまま頬を突っつかれ続けた。




「おっと、十三使徒の連中からテレパシーみたいだ」


 アクラリムがそんなことを呟き、額に指を当ててすっと立ち上がる。

 そのタイミングで吉良さんも我に帰り、ネットやコンテナを収納し始めた。


 自由が戻った体を軽くストレッチしながら、アクラリムの言葉に耳を澄ませる。


「緊急しょーしゅー?今から?えー、ボクもー?」


 どうやら同じ十三使徒達から招集が掛かったらしい。


「行くのか?」


「ごめーん、今すぐ行かないといけないみたい。きらりん、この四角い棺桶みたいなの一つ借りていい?」


 アクラリムはコンテナを一つ指差しながら吉良さんに訊ねる。


「ええ、大丈夫ですが、何に使うんですか?」


「本来の体を動かす為に、こっちのボディは寝かせておかないといけないんだ。ま、後で転移魔法で追い付くから大丈夫」


 追い付いて来なくとも構わないが。


「あ、活動停止している間は何しても絶対起きないから、えっちなことしちゃダメだよ」


「誰がするか」


 アクラリムは俺の返答を聞くと、うんうんと満足そうに頷き、指パッチンを行う。

 ぱちんという音と共に、ふかふかそうなベッドがコンテナ内に出現した。


「じゃあ、おやすみー」


 いつの間にかふりふりの寝巻きに着替えたアクラリムがぱたんと倒れ込むと、糸切れた人形のように眠りにつく。


「騒がしい奴め」


 すやすやと寝息を立てる少女をコンテナに残してビルの階段を降りる。


 辺りは既に夜の帳が降りきり、暗闇に包まれている。

 ふーっと溜息を一つ吐き、ご飯を食べて寝る為の準備を行った。



 ◇     ◇    ◇



 ──アメリカ大陸上空に浮かぶ漆黒の城──



 六芒星が描かれた大きな円卓には既に十二の影が着座しており、暗闇の中で最後の一人を沈黙と共に待ち受けていた。

 円卓の一つに寝転ぶ巨躯、十三使徒が一柱である赤き竜の黄金色の瞳が入り口を見遣る。


 バターンという大きな音と共に重厚そうな扉が開き、部屋の中に黒翼の少女が飛び込んできた。


「やあやあ、愛と平和と殺戮の象徴、アクラリムちゃんだよー!」


 遅れて来たことに欠片も悪びれる様子がない吸血鬼の少女は、そのまますとんと円卓の空席へ滑り込む。


「来たか、アクラリム。今日呼んだのは他でもない貴様のことだ」


 この城の主、魔神ヴォルフベインが自らの雄牛のような角を撫でながら話を続ける。


「貴様、聴くところによれば、この世界の人間を育てているそうだな。我らが目的をよもや忘れては無いだろうな?」


 ヴォルフベインの赤い瞳がアクラリムを睥睨すると、空間にビシリと亀裂が生じる。

 相対するアクラリムはそれを物ともせず、涼しい顔であっけらかんと口を開く。


「まー、最後には殺すんだから良いじゃん。ボク達の最終目的はレベルを上げることでしょ?」


 アクラリムはいじけたように頭の後ろで手を組み、口を尖らせる。


「この星を支配下に置き、世界崩壊ルイン・オブ・ザ・ワールドを引き起こすことで全ての生物の命を絶ち、我らが世界の糧とする。確かにそれが最終目的だ。しかし、追い込まれた世界が生み出す英雄が幾度我らの喉元に牙を突き立てたかは知っているだろう?」


「えーっと、何が言いたいのかな?」


 暗澹たる闇の中に浮かぶいくつもの瞳がぐにゃりと歪む。


「──つまり、貴様が十三使徒を裏切ったのではないか、という話だ」


 気が付けば入り口の大きな扉が、魔法により厳重に施錠されている。

 アクラリムを除く十二の使徒は既に臨戦態勢を取っている。



「あー……あはっ。要するにさ、難癖つけてボクを殺して経験値を奪いたいんでしょ?だったらさあ、最初からそう言えよ」


 アクラリムは口角を吊り上げ、心底愉快そうに嗤う。

 吸血鬼はゆらりと立ち上がると、亜空より槍を取り出して切っ先をヴォルフベインへと向ける。

 解放された魔力が奔流となり、広間の空気を掻き乱す嵐を生む。


 十二の影は示し合わせたかの如く、赤黒い魔剣が、無窮の剣閃が、山を突き崩す拳が、神鉄製の剛腕が、神すら屠る灼熱の吐息が、極大の魔法が、殺到する。





「さあ、踊ろう(ぶっ殺す)!」




 

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