砂の城 7 SIDE トリナ
(ベル) そういえば。
(咲良) あ、戻ってきた。
ヒタ
(ハリィ・トリナ) !?
(ベル) レティシア様が甘んじて受けられたのでわたくしから兎や角言う気はありませんが……ほどほどにしてくださいね?
(ハリィ・トリナ) 怖ぇええええ!
翌朝、私は陽がまだ完全に登り切る前に目を覚ました。
というか、昨日はずいぶんと衝撃的なことがあったせいで深く寝れる気がしないのだ。
結局、ベルからは伯爵家に関するきな臭い話こそ聞けたものの、それが解決の糸口となることはなく、その場はお開きになり、わたしたちもまたアパートメントへ戻っていた。
「ふぅ……」
大きく深呼吸し、寝間着を脱いで無造作にベッドの上に投げつける。
右ほほのあたりをさすれば、チクリと切り傷が痛む。
一晩経って、あの場でのレティシアの振る舞いが間違いではないということは理解した……と思う。
だからと言って、納得できるかと言えばそれはまた別の問題なわけで。
結局のところシャルのことを助け出せないし、助け出さないというレティシアと、パーティーの方針にもまた納得できていなかった。
しかし、自分がそれを言ったとしても、頭脳派でもない私に代案を提示することもできるわけがなく、今現在やりようのない苛立ちを感じている真っ最中なのだ。
そういう訳で、とりあえず外で素振りなりランニングでもして、頭をスッキリさせようと着替え始めたのだ。
動きやすいトレーニングウェアに着替えて、外に出ようとドアノブを回す、と同時に隣の部屋のドアも開かれる音がした。
「トリナ……」
そう自分の名を呼んだ隣人の服はいつも服装に気を配る彼女にしては珍しく昨日のまま、目にも若干隈が見える。
寝なかったのかしら……?
いや、昨日はいつも通り静かだったからそんなことは……ないかな?
「トリナ、顔の傷……まだ残っちゃってるね」
サクラが優しく私の頬に触れる。
「別に大したことじゃないわ。 昨日の今日だし、すぐ消えるでしょ」
昨日の夜、もうちょっと調べるとか言ってたベルだが、しっかり私たちに警告していった。
曰く、「レティシア様が甘んじて受けたので私は手出ししませんが、ほどほどに」とのことで、ナイフを私とハリィの顔に当てていった。
これは手を出していることにならないの?
そもそも、いなかったはずなのにずいぶん状況分かってた気が……きっと考えすぎよね!!
「消毒したほうがいいよ? 部屋おいで、ククルにもらってるから」
「あいつに?」
答えを濁している間に部屋に連れ込まれてしまった。
その部屋には何か書かれていた、羊皮紙が床に散らばっていた。
その一枚を拾って見てみる。
…………………わからん。
頭の中を考えてるのかしら、書き殴ってるから読めるところも少なくて………
ちょん
「――――――――――――――!!」
ぎょえええぇぇぇぇl!
し、染みる!!
「何するのよ!?」
「消毒だってば」
「染みるなら先にそう言って!!」
「絶対ゴネるでしょ? なんか紙見て集中してたし丁度いいかなって」
「………」
たしかに抵抗したかもだけど……
「っていうかこれ何? 足の踏み場もないじゃない?」
片付けは下手な印象無かったけど………
「いろいろと考え事をね。 今回のことでいろいろ状況を整理しないと」
「あんたってさ……っていうかみんなそうだけどなんでそんなに悠長な訳? ディーナが言ってたじゃない、シャルがもし伯爵のおっさんの娘だと認められれば完全アウトだって。 時間無いんじゃないの?」
よくわからないけれど、取り戻すにしてもタイムリミットがあるらしい。
「ああ、それね…… 確かにタイムリミットはあるよ。 でもそれはもうちょっと先、少なくともクロエさんがどこかに行って戻ってくるだけの時間はあるよ?」
「そうなの?」
「ディーナさんの言いたいことはね、まだシャルさんは国の扱い上、伯爵家の血族だって認められてないってこと。 貴族の人たちは血統を気にするって言ってたでしょ? そうおいそれと家族として認められないんだよ。 その辺の判断は法務院でされるんだっけか」
「ふむふむ」
なるほど、たしかによそ者をほいほい身内には入れられないわよね。
「とはいっても自分の娘です、って証明できる客観的な証拠はないんだよ。 DNA鑑定とか無いでしょ?」
「でぃー?」
「まあ、それは何でもいいよ。 要は、証明なんか端から無理なんだから、最初っからそういうものを求められてなんていないんだよ。 たぶん、これは私の娘です、って言い張っちゃえばそれで通ると思うんだ。 眼の色とか髪の色とか、あと顔が似てるとかはあるかもしれないけど、母親に似てるっていえばそれで押し通せるだろうし」
「そうか……でも母親は死んでるから連れてくることなんてできない…… あれ? だとしたらやっぱり簡単にシャルは伯爵家の人間ってことになっちゃうんじゃない?」
結局、証拠らしい証拠はあのおっさんの言葉一つってことなんじゃない?
けれど、サクラは首を横に振った。
「考えてごらんよ、貴族は徹底した人間主義なんでしょ? つまり、小人族とのハーフのシャルはおそらく貴族の一族には加えられない」
「あ、そっか」
だとしたら、そもそも焦る必要なんてなかったんだ。
…………あれ?
「アンタさっきタイムリミットがあるって言わなかった?」
そう聞くと、サクラはずいぶんと暗い表情になった。
けれどその目には一切の感情が見られない、ような気がする。
「伯爵は伯爵家の一員として迎え入れるって言った。 間違いなく法務院に届け出る気なんだね。 たぶん小人族とのハーフだってことは伏せたうえで」
「まぁ……ばれなくもないかしら?」
身長は140センチくらいだから小人族の女子としてはかなり長身の部類のはずね、確かに小柄な人間ってことにしたら誤魔化せるかしら。
「でも、伯爵個人はそれでよくとも家がそれを許さない。 何かの拍子に明るみに出ればその時のダメージは計り知れない。 それこそ取り潰しってことになってもおかしくないくらいに」
「そうね、きっとシャルのことを探ろうって輩も多いだろうし」
貴族というのは足の引っ張りあいが特技みたいなとこあるし。
「そもそもここまで話がこじれてしまったのはシャルが長子になってしまう可能性があったから。 跡継ぎが生まれた後の妾の子だったらどんな種族でも一応、問題なかったらしいんだけどね。 けれど、ただでさえお妾の子が長子になったらお家騒動の火種になるっていうのにそれが小人族ってなったら尚更だよねえ」
貴族の跡継ぎは長子と決まってるんだっけか。
もしシャルが長子ってことになったら婿入りを狙う輩が出てくるかもね。
となれば根掘り葉掘り調べる輩もさらに増えるか……
「じゃあどうするか? シャルはスラム生まれらしいから、タイミングをずらして長子が生まれた後に生まれたことにするつもりなのかも知れない。 そうすれば最初に言った言った問題は解決できる。 けれど外面は取り繕えても家の内部には火種が燻り続けることにはなる。 相変わらずバレるリスクも抱えたまま。 伯爵家からすればいつ爆発するかわからない爆弾を抱えたようなもんだよ。 本心で言えば身内に受け入れるどころか家にいるだけで頭が痛いはずさ」
……………ヤバい、頭がこんがらがってきた。
「つまりどういうことなの?」
「伯爵は自分の娘として迎えたい。 家の人間は一応それを汲み取って話は進められるだろうけれど、秘密がバレると嫌だから隠しておきたい。 追い出すかそれこそ殺すでもしてね、けれど伯爵は認めない、話は平行線になるだろうね」
「殺すって……」
あり得る。
シャルが生まれる前に一回やってるんだっけ。
「ここで現れる第三の選択肢。 嫁に出しちゃうこと」
「嫁に?」
「伯爵家はすでに長子も立ってるし、長女もいる。 順番的にはシャルが長女か。 兎に角、長男もいるんだから跡継ぎの心配もなく、貴族の子女は適齢期に成ればお嫁にいくでしょ?」
子どもが女しかいないんだったら婿取りって話にもなるだろうけど、そうじゃないなら子女は全員嫁に出るわよね。
「確かにね。 でもあの伯爵シャルのこと溺愛してたわよ? そう簡単には手放さないんじゃない?」
「手放すよ。 そうせざるを得ない相手が話を持ち掛けるんだから」
「誰?」
何だかとっても嫌な予感がする。
流石の私でもわかる、あの伯爵に言うことを聞かせられる相手、少なくとも私は一人知ってる。
「ドロル侯爵、本妻が居て長男もいるらしいから、万が一、シャルの種族がバレてもさほど痛くない。 お妾だね。 下手しい、力わざでその辺の事実を握り潰せたりして」
うわぁなんかあの爺なら本当にできそう。
でもどうして?
随分自信がありそうだけど、そう思う根拠ってなんなのかしら?
「何で侯爵がシャルを娶るって言い切れるの? 随分自信ありげだけど」
「ここからは私の予想も入るんだけどね? 伯爵と侯爵は私達が思ってる以上に因縁浅からぬ関係なんだと思うんだよ。 その辺はクロエさんたちの情報待ちとして、置いておくけれど。 たぶん、伯爵は侯爵の要求を断れない。 そして伯爵以外の人間にしてみればこれ以上の魅力的な提案もない。 侯爵とのパイプをより強固にできるし、厄介者を引き取ってくれる。 表向きには伯爵家の娘だってことは伏せたままで、あくまで侯爵が市井で見初めたってことにするつもりなのかな? そうして、シャルとマエストリの関係を伏せれば態々、伯爵家の身内にする必要はなくなり、その厄介者の背景も表に出づらくなる。 お家騒動に発展する可能性も無くなる。 ね?」
ね?って…………
随分と胸糞の悪くなる話ね。
結局シャルの意思は無視して、都合の良いように政治の道具にするつもりじゃないの!
「侯爵にとって特は何? シャルを気に入ってたなんてことないわよね?」
私がそう聞くと、サクラは指を鳴らして私を指さす。
どや顔が腹立つ。
「ズバリ人質だね!!」
「喧嘩売ってる?」
「滅相もない。 考えてごらん? 理名のことといい、少年兵の一件と言い、私たちは侯爵と表立ってはいないけど対立してるんだよ?」
「それじゃあ…………」
「シャルがドロル家に嫁いだら、私達はおいそれと手出しできなくなるのさ。 向こうにちょっかいかけられてもね。 家のなかでどんな悲しい事故が起こるかわかったもんじゃない」
「事故、ね」
まあ殺人しました、とは表立って言えないわよね。
「それを待たなくても、冒険者として貴族の子女を戦わせてたってのは風聞が悪いよね。 冒険者になる貴族は多いけれど、無理やり冒険者として戦わせてました、って言い張られたら? いくらでも言い張れるよ、立場は向こうが上なんだし、シャルの声だっていくら上げようが封殺される」
「それじゃあタイムリミットっていうのは」
「シャルがドロル侯爵に嫁ぐことになるまで、かな? でも伯爵はゴネるはずだし、多少の時間稼げるよ」
はぁ…………
昨日の夜、随分静かだと思ってたら、
「サクラずっとこのこと考えてたのね?」
「まあ半分は」
「半分? じゃあ、もう半分は?」
「決まってるじゃん」
そう言うとサクラの顔に自信がみなぎりだした。
「シャルを取り戻すためのアイデア、どうすれば取り戻せるかに決まってるじゃん」
亜人を跡継ぎを産む可能性の高い本妻に据えるのは血筋的にも外聞的にもダメですが、長子がいて息災な場合は妾に亜人、というのは一応アリです。
長子に何かあった場合、継承権が亜人の子に移る可能性があるので、そうならないようにだいたい他の子がいる場合が多いです。
世継ぎ用の妾ではないので、妻がいい顔しないし、周りもうるさいので滅多にありませんけど。
侯爵にとやかく言える人はそうそういません。




