第12話
俺達は今、選択を迫られている。
このまま逃げるだけでは、恐らく赤いゴブリンに追い付かれて殺される。
何か行動を起こさなければ。
赤黒い色が、辺りを支配していく。
奴が来る。
「捕捉された。
一旦物陰に隠れよう」
点在する放置自動車の後ろに、マンション側とアパート側から死角になる位置で隠れる。
恐らく隠密系スキルは目視されると効果が無くなってしまうか、極端に効果が落ちることが予想できる。
完全に身を隠しながら逃げるのは難しい。
「吉良さん、フォーカスは何回使える?」
「4回、です」
「ありがとう」
吉良さんのフォーカスで視線を誘導しながら逃げるか、もしくは…。
いずれにせよ、吉良さんの魔法が頼りだ。
「吉良さん、合図をしたらこれを使ってフォーカスをお願いできるかな」
「分かりました」
吉良さんへ先程キッチンから持ってきた粉のコショウが入った容器を手渡す。
「フォーカスを使ったら佐藤さんと吉良さんは真理亞さんの所へ。
俺はこれで赤い奴の目を使えなくしてから追いかける」
「それは、危なすぎます」
「ここでただ逃げるだけだと、追い付かれて殺される。
この中で一番足が速そうなのは俺だし、俺がやるしかない」
「…気をつけてください」
「ああ。
…来るぞ」
隠れている車のすぐ前方。
赤い色が収束していく。
飛来物。
アパートの方角から弾丸のように飛んできたのは、件の赤いゴブリンだ。
盛大に粉塵を巻き上げながら着弾した赤ゴブリンは、ぎょろりと辺りを見回した。
通常のゴブリンより遥かに大きな身体には、過剰ともいえる筋肉が備わっている。
危険目視スキルにより、赤ゴブリンを取り巻く赤黒い色がオーラのように渦巻いている。
そろそろハイドアンドシークの効果が切れるようだ。
胡椒の容器のフタを静かに外す。
呼吸を整え、集中力を高めていく。
「…吉良さん」
「はい。
『フォーカス』」
吉良さんが胡椒の容器にフォーカスの魔法を掛ける。
同時に、ハイドアンドシークの効果が切れ、佐藤さんと吉良さんの気配が露わになる。
駆け出す佐藤さんと吉良さんとは逆方向、赤ゴブリンの方へ俺は走る。
赤ゴブリンが視線を誘導され、こちらを振り向くのと同時に、その見開かれた眼を目掛けてコショウをぶちまけた。
「しっかり見ろよ」
飛散する粉末から、赤ゴブリンは目を逸らせない。
反射的に瞼を閉じられたものの、僅かに目の中に侵入したらしく、呻き声をあげながら手で顔を覆っている。
更に、胡椒を肺腑の奥まで吸い込んだらしく、涙を溢れさせながら激しく咳き込んでいる。
目と鼻はしばらく使えまい。
これでしばらく時間が稼げるだろう。
(よし、逃げ…)
──だが、危険目視スキルによる赤黒い色が突然俺の身体を貫くように表示される。
「ッ!?」
即座に振り返り、身を捩って危険エリアから逃れようとする。
振り返って見たものは、血走った右眼を激痛に耐えながら無理やり見開き、拳を振り上げる赤ゴブリンの姿だった。
やば、死───
「『フォーカス』!」
遠くからよく通る声が響く。
赤ゴブリンは地面に落ちた胡椒の容器へと視線が誘導される。
フォーカスの重ねがけか…!
視線をずらされたことで攻撃がワンテンポ遅れ、危険領域から俺の体は辛うじて逃れた。
ゴウッと凄まじい風圧が俺の身体を掠める。
無理やり繰り出した大振りにより、赤ゴブリンの体勢は崩れ、俺とゴブリンの距離は限りなくゼロとなる。
「ッ、ああああッ!!!」
手に持つ槍で、赤ゴブリンの顔面目掛けて突きを放つ。
咄嗟に放った一撃だったが、幸運にも狙い通り赤ゴブリンの右眼へと吸い込まれるように突き刺さった。
ずぐりと、ゴムのように硬い肉を割く感覚が手に伝わる。
が、槍の切っ先は命にまでは至らない。
更に押し込もうとしても、槍はびくともしない。
第一、肉体で一番柔らかそうな眼球に刺したというのに、手が痺れるほど硬かった。
あわよくば倒せたら、と思ったが今の筋力では殺すだけのダメージは与えられない。
視界は封じた。
欲張らずに撤退しよう。
槍を引き抜きセブンレイブンの方へと走り出す。
赤ゴブリンは唯一開いていた側の視界を奪われた為、手当たり次第に暴れまわっている。
左眼はまだ開けないようだ。
こんな化け物が生まれる可能性があるのなら、普通のゴブリンも進化する前に定期的に駆除しなければいけないかもしれない。
どの程度で赤ゴブリンに進化するのかは分からないが、進化前のゴブリンは他の個体よりも体格が良く、危険性が高いように見えた。
そういうゴブリンを見掛けたら、積極的に倒していこう。
赤ゴブリンの怒りの咆哮を背中で聴きながら、全速力で離脱する。
いつのまにか身体中の赤い線が消えている。
運命の書き換えに成功したらしい。
セブンレイブンが見えてきた。
そこには佐藤さんと吉良さんが待ってくれていた。




