砂の城 9
今回はちょっと短め。
三千字前後でまとめることを目標としてるわけですが、これって多いのでしょうか少ないのでしょうか?
ジュリがギルドでもめ事を起こしているのと同時刻、クロエは王国の東の国境を越え、隣国のスウィッチ王国に来ていた。
周りに一切海のない内陸国であるスウィッチ王国は、国の半分近くが山脈で構成されている。
かくいう、フランシスとの国境線もそのほとんどが山脈に沿って引かれている。
唯一の例外は件のマエストリ伯爵領である。
そこはいわゆる平原地であり、また同時に国にとって非常に重要な魔石、つまり地下資源の産地だったわけだ。
それゆえに山脈といった明確な国境線の判断基準の無かったこの地を両国が主張した。
のだが、そんな問題はすぐに棚上げとなった。
両国は度重なる領地の取り合い、つまり戦争によって騒がしくなった平原に住まう主をたたき起こしてしまった。
そう、ドラゴンである。
空をかけ、人の手の届かぬ遥か高みからブレスを放ち、その巨体で人も建物も踏みつぶし、鋭い爪で大地を抉り取る。
一般の兵士がかなう相手ではなく、あえなく両軍は撤退。
その後も国の兵士、宮廷魔術師、冒険者がドラゴンに挑んだが……無残な結果に終わり、やがて挑戦する者もいなくなった。
結局、その平原は誰の支配も受けないまま、人も寄り付かないドラゴンの土地となった。
それから数十年後、そのドラゴンを退治したというものがドラゴンの角とともに現れ、そのまま平原はその冒険者の所属していたフランシスの土地となった。
これに関しては、スウィッチ王国内でもだいぶ不平は出たようだが、残念ながら覆すことはなかったようだ。
「だから、冒険者にしろ国の人間にしろ一般市民にしろ、今でも腹に一物抱えてる人間は多いのさ」
ダンディなバーのマスターが、グラスを拭きながら語るここは、フランシス王国の隣、先ほど話題にも上っていたスウィッチ王国の冒険者ギルドである。
多くの人が集まる冒険者ギルドにはこのようにバーや軽食ラウンジが併設されているところも多い。
「へぇ………よくもまぁ国はそれを黙っていたわねぇ……」
マスターが話している相手はギルド内の誰も見たことのない、女性であった。
全身が真っ黒な服に禍々しささえ感じる黒翼、それに対比するように肌も髪も病的なまでに真っ白であった。
のにも関わらず、見苦しくない程度にメイクされたその美しい顔や抜群のスタイルは男女問わず多くの人の視線を集め、不気味に感じるその容姿も、神秘的にさえ見える。
彼女が実は、フランシス王国でも指折りの冒険者であると知ったら、きっとギルド内の冒険者は皆一様に驚くに違いない。
ちなみに現在361歳。
あの夜、ジュリと別れ、飛んで行ったクロエが向かったのがここ、スウィッチ王国の冒険者ギルドであった。
この一件をうまく運ぶには、フランシスだけではなく、もう一つの関係国であるスウィッチ王国でも探りを入れる必要があると思ったのである。
「別にただ黙ってたわけじゃないと思うぞ? ただ向こうが自分の領土と主張した時にはこっちは永世中立を宣言した後だったからな。 力づくで取り返すこともできないまま、ってわけだ。 そもそもはどこのどこの国にも所属してない土地だったからな、早いもん勝ちで主張されてしまえば言い返すだけのカードがなかったのさ」
永世中立とは、他国同士が戦争を行ったとしてもそれに参加しない、自国も自衛以外に戦わない、というものである。
外交交渉も、戦争も手段として使えなかったわけだ。
「じゃあ、その前は? ドラゴン退治に軍も冒険者も使ったんでしょぉ?」
「そりゃな、でも全部無駄だったよ。 最後に挑んだ≪緑の墓守≫ならと思ったんだがなぁ……」
「なぁに? その≪緑の墓守≫って?」
「パーティーの名前さ。 当時この国でも三つしかなかったAランクパーティーでな。 まぁ向こうはAランクなんぞ両手で数え切れないほどいるらしいが…… とにかくエース格だったんだ、だがな」
「戻ってこれなかったわけねぇ?」
「ああ、全滅だ。 遺品もなかったらしい」
「…………」
クロエが急に押し黙る。
(ぽっと出の名前も知られてない冒険者よりこっちのほうがまだありえそうな話よねぇ…………)
脳裏で至ったのはある一つの推理。
とんでもない話だが、荒唐無稽と一笑に付すこともできなかった。
あとは……
(証拠よねぇ…… 何十年前のものがあるかしら?)
いまのところクロエの頭の中にあるのは「妄想」だ。
それを事実として実体化させるには確固たる証拠がいる……が、それはさすがに厳しいか。
(いや? もしかしたらあるかもぉ? 確率は低そうだけどぉ……)
「ねえ? その≪緑の旗振り≫ってどういう動きしたかってわかる?」
「動き? そりゃ知らんが、たぶん……ここを通ったんだろうな」
そう言いながらマスターが取り出したのはこの国の地図、それによると、街のあるここから平原までに至る道で舗装されているのは一か所しかなかった。
空を飛んできたクロエは考えもしなかったが、この国は山々に囲まれているのだ。
舗装された道が一か所しかないのもそれ以外は山を突っ切って進むか大きく遠回りするしかないからだ。
「じゃあ、平原に行くにはこの道を通って行って、そして帰るしかないわけねぇ?」
「そうなるな。 だが、舗装されているといっても周りは岩だらけだからな。 通るんなら一応落石と魔物には注意して行けよ」
人もよく通る道ではあるが、ちょくちょく落石による道路の封鎖や、魔物の出現があるのだ。
「それなら問題ないわよぉ?」
なぜなら彼女の背には黒い翼があるのだから。
***
バーのマスターに言われた街道を上空から見下ろすと、それはわりとすぐに見つかった。
岩ばかりの殺風景な上空からの景色の中に光るものを見つけたのだ。
降り立ってみてみると一部に錆の見える大剣に壊れた鎧、先端の魔石しかない魔法の杖などなどなど……
そしてそれらが取り囲んでいるのは大きな石。
これの意味するところは、
「お墓よねぇ……」
珍しくげんなりしたような表情をしたクロエは手に持っていた大きなシャベルを土に刺した。
それから二時間後
「あった……」
土を掘っていたシャベルに固い何かが当たった。
本来ならここからは手で丁寧に掘り起こすものだが、そもそもシャベル片手に土いじりの段階でクロエとしてはありえないことである。
よって、そんな繊細さを一切排除し掘り起こすと出てきたのは人の頭蓋骨。
人の骨が埋まっていたわけではあるが、クロエはそれすらも知らんとばかりにスコップで拾い上げ、とりあえず端っこに置いておく。
それから再び墓の掘り起こしを再開したが、結局そのあと発掘されたのは人一人分の骨。
「パーティーは四人って聞いてたんだけどぉ……」
一人分しかないところを見るに、おそらくドラゴンとの戦いでほかの三人は死んだのだろう。
仲間を全員亡くした上に自分も満身創痍、果たして本物のドラゴン殺しの英雄は、後ろからの卑劣な闇討ちに気づけなかったのか、気づいてても処理する力すら無かったのか。
「……………」
クロエは先程までとは異なり、頭蓋骨を大事そうに抱きしめ、もとあった場所に埋め戻した。
「人に仇なす怪物を討った英雄よ。 願わくば、四人の魂が離れることなく、幸福の内に輪廻の環に帰らんことを」
顔も知らない、名も知らない過去の英雄に対する祈りが、人の立ち入らぬ土地に降り注いだ。
(冒険者1)なあさっきバーにいた女、かなりの上玉だったよな。
(冒険者2)見た見た。 きっと俺らみたいなのじゃ相手にならない高嶺の花だぜ。
(冒険者3)なんか人を寄せ付けないオーラがあったよなぁ
(冒険者2)どっかの姫様かお嬢様って感じだったよな、それにしては性格キツそうだったが。
(冒険者1)いや、ありゃ相当強いぜ。 俺らなんて赤子みてえにひねり潰せるくらいにな。
(冒険者2)かああ! 天は二物を与えないんじゃなかったのかよ! 強くて見た目も良いなんて完璧過ぎるぜ。
(冒険者3)でもなんでそんな奴がギルドでシャベルなんて借りてったんだ
(冒険者1・冒険者2)さあ?
*来週はお休みします。 遅めのお盆休みってことで。 だったら今週取れって? みんながお休みだから更新したら見てくれる機会も多いじゃないですかっ。




