砂の城 8
(前回のあらすじ) まあまあ落ち着いて対策考えましょうよ。
同時刻、まだ朝も早いというのにギルド内には多くの冒険者が屯していた。
依頼を受けに来たもの、逆に完了したもの、冷やかしに来たもの、さまざまである。
そんな中を間を縫って進むダークエルフ。
彼女のことを知る者は、その素性のヤバさに接触を避けようとし、知らないものは、中々人里に現れることのないダークエルフに奇異な視線を向け、その中には少々邪な視線を向ける者もいた。
しかして、ダークエルフ本人はそんなこと知らんとばかりに、まっすぐ受付へと向かう。
「ギルドマスターはいるか? 取り次いでもらいたいんだが」
「ひゃい!」
「?」
対応した受付嬢はすぐさま踵を返し、椅子に躓き、足を机にひっかけ、ドアにぶつかるという醜態をさらしながら奥に引っ込んでいった。
この春に就職したばかりの新人であり、この日初めてダークエルフという種族を目にした。
ダークエルフと言えば人と交流を持たないとか、偏屈であるとか、冷酷であるとか……とにかく、よく知らない者を無駄に怖がらせるような迷信が数え切れないほどあった。
当の本人は見た目こそ威圧的だがその実、繊細で傷つきやすく、それでいてその内にやさしさを秘めている……のだが、それが見抜けるほど受付嬢は熟練していない。
「また何か……誤解させただろうか?」
彼女も彼女で若干傷ついたようだ。
と、お互いに平等に切ない目に遭ったところで、ジュリはギルドの奥の部屋に通された。
冒険者になって久しいジュリは、その分ギルド職員とも知り合いが多く、特に現ギルドマスターのロドウェルとは、彼が一介の平職員だったころから、もっと言えば冒険者として活動していた時代からの知り合いであった。
故に話を聞けば有益な情報を得られるのではなかろうかと思ったのだが、
「おやおや、新人が半泣きでやってきたから何事かと思いましたが………成程、あなたであればそれも道理だ」
嫌味十分にニヤついた笑みを浮かべながらやってきたのは、ロドウェルではなくサブマスターのカーターだった。
冒険者として活動していたロドウェルとは違い、貴族の三男坊として産まれ、実家の跡を継げる可能性が低いと悟り、冒険者ギルドに就職したのである。
現在三十代前半、異例ともいえる出世は、あまりにも苛烈な野心がそうさせていると言われている。
良くも悪くも男子のギルド職員らしからぬ男だとも。
「……ロドウェルはどうした?」
「ギルドマスターは忙しいようです。 ご用向きはわたくしがお伺いいたしますが?」
嘘だ、とジュリは思った。
確かにギルドマスターは仕事が多く、忙しい。
しかしながら、これまでジュリがアポを取ることなくやってきてそれを断ったことはない。
……ジュリ自体のおこないは褒められたことではないのかもしれないが。
「ならこちらから出向くまで」
そう言ってジュリが席を立ち、ギルドマスターのもとへと向かおうとするのを、カーターが止める。
「ジュリさん、貴女がどれだけ切羽詰まってるか知らないが、物事にはそっとしておいた方がいいことだってある。 自分のほうから藪をつついて態々蛇を引っ張り出すことはない。 そうすればお互いの平穏は保たれ、不幸な人間が生まれることも無い」
「本気で言ってるのか? 今のは」
「さてね。 私はただギルドマスターの仕事中に茶々を入れるのはお互いの為にならないって言いたかっただけですよ。 貴女がどう解釈しても私の預り知らないところ、そもそもここにいるのは私と貴女の二人だけ。 兎に角、ギルドマスターはここにはいません。 お引き取りを」
「成る程、お前がその歳でそのポストにいるのも納得だよ」
貴族の三男坊というのもそれなりの力があるのか、それとも自らの力による物か。
「ギルドマスターには私のほうから言っておきます。 まあ、ここで引いてくれれば言うこと無しなんですが」
「残念ながらそうは行かない。 また来る」
そう言ってジュリはギルドを後にした。
***
(ロドウェルに会うことはできなかったが……収穫はそれなりにあったか)
まず間違いなく、カーターはこの一件に噛んでいる。
実家は貴族なので、そこを通じてマエストリ伯爵かドロル侯爵にいろいろ言い含められたのだろう。
もしかすると、ギルド職員になった当初から懇意にしていたのかもしれない。
三男坊とはいえ腐っても貴族の子、侯爵には逆らえまい。
実家の家は況んやというものである。
そしてそれは、ギルドや侯爵に探られたくないことがあるとも証明している。
「ギルドは国から独立した組織なんだがなぁ…………」
冒険者という職業は、魔物の討伐や採集といった仕事をすることが多いが、本来なら国や領地を治める貴族が行う、若しくはやらせる仕事であるのだ。
しかし、彼らとてすべてのニーズに応えるのは厳しいし、真面目にやってくれるとも限らない。
そこで、「だったら自分たちでやるよ」とか「金さえ払ってくれたらやっても良いよ」ということで広まったのが冒険者の最初であると言われている。
その後、身分が低いがゆえに貴族に対し、何かと弱い立場に追いやられやすい冒険者を守りつつ、依頼の仲介を行うべくギルドができた、らしい。
この辺の話はジュリが冒険者になる前からあるので、彼女も詳しくは知らない。
兎に角、冒険者ギルドと国や貴族はビジネスパートナーになることはあっても、今回のようにズブズブになることは無いはずなのだ。
「まったく、貴族なんぞ働かせるからこういうことになるんだ」
それに人の性根は腐りやすい。
それでいて欲は際限無いから、墜ちるところまで堕ちてしまうのかもしれない。
……………例えばこうして口封じの刺客を放つくらいには。
「バレてるぞ、殺気をこうもわかりやすく放っておいてよくもまぁ隠れられてると思ったな」
ジュリが後ろを向いてそう言えば、建物の陰からぞろぞろと冒険者らしき男が五名ばかり現れた。
彼らはギルドを出た時からずっと尾けていたようだ。
当初、ジュリは振り切ろうかとも考えていたのだが、とある考えのもと人通りの少ない通りの行き止まりまでわざわざ足を運んだのである。
「お前たち……カーターの子飼いの冒険者か? 依頼をこなしてない割には昇格が早いと思っていた」
カーターが随分と分かりやすい言い回しをしたと思っていたが、成る程、どうせ黙っていないとわかっていたからとっとと帰らせたわけだ。
最初から口封じするつもりなら何を言ったっていい。
五人は答えない。
その代わり、揃いも揃って剣を抜いた。
五人全員剣士のようだ。
パーティーとしてはあまりにもバランスが悪い。
「ま、一対五ならそれでも事足りそうだな」
ジュリは肩に担いでいた弓を手に取り、矢をつがえる。
それが合図となった。
冒険者崩れの男たちが一斉に剣を抜き、ジュリに襲い掛かる。
それに対し、ジュリは背を向け、壁に向かって走り出す。
そしてそのまま壁を走るように蹴り上げ、踏み込んで空中に飛び上がり、踏み込んで勢いのままに一回転した。
あっけにとられた男たちを嘲笑うように、彼らの手の届かない空中で弓を射る。
ほぼ真上から放たれた一射は男の一人の脳天を貫く。
次いで地面に着地すると同時に、空中でつがえていた矢を放ち、もう一人の右目を貫通させる。
そして、その着地体勢のまま連続で弓を引き、二人の男も仕留めた。
正に一瞬の出来ごと、残ったただ一人の男は自分たちがとんでもない者を相手にしてしまったと今更ながらに悟った。
接近戦に向かない弓ではあるが、ある程度距離をとって仕舞えば剣の届く範囲の外から攻撃できるし、ジュリほど熟練していれば、矢を矢筒から取り出し、射るまでの動作を流れるように行うことができる。
そうして残された唯一の男。
壁に退路を防がれた男は背を壁につけながら、必死に逃れようとする。
一切無駄だというのに。
「ぎゃああああああ!?」
そんな男の右足に激痛が走る。
見れば太ももを矢が貫通している。
痛みでろくに回らない頭でそれでも逃れる術を探すが、そんなもの有りはしない。
この足では走ることもできはすまい。
ちなみに、子ども相手だと手加減しがちなジュリではあるが、大人の場合は当然容赦ない。
自分に敵意を向けてきたなら尚更だ。
目の前の男もすぐさま殺されるはずだった。
のだが、そうはならなかった。
逃げることもできないが。
「聞きたいことがある」
そんなことをジュリが言ったからである。
突如降ってきた、生き残れるかもしれないチャンス。
男は当然、それに必死にしがみつくのだった。
ちなみにジュリの矢の鏃には返しが付いていて、簡単に抜けないエグい仕様になっています。




