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残酷で美しい異世界より  作者: 狼森エイキ
砂の城
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砂の城 11 SIDE シャル

剣術で負けたのは二回目だ。


お師匠に負けた時は仕方ないと思えた。


年も上、体格だって有利、それでいて経験も技術も上なんだから万に一つも勝てる要素はない。

でもまさか同年代の女の子に負けるだなんて……


世界は広いなぁ……

 食欲がなくなりそうな素敵な朝食のあと、私はお付きのメイド(名前忘れちった)の案内で屋敷内を歩き回っていた。


 「ここが玄関ホール。 旦那様一家をはじめ屋敷にいらっしゃるお客様はここからすべて出入りされます。 いわばこの家の第二の顔、ゆえに内装やデザインもかなり旦那様はこだわりになられたと聞いております」


 「へぇ……」


 一応リアクションはしておく、でも正直あんま興味ない。

 廊下にある旦那様厳選の絵画の数々とか、食器とか家具とか、全部わかんないんだよね。

 絵なんてどれも同じに見えるし、食器もなんだっていいし、家具だってすぐ壊れなかったら十分だ。


 …………つーか、この屋敷にあるもの全部旦那様、つまり私の父親である伯爵が選んだものばっかだな。

 もっと先代とかその前の世代の物があるもんじゃないの?


 「失礼、私の父が芸術方面にこだわりがあったのはわかりました。 ところでこの家のことをもっと教えてもらえませんか? 先代やその前の人のことを」


 私がそう聞くと、メイドは少し考えてから眉をひそめた。


 「それが……どうも旦那様は父君と仲がよろしくなかったそうなんです。 なのでこの家で先代のことを話そうとするものはいません。 私がこの家に雇っていただくよりもずっと前に亡くなったそうで会ったこともありませんのでよくは……」


 「じゃあその前は?」


 「えぇっと……ここだけの話ではあるのですが……」


 メイドは私を廊下の隅っこに誘う。

 廊下の隅っこで蹲ってひそひそ話をする二人……はたから見れば不審なことこの上ないな。


 「マエストリ家は先代が龍討伐の功で貴族の位を賜り、そして今日まで来ている国内でも若手の貴族なのです。 ですからその……あまりその話をここでするのは……」


 「なるほど、了解です」


 まぁ、どこでも若造ってのはいろいろ言われるわな。

 特に貴族のような伝統を重んじる世界ならなおのことか。

 貴族なんてそうそうなれるもんでもないから下ってのもできにくい。

 

 コンプレックスを突かれるってのはいい気分じゃないからな。 




 ***



 「ここが中庭になります。 っと……」


 次に案内された中庭には先客がいた。

 伯爵の兄妹だ。

 たしか名前は兄貴がキースで妹がフランだったかな。

 二人は中庭で剣術の模擬戦……というには実践的すぎる斬り合いを演じていた。

 なんでだよ。

 長男と長女(私のほうが年上だから次女になるのか?)なんだからそこまで真剣にやらなくてもよくない?

 いや使ってるのは木刀なんだけどね。

 誰がうまいことを言えと……


 「行きましょうか、きっとお二人もお嬢様のことをよく思っていらっしゃらないでしょうし」


 「ですかね」


 わざわざ自分からもめ事を起こすことはないわな。


 なので、二人に気づかれないようにそろっと離れようとした。

 したんだけど……


 ヒュッ!


 「!!」


 強い殺気を感じて振り向くと木刀が迫っていた。

 けれど距離は十分、私は右手を出してそれを掴もうと…………


 いや、わざわざそんな高等なことして波風立てることないな。

 とりあえず、手を引っ込めて回避した。


 「キース様!? 何をなさるんですか!? もし怪我なんてしたら!?」


 当然メイドは大慌てけれど当の本人はどこ吹く風。


 「怪我なんてしないさ、一度剣をつかもうとしてどうしてかその手を引っ込めたくらいだからな」


 あらら、ばれてーら。


 「それに相手がどの程度の技量があるかくらい一度見ただけでわかる。 此奴はかなりの腕利きだ。 それこそ俺の投げた剣なんて簡単に捕まえられるくらいにはな」


 そうキースは続けて妹に対して木刀を貸すように言い、そして私には


 「拾え、まさか避けるだけしか能がないなんて言わないな?」


 ええ、言わないですよ。

 あなたより強い自信ありますので。

 でもなぁ……

 これで乗せられたらこの二人に目つけられそうだし……

 いや、もうつけられてるけど。

 でもこれ話が両親にまで及ぶとなるとちょっと面倒だ。


 「いやですわ、先ほどから何をおっしゃっているのですか? さっき投げられた木刀をよけたのも偶然ですしまさか腕利きだなんてそんな……」


 「冒険者だったんだろ? ≪銀色の狼≫、まだ結成して日は浅いが知る人ぞ知るパーティーだ。 そしてそこでお前はリーダーの副官として戦ってきた。 リーダー不在時にはパーティーの指揮も任されているとか? お嬢様らしい振る舞いができたとは意外だがまさか素じゃないだろう? 薄気味悪い演技はやめろ」


 なんでそこまで知ってんだよ。

 確かにあの夜会にこの兄妹も居たけどそれだけでここまでわかるもんじゃないだろ?


 「へぇ……よく知ってんじゃん。 なに私らのファン?」


 「いいな……その顔。 それでこそ、戦士の顔にふさわしい!」


 キースは右足を踏み込んで一気に私との距離を詰めにかかる。

 まったく、まだやるなんて言ってないんですけど。

 仕方ないので木刀を拾い、構える。

 向こうはどうやらその勢いに任せて私を叩き斬るつもりらしい。

 自分に圧倒的に有利に働く体格差を活かした攻撃。

 卑怯だなんだと言う奴はいるだろうが、少なくとも私はそうは思わない。

 勝ちに拘るなら弱点は徹底的に突くべきだろう。


 それに、スピードと腕力に物を言わせる相手の対処は得意だし。


 「!?」


 キースの顔に驚きの表情が浮かぶ。

 そりゃそうだ、一回りも二回りも小さい奴を相手にしているのに、手ごたえを全く感じなかったんだから。

 キースの木刀は私の木刀に当たった瞬間に力を受け流された。

 私にとっては特に何でもないよく使う技術ではあるんだけど、初めて食らったらびっくりするよな、だって自分の身体に込めている力がどこかにいなくなるような気がするらしいから。


 とにかく、これを長引かせることに意義を感じなかったので、そのままキースが手に持つ木刀を払い落として試合終了。

 ちょっと本気出しすぎたかな。


 「これで満足いただけましたか? これに懲りたら人様に木刀なんか投げないでくださいね」


 「待て!! まだ私が終わっていない!!」


 などと今度は妹のフランのほうが言い出す。

 負けを受け入れられていないのかと思いきや、その目に宿るのはもっと前向きな感情。

 ……戦いたくてワクワクしてしょうがないって?

 おたくら兄妹揃って脳筋なの?

 そうなんだな?

 

 また面倒なことになった、そう思っていたところ。


 「お前たち! 何をやっとるか!」


 空気を震わせるがごとく響いた叫び声は伯爵のものだった。

 さすがにここまで騒がしくしていれば気づくか。


 「キース! フラン! お前たちはいつまでそうやってチンピラの真似事ばかり続けるつもりだ!? いい加減貴族の息子娘らしい振る舞いというものを……」


 と、くどくど説教を見舞うが子供らには柳の木にランタンを吊るすがごとく、無駄な努力のようで、二人はそそくさと屋敷の中へと戻っていった。

 そんな子供らの様を見て伯爵はため息を一つついて、それから私のほうを見た。

 私もまた説教でも貰うのかと思いきや、伯爵が私に向ける顔は怒りではなく、悲しみや哀れみといった感情だった。


 「ああ、かわいそうなシャーロットよ…… 私が目を離したすきにこんなことに…… あいつらめ…… よほど自分の立場が脅かせれるのが恐ろしいと見える…… まったく、そうであるならば冒険者などという下賤なものの真似事を慎めばいいものを……」


 「い、いえお気になさらず。 私も剣を握った訳ですし…… っていうか私も元冒険者なんですけど……」


 嫌な顔されるのも何なので、後半は早口で話した。


 「良いんだ。 辛かったろう…… もうそんな嫌なことはしなくて良いんだ。 ここではそんなことをしなくても幸せに暮らせる」


 う~ん、どうもこの伯爵は冒険者が下賎で卑しいチンピラ稼業だと思っているみたいだ。

 そういう貴族はいるけれど、どうもこの人はそれがあまりにも激しい。

 一体何があるっていうんだ?




***



 午後、廊下を歩いていると、あの兄妹とすれ違った。

 二人は私を一瞥すると、


 「お前は随分父上に気に入られているようだな。 自分からそういう振る舞いをしているがなぜだ? 地位か? 金か?」


 あの荒っぽい男勝りな口調の方が素なのに何でお嬢様口調なの?ってことか?


 「波風をわざわざ立てる必要性が感じられないんでね。 こっちに言わせれば、おたくらの方がどうかと思うよ。 もうちょい穏やかにできないわけ?」


 「……お祖父様は昔冒険者だった。 だが、父上はその生き方を否定するために生きている気がする。 それがどうにも…… それに……」


 「それに?」


 「兎に角、お前はこの家を継ぐべきじゃない。 あのままではお前自身に爵位を継がせそうだ」


 女貴族か……

 ディーナみたいなの?

 無いな。


 「ご心配なく。 私もどっちかっていうと、元の鞘に収まりたいんでね、爵位を継承する気はない。 どっちかっていうと、お前が継いでくれるとこっちも助かる。 その方が収まりはいいだろ?」


 「継ぐべきじゃないのは我等も同じだ。 この家は……貴族に列せられるべきじゃない。 ただの罪深いろくでなしどもの作った家なんて……」


 それだけ言って、こっちがなんのことか聞く前にスタスタとどっかに行ってしまった。


 罪深い?

 ろくでなし?


 なんのことだよ……?

(ディーナ) くしゅん!!


(ウルル) 風邪ですか?


(ディーナ) 誰かが噂してるみたいだわ。 それも人を小馬鹿しているような……


(理名) 黒いオーラが……


*補足 柳の木にランタンを吊るす。

 

 なんの効果も得られず徒労に終わること。

 重いランタンを柳の木につるしてもしなって足元しか照らさないことから。

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