砂の城 10 SIDE 咲良&シャル
は?私がテーブルマナー?なんで?
そう聞くとお嬢の家庭教師は眉を下げて事情を話した。
曰く、お嬢はテーブルマナーをはじめ授業のうちではお嬢様らしい振る舞いができているらしい。
ところが普段はというとそんなところは一切見られない。
授業のための練習になっているわけだ。
母君はそれを笑いこそすれ貶したり嘲ったりはしないし、父君は一応怒るがあんまり効果がない様だ。
たぶんお嬢は性格的に母親似なんだろうけど、もはや男のガキみたいな振る舞いをすることが多々ある。
なので普段一緒にいる私らにも覚えさせて、常日頃から貴族の子女らしい振る舞いを意識させようと……
無駄な気がするけどね。
私に言わせると、シャルの今後も心配だけれど、現在も心配だ。
何せ、いきなり貴族のご令嬢になったわけだから。
まして、シャルはお淑やかとかそういう言葉と無縁な気がする。
昨日まで冒険者だった人に貴族らしいふるまいを求めるというのはかなり難しい気がする。
「んだけど大丈夫かな?」
前前々話に引き続き部屋にいるトリナに聞いてみる。
「大丈夫じゃない?」
おや、意外とドライ。
「あいつって物覚えいいのよね。 テーブルマナーも一回見ただけで覚えちゃったし。 なんでかしら?」
「なんでだろうね……?」
貴族の血筋……なのかな?
視点チェンジ 咲良→シャル
朝、目を覚ますと知らない天井があった。
いつもの自室の無機質な天井ではなく、天蓋つきベッドのそれ。
なにこれ?
お嬢様ベッドじゃん。
アタシいつからお嬢様に………………なったんだったか。
ああそうだ、アタシは昨日からマエストリ家の娘になったんだっけか。
昨日の夜会のあと伯爵の家に着いたら着いたでもう遅いからと部屋に案内され、結局寝るしか無かったんだっけか。
こんな状況でも寝られるなんて、我ながら図太いねぇ……
駄目だ。
どう頭を巡らせても前向きになれない。
そりゃ無理か。
どれだけ道理の上で正しいとわかっていようとも、ここが自分の居場所だと思えないんだから。
決して立派では無かったけれども、それでも落ち着くことのできたあの部屋がもう既に懐かしくなっている。
朝になると日の光が差して来て、外からは誰かの声が聞こえてくる。
どれだけ郷愁を覚えてももう戻ることはできないことは理解した。
あの場ではお嬢もああいうしか無かったことも。
けれども…………
やっぱり胸に空いた穴が埋まることはどうやってもないのだろう。
そんな虚しさを一人抱えていると、部屋の扉を叩く音がか聞こえた。
「お嬢様、起きていらっしゃいますか?」
若い女の声。
この家で働くメイドかな?
取り敢えず「どうぞ」と入室を許せば、予想通りのメイド服姿の女性が部屋に入って来て、一礼した。
「おはようございます、シャーロット様。 旦那様よりシャーロット様の身の回りのお世話をするよう仰せつかりましたリズと申します。 ご用向きの際は何なりと仰ってください」
って言われてもねぇ……
これまでは自分の身の回りのことは一応自分でやってきたし、今更手伝ってもらわなくても……
って断る訳にもいかないんだろうな。
そうやって追い返したら、私の気分を害したとかで暇をもらってしまうに違いない。
「な、なんでござりまするかしら?」
「はい?」
おっとイカン、これは不自然……っていうか文章として無茶苦茶だ。
もっと貴族令嬢らしい言動と振る舞いをしなければ。
幸いにも私は貴族令嬢に仕えて……いたのでそれを参考にすればいいだろう。
お淑やかで気品あふれ、それでいて親しみやすい……
……お嬢どれもねぇな!?
お淑やかじゃないし、気品は感じられなくもないけど親しみやすくはないな、見た目も浮世離れしてるし性格も親しみ深いって感じじゃないしな……
ああ!
お嬢は今はどうでもいいんだよ。
お嬢がだめならディーナだな。
腹黒さはあるが、あの振る舞いと性格は貴族令嬢としては満点だろう。
「失礼、それで何かご用かしら?」
「もうすぐ朝食のお時間となります。 ですのでその前にお嬢様のお支度をお手伝いさせていただこうと思いまして」
着替えの手伝いとかかな?
それこそ本当に一人でいいなぁ……
っていうか着替えなんかあるの?
現状昨日の服のままなんだけど。
背がちっちゃいから普通の服じゃブカブカになっちゃうぞ?
「今着替えと言いましたね? 昨晩ここに来たばかりなのにもう着替えがあるのですか?」
「はい、 なんでも旦那様が昨晩の内に仕立て屋さんに何着か用意するように注文されたようで。 それらは今朝の内に届けられております」
昨晩の注文が今朝届く?
店は流石に閉まってるだろうし、職人も間違いなく徹夜だろう。
相当無理を言ったに違いない。
主人自ら行くわけ無いから、使用人にでも行かせたんだろう。
「余程旦那様は嬉しかったのでしょうね。 かなわない思っていた親子の再会ですものね。 さあ早速選びに行きましょう」
随分能天気というか節穴というか。
再会なんてせずに死んだままにしておいた方がみんな穏当に暮らせたよ。
妾のそれも亜人の子なんていない方がこの家にとっても良いに決まっているのに。
そんな言葉を飲み込んで、私はメイドとともに部屋を出るのだった。
***
*ここからナレーション視点。
マエストリ家の朝食はいつも決まった時間に行われる。
よって伯爵をはじめ夫人、二人の子供はもちろんのこと、家の使用人もまたその時間に合わせて準備をしていく。
だというのに、今日に限っては時間になっても料理こそ運ばれど、食事が始まる気配がない。
伯爵以外の三人が訝っていると、皆が集まっている大広間の扉が開かれ、メイドが顔を出した。
伯爵はそれを確認すると、正面を向いて高らかに宣言した。
「本来であれば朝食となる時間ではあるが、今朝はその前に皆に紹介したい者がいる」
それに対する三人の反応は面白いことに皆同様であった。
すなわち、動揺、驚愕それから諦観。
嫌な予感は薄々していただろうが、それがこの瞬間、事実に変わったわけだ。
そんな様子が見えているのかいないのか、伯爵は扉に向かってひと言、入りなさい、とだけ告げた。
すると、メイドの手によって扉が開かれ、小柄な少女がドレスを身にまとって大広間に入って来た。
いわゆる、パーティー用のドレスではなく、貴族の女性が普段着で着ることを想定されたそれはオレンジがかった黄色で、小柄でも健康的な雰囲気の少女によく似合った。
手入れのほぼされていない頭髪や、剣ダコのできた手など、その容姿は昨日まで貴族でなかったが故に、悪い意味で貴族らしからぬ活発な印象を与える。
しかし、その足取りや所作は貴族の子女のそれと大差はなく、むしろ容姿を磨けばいくらでも輝く宝石の原石のようにも見えるだろう。
ちなみにこのドレスを選ぶに当たって、シャルは想像を上回る量のドレスを前にどれにすべきか大いに悩んでいた。
食事時故に、食欲を減退させるような青などの寒色系のものは論外だろう。
かといって赤や橙色でも派手なものは悪目立ちする。
伯爵は兎も角、他の家族は間違いなく自分に悪い印象を持っているだろうから、尚更だ。
いっそ薄い色なら寒色系だろうが暖色系だろうが関係無いんじゃないか?とも考えた。
かといって地味過ぎるのも貴族らしからぬ服姿なので考え物である。
貴族の子女というのは着る服ひとつとっても考えることが大いにあるようだ。
(考えるの面倒クセー!)
いっそメイドに丸投げ、とも考えたが、そんなことをする貴族はいないし、自らの身だしなみ決められないなどあり得ない。
と紆余曲折を経て選ばれた一着だが、ここに来るまでの使用人の反応を見るに間違ってはいないようだった。
「紹介しよう、シャーロットだ。 今日から我がマエストリ家の一員となった」
(手続きまだですけどね)
そもそも手続きをしてすらいないし、した後でもいろいろ調査やらなにやら処理にいろいろ時間がかかりそうなものである。
それを考えれば正式に自分がこの家の人間となるのはまだ先だろう、とシャルは考えていた。
しかし、そんなことはおくびにも出さず、あくまでも貴族の子女らしいふるまいを心掛ける。
「シャーロットでございます。 よろしくお願いいたします」
やんごとない身分の挨拶といえばスカートの端をつまむアレが有名だが、先ほども言ったとおりまだ正式に貴族の一員になったわけでもないし、きっと奥方や子供たちからの反感も多かろうとあくまでも両手をお腹の前あたりに結び、腰を折る程度にとどめる。
その流れる動きがまた美しく、身内のみならず使用人からも視線を注がれる結果となるのだった。
そして伯爵はというとシャルの着飾った姿に情けなくも顔を綻ばせていた。
やはり連れてきて正解であったと言わんばかりに。
その様を見て奥方たちはシャルにそそぐ視線を一層強くするのだった。
のちにシャルのお世話係で朝食時もそばに控えていたリズは、「これほどに重苦しい朝食は初めてだ。まるで重力がこの空間だけ倍になってるようで息すらできる気がしなかった」と同僚に語っていた。
現在、残酷で~のキャラや設定などを整理してそれでまとめるページ(たぶん別の小説ページになる予定)を準備中です。
以前、キャラの出入りが激しく覚えるまに退場……ということがあった。という感想をもらいまして、自分自身も一度整理したいと思っていたので新たに作ることにしました。
投稿自体はまだ先ではありますが、そちらもお楽しみに。




