砂の城 5
「なんで追いかけてきた?」
目を覚まして私を認識するとお嬢はそう言った。
ちなみにハリィとベルは寝てしまった。
長旅で疲れたようだ。
「お前のお守りをクビになったんだ、どうしようと自由だろ? それに……」
「それに?」
「一緒にいるべきときに居てやれなかったからさ。 今度はそうならないようにしようと思っただけさ。 そういう訳でこれからよろしく、お嬢」
「また勝手に……」
そう言いながらお嬢はまた眠った。
今度の寝顔はずいぶんと穏やかだ
マエストリ伯爵が泣き叫び、シャルが驚きに顔を強張らせ、レティシアたちもまた驚いて何も言えないでいるなか、一番初めに我に返ったのはクラウス伯爵であった。
彼も彼で場の急展開についていけず、惚けていたのだが、そうは言っても当事者ではないので、すぐに調子を取り戻し、一同を奥の応接間に通した。
ほかの客に関してはほとんど会場に戻った後だったので、とりあえずいまここでの話を彼らにすることはせず、妻と家令たち任せることにした。
そして自分もまたことの推移を見守り、立ち合いをするべく応接間へと入っていったのだった。
こうして開かれた会談で最初に口を開いたのはレティシアだった。
「さて、マエストリ伯爵、ご説明して頂けますね。 一体どういういきさつでウチのシャルが貴方のご息女だ、という話になったのか」
『ウチの』という辺りで伯爵はずいぶんと恐い顔をしたが、レティシアはそれしきのことでは揺らがないし、話をしないうちでは納得もなにもない、と伯爵も特に言及せず、自分の身の上話をはじめた。
マエストリ伯爵は隣国との国境付近に領地を構える貴族だ。
とはいっても、伯爵一家は王都に居を構えており、領地の運営は代官に任せてある。
さて、伯爵家は実は十数年前に少々困った事態に陥っていた。
子どもができなかったのである。
貴族において世継ぎがいないというのはいささか困った状況である。
国の領地の平定のためにも、その地を治めている貴族は家をそして貴族の高貴な血筋を存続させることが何よりも重要であったのだ。
だが、残念なことに奥方と何度も交わっても子どもができないでおり、夫婦は内心焦っていた。
とはいえ、こういう事態というのは困ったことではあるが、無いことでもない。
ではそういう時にどうするのか?
答えは簡単、側室を用意するのだ。
さっきも言った通り、貴族の家で子どもがいない状態が続くのはよろしくないし、世継ぎも男子でなければならない…………訳では無いのだが、男子である場合が多い。
なので、本妻が子どもを産むことが難しいとなれば(できれば本妻が長男を産んだ後に産むのが好ましいが)、側室を用意し、子どもを作る、というのは貴族の世界ではよくあることであった。
この場合、側室として迎えるのはどこぞの貴族の三女、若しくはそれ以下の息女が多い。
あまり愉快な話ではないが、貴族社会では、長男以外の自分の子をどうにも家の繁栄に利用することが少なくない。
このような場合も、自分の家の娘を差し出すことで、その家とつながりを持たせたり、強化したりする。
長女と成れば、本妻として迎え入れられることが多いが、三女ともなれば側室として迎えられることの方が多いだろう。
さて、側室にはもうひとつのパターンがある。
家の人間、つまりメイドなどに手を出した場合だ。
この場合は世継ぎのことを考えて、というよりは浮気や不倫の側面が強く、周りからもそう見なされる。
そもそも浮気なのだし、先程述べた通り、貴族は血筋を重要視するので本来は許されることではないが、それでも男たるもの若い見目麗しいメイドに手を出してしまうことはままあった。
マエストリ伯爵もまた後者であった。
側室について真剣に考えだしたころ、子供のできない不安やストレスから夫妻は喧嘩がちになり、次第に同衾する機会も減ってきていた。
けれども、伯爵とて若い男、若いメイドに手を出し、それが何度か続き、結果そのうちの一人を懐妊させてしまうという事態が起こったのだ。
それが、シャルの母親、ステファニーであった。
まずい事態はさらに続く。
それが発覚したと同時期に本妻である伯爵夫人の懐妊も発覚したのだ。
一応、貴族としての義務なので、冷え切っていたとはいえ、やることはやっていたようである。
結婚当初と比べたらそれでも減っていたようだが。
そこで問題となるのは、長子はどっち?という問題である。
生まれたのが先のほうか、妊娠が発覚した順か、はたまた致した順か…………
ちなみに国のほうでは出生順となっている。
なので、結果は子供が生まれてきてからということになるが、もし、メイドの子が先に生まれてしまったら?
長子、すなわち世継ぎが、本妻を差し置いて家のメイドから生まれてしまうということになるわけだ。
そしてさらに問題だったのは、そのメイドが小人族だったことである。
小人族というのはその名の通り、背の低い亜人である。
大人の成人男性でも150前半が平均的、後半ともなれば高身長の部類だろう。
ステファニーも130㎝程度しかなかったそうだが、それ以外に人間との差はほぼない。
魔力はやや少なめだが、手先はかなり器用でメイドとしての仕事も立派にこなしていた一方、見た目も可愛らしく、使用人の中でアイドルになっていたという。
亜人でありながら、貴族の屋敷でメイドとして認められ、働けていた器量はあっても、そこは亜人、血統を重んじる貴族において亜人との間に子をなすなど絶対に許されようはずもなかった。
ましてやそれが不倫によってできた子供であるならなおさらだ。
結果、ステファニーは屋敷から暇をもらい追われた。
まかり間違っても彼女とその子供の存在が表に出ることのないようにして。
「表に出ることのないようにって…………」
シャルの顔が強張った。
それもそのはず、彼女はスラムで生まれ、母親はそこで亡くしている。
いくら屋敷を追われたからってスラムで生きることはないはずだ。
貴族の家で働くだけの器量はあったのだから、亜人であることを差し引いても働き口はあっただろうし、無いにしても、田舎に引っ込むくらいはしたはずだ。
まさか、元からスラムの人間だったらさすがに雇うことはしないだろう。
「いくらなんでも着の身着のまま無一文で追い出すことなんてできなかった。 せめて、子を産むにしろその……堕ろすにしろ、そこまでの責任は持つつもりだった。 仕事先だって紹介したし、住むところも……屋敷とまではいかないにしろ……」
そこで、伯爵は顔を下げてしまった。
代わりにクラウス伯爵が言葉をつなぐ。
「それでは、周りは安心できないでしょうな。 今はどうでもご子息が家を継いでから、その者の存在が明るみになれば、大揉めは必至。 その子が自分が長子であるなどと言い張れば泥沼です」
出生記録なんてとっていない世界だ、言い張ったところでそれが違うと証明することはできまい。
「じゃあ、私の母は……………」
誰も答えなかった。
伯爵本人はきっと先ほど言ったように、責任を持つつもりだったのだろう。
だが、周りがそれを許さなかった。
結局ステファニーは町の暗部に逃げ込むしかなかったのだろう。
死因こそ今ではわからなかったが、もしかしたら…………
「だが、シャーロットだけでも生きていてくれたのは福音だ。 さあ、行こう。 今度は誰にも邪魔させない、屋敷で伯爵家の一員として迎え入れよう。 お前はこのような野蛮な人間どもと一緒にいるべきではない!」
「「野蛮?」」
レティシアと咲良はそろって声を挙げた。
貴族の間には冒険者を野蛮なチンピラか、何かと思っている者も少なくない。
マエストリ伯爵もその一人のようだ。
であるならば生き別れの娘をそのような立場に置いておくことなど許すわけもあるまい。
ずっと行方知れずで死んでいたとすら思っていたなら尚更だ。
そしてしまいにはシャルの手を掴んで力づくで連れて行こうとする。
「ちょ、やめ」
シャルはその手を振り払おうとするが……
「分かりました」
それを制止したのは誰あろうレティシアであった。
「確かに貴族の令嬢として冒険者というのは相応しくありませんね」
「何言ってんだよお嬢?」
まさかレティシアからそんな言葉が出てくるとは思わなかったシャルは混乱して、それでもその意思をわかっているからか、悲しみの表情も浮かぶ。
それは脇にいたサリアと咲良も同じだ。
まさか、本当にシャルを渡してしまうのか?と。
「長い間離れ離れになっていたのですから積もる話もあるでしょう」
「お嬢ってば!」
「彼女も伯爵の家で生きることができれば幸せでしょうから」
「お嬢……………………なんで?」
「ふむ、野蛮な小娘にしては道理を弁えていると見える。 伯爵、そういう訳だ、私はシャーロットを連れて帰らねばならん。 無礼は重々承知だがここで中座させていただく」
「道中お気をつけて」
クラウス伯爵はそう返すのが精いっぱいだった。
彼もまた戸惑っていた。
この娘は本当に自分の部下をみすみす返してしまうのか?と、あれほど悲しく、すがるように自分の名を呼ぶ彼女をあっさりと突き放していいのか?と。
しかし、クラウスにそれをとやかく言う権利はない、彼は見届けこそすれ、そこに口を出す立場にはないのだから。
これで彼女は幸せになれるのだろうか?と。
確かに伯爵家に戻ったほうが幸せになるはずだ。
そのはずなのに、それにしてはずいぶんと、悲しい顔をしていた。
その顔がクラウスの脳裏に焼き付いていた。
(ケイ) 聞いていました。 夜会はもうお開きです。 先に戻っていてもかまいませんよ?
(レティシア) そうか
(ケイ) 本当にそのまま彼女を見捨てるおつもりで?
(レティシア) …………
ツカツカ
(ジェイ) 行ってしまった? まさか本当に放っておくのか?
(ケイ) さあ? わからないけれど、結構怒ってたのは事実よ。 誰に対してかはわからないけれど。




