ズルい大人 SIDE 咲良
(咲良) バイバイ、ありがとう、さようなら いとしい恋人よ……
(レティシア) それ「ズルい女」
大丈夫かな……これくらいなら大丈夫だよね……?
この世界に転移してくる前でも、私は教会とかそれにかかわる施設に対してさほど交流もしてこなかった。
そんなわけで、内部がどうなってるかよく知らなかったんだけど……
「二段ベッド二つに、勉強机四つ……こっちは台所……勝手なイメージだけど孤児院ってもっと設備が質素だと思ってた」
「ピンキリなんじゃない? ここは国だか街で運営してたみたいだから結構立派なんだと思うわよ。 田舎にあるのはもっとおんぼろで馬小屋とあんまり変わらないようなのもあるって言ってた」
「言ってたって誰が?」
「シャルが、あの子の場合は馬小屋にも住めなかった浮浪児だったみたいだけど」
「…………振っといてなんなんだけどそれって私聞いちゃってよかったの?」
私がそう聞くとトリナは冷や汗を浮かべ
「黙っといて……」
と、言うのだった。
とりあえず、建物の奥を目指して進んでいる私たちだが、侵入して五分少々、敵と会うどころか人がやってくる気配すらない。
一応、耳のいいトリナが、曲がり角から奥の様子を調べてはいる。
「この先も人はいないわ。 まあ、あれだけ派手にやってたらそうもなるはずだけど」
そもそも今回の突入の合図はククルの爆破から始まっている。
ついでレティシアさんたちが正面から乗り込んでいるわけなので、当然注意はそっちに向く。
別動隊の可能性も考えると思われるので、そっちを注意しているほうは、シャルたちがどうにかする。
で、私たちがどうするかというと、大将首を取ってこい、ということらしい。
相手の主力は子供、統率する大人がいなくなれば一気にこちらに有利に事を運べる……かもしれないということらしい。
どちらかというとそれはおまけで、証拠隠滅される前にできるだけ多くの情報を拾っておけということらしい。
何ともズルい気がしないでもないけれど。
べつに正々堂々と戦おうって訳でもないし、それ自体に異論もない。
殺しに慣れたとはいえ、そう何度も人を殺したいわけでもないしね。
それに
「何だお前たち!」
「動くな!」
「そんなこと言ってる暇があるならとっとと仕掛けて来なさいよ!」
やって来た二人の子どもが銃を構え、口を開く頃にはトリナは走りだし、脇の壁を駆け抜け、袈裟懸けに 斬りつけてしまった。
確かに構えて威嚇する暇があったら撃っちゃえって話だよねぇ……
っていうかジュリさんとも話したけど、死体見ても平気になっちゃったなぁ……
うーん、慣れって恐ろしい。
「サクラ! ボサっとしてないで行くわよ!」
トリナによって現実に戻ってきた私はさらに奥へと進んで行くのだった。
…………
「この奥?」
「みたいね、足音からして大人、結構な人数がいると思うわ」
トリナが耳を傍立たせる扉の向こうがどうやら本命らしい。
戦闘は子どもたちに任せ、大人たちは遠くから見物している、とはいえ、元軍人が多い中で、私とトリナだけで制圧できるだろうか?
「ねえ、咲良、あれから使える魔法増えた?」
「うん? えーっと、風魔法はうまくなったし、水魔法もそこそこ、火と土はからっきしかな」
一応これでも練習はしているのだ。
一属性だけだと融通が効かないからともう一つ水属性も覚えてみた。
なんでも風魔法と相性がいいんだとか。
ちなみに風と水の魔法を組み合わせると雷魔法も使えるようになるんだとか。
「まだ基礎属性しか使えないってのは難点ね…… そうだ、この部屋まえにダンジョンでやった時みたいに酸欠にできないの?」
「うーん、ちょっと難しいかな…… 前は小さなエリアの空気密度を変えるだけで事足りたけど今回は大きな部屋だからね。 空気を抜くことは難しいし……」
「そっか、じゃあ正攻法で正面突破あるのみね」
そう言うとトリナは扉を蹴破り部屋に突っ込んでいった。
そんな喧しく突っ込むこともないのに。
「バカな! もうここまで!?」
驚く大人たちをよそにトリナは早速敵たちに斬りかかっていく。
(全部で十二人、銃を持ってるのは八人……残った剣を持ったやつは後回しね!)
まずトリナは自分に銃を向ける人から斬りかかっていく。
剣と銃ならやっぱり銃の方が圧倒的に有利、だからそっちを先に始末するということなんだろう。
とはいえ多勢に無勢、発砲音が飛び交う中、さすがにトリナ一人では全員の攻撃は捌ききれない。
ということで、
「≪かまいたち≫」
「があああああ!!」
私が風魔法を使って武器を叩き落とす。
というか正確に言えば、指とか手ごと切り落とす。
「貴様!」
うわ!
今度は私の方にも火の粉が……!
ならば、この間練習したあの技をば!
「≪水鉢帽子≫!」
手のひらから水の塊を作りだし、襲いかかる男の顔を覆わせる。
水塊は男の頭の辺りにとどまり続け、空気の入る余地を無くした男はすぐに倒れてしまった。
「サクラ、ナイス! 後三人……」
あまりにも悪すぎる旗色に男の一人が悪態混じりに隣の中年男性に話しかける。
「くそ! こりゃ無理だ社長! 一旦逃げ……」
男は言い終わる前に、トリナによって真っ二つにされてしまった。
「へぇ…… あなたが社長なの……」
トリナの目が怪しく光った……ような気がした。
多分気のせいだと思うけど。
トリナはひとまず脇で懐から何かを出そうとしていたシスターを斬り殺し、それから社長なるどっちかっていうと神父さんに見える人物の首筋に剣を当てる。
あ、聖職者のフリしてるんだっけか。
「降参、してくれるわよね?」
社長は顔を真っ青にして何度もうなずいた。
「サクラ、一応全員から武器回収しておいて、あとは縛って置いときましょ」
「了解」
逃げられたら困るしね。
「大人はここにいる奴らで全員?」
トリナがそう聞くと、社長が口を開く。
「ここにいるのはこれで全員だ、あとは十区に何人か……」
「あ、そっちにも人が向かってるから、たぶん制圧済みなんじゃない?」
「そうか……くそ……」
「ズルい大人ね、自分たちより幼いまだ未来のある子供を戦場に駆り出して、自分たちは後ろから高みの見物?」
「指揮官とは常に後ろから戦局を見ているものだ、適材適所、子供らがしっかりと活躍できるように見守っているのさ」
見守ってる……ねぇ……
「見張ってるの間違いじゃないですか?」
私はそう言いながら縛ったシスターの一人から銃を取り上げ、そして社長さんに向けて引き金を引く。
銃本体に残っていた三発を社長さんに向けて撃った。
といっても当てる気はなかったし、だいぶ外したけどね。
とはいえ、インパクトはそれなりにあったらしく、社長さんは口を魚よろしくパクパクさせているし、トリナも若干ひいてる気がする。
まぁ、そんなこと……でもないけど、それは置いておいて、
「しっかり銃弾出ましたね。 いま、十区を攻め込んでいるほうのチームの技術者の人が言ってたんですけど、もともとあなたたちが使っていた武器はこういうものだったらしいですね。 つまり、子供たちが使っていたようなものとは違う。 あれは生産コストと威力が高い分魔力をバカ食いするんだとか…… 子どものうちは大人と比べて魔力が少ない傾向にあるそうですし、弾切れが早いってことですよね?」
私がそう聞くと社長さんは、さっと私から視線を逸らした。
肯定したようなもんだよね。
でも答えてはくれないみたいだから仕方ない、私が続けるとしよう。
「一番不味いのは戦場の最前線で弾切れになること。 そうなればいい的になることは必至…… まあ、盾兼特攻部隊と捉えるなら上等なんでしょうか? 人の死なない戦争なんてありえないし、自国民でない分、むしろ損害というなら少ないほうとも言えます。 買い手も『少年兵ならまぁこんなもんか』と思うかもしれませんし、それによる消耗はいくらでも補填できる。 戦争となれば大金が動きますから、あなたたちとしても次から次から商品を買ってくれればそれはそれで得ですよね。 つまり、あなたたちが売り出した少年兵の一番のセールスポイントはその実力でも制御のよさでもなく、いくらでもつぶしが効き、自軍のダメージをよそ者が肩代わりしてくれる、という点ってことですね。 使うほうも使わせるほうも、危険を子供に肩代わりさせるだなんて、ずいぶんとズルいですね」
まったく、卑怯で……虫唾が走る。
安全なところで弱者が虐げられているところを傍観して、自らは安全なところにいるだなんて……
まるであの時の私のようで…………
殺意すらわいてくる。
「サクラ!? ちょっと!? ―――――――――――――!? ―――!?」
トリナが何か言ってるがどういうわけか耳に入ってこない。 なんでだろう?
がしっ
そのとき私の右腕を誰かがつかんだ。
右を向くとそこにいたのはレティシアさんだった。
「サクラご苦労、何人かひっとらえられたし、帰るとしようか」
(咲良) はやりのうたも歌えなくて……
(レティシア) それ「シングルベッド」。 もう歌手しか合ってないし、というかお前何歳なんだ?
(咲良) 一応レティシアさんの同級生ですよ?




