迷いは晴れたか? SIDE ジュリ&ハウル
(クロエ) できないことがあることが悪いんじゃない。 それを受け入れる度量くらいこのパーティーにはある。 それを無理にでもやろうとして、迷いや苦痛になるのがよくないことだって、わかってるのかしら、アイツって……
森の中、真夜中な上、木々が生い茂り視界も悪い。
おまけに向こうも私も走っているだけあって、相手の姿をよくとらえることはできないが、撃ってくる方向はお互い分かる。
木を遮蔽物として使い、回避もしながらの戦い。
基本的に自分の存在を気取られることのない、もしくは気取られる前に相手を始末してしまうことの多い狙撃手にとって、ここまでアグレッシブな戦いはなかなかすることがない。
私だって、パーティーでは後方からの射撃ばかりでこんな一対一でもサシの勝負なんて数えるほどしかしたことがない。
その数回もソロで活動していたころ、だいぶ昔だ。
と、そのとき
「っと…… これで十二回目か……」
十二回目というのは向こうが撃ってきた回数のことだ。
言うまでもないが弓というのは矢がなければ攻撃できない。
今回持ってきた矢は十七本、さっき二本使ったからのこりは十五本か。
回収できる暇も補充できる当てもなし、無駄撃ちは出来ない。
しかし向こうはそうではない。
相手が使う銃は魔力を供給源にして攻撃してくる。
決して無尽蔵ではないようだが、それでも手数はこちらより圧倒的に多いだろう。
そんな手数の多い攻撃を回避し、その隙を狙って、障害物の合間から狙わなければならないわけだ。
そして、何より……
「結局私は彼女を殺せるか……だな」
覚悟なんて当の昔に、それこそ昨日あの目が合った瞬間にだってできていた。
できていたはずなのだ。
だというのにあの時身体が言うことを聞かなかった。
心と身体は必ずしも一致するものではないらしい。
「だとしたら……本当に私は死ぬのかもしれないな」
私が殺せないなら、一方的に殺されるのを待つだけだ。
私は死ぬつもりはないし、無事に戻るつもりでもある……しかし、それが叶わないのだとすれば……
「クロエ……すまないな、お前との約束……私のほうが先に破ることになりそうだ……」
私は、さらに森の奥に入っていたと思われる少女を追ってさらに森を進んでいった。
***
視点チェンジ ジュリ→ハウル
足音から察するに追ってきたのは一人、矢が飛んできたからあのダークエルフの女の人だよね。
持ち場を離れた上にたぶん一緒にいた二人も中に入れちゃったかな。
……まぁいいや、そっちは仲間を信じることにしよう。
そんなことよりも私はあの人に聞かなければならないことがある。
何故あの人は私を殺さなかったのか、何故人を殺すことを迷うのか。
私は物心つく前に両親が死に、孤児院で育った。
そして五歳くらいの頃、別の孤児院に引き取られた。
そこで学んだのはいろんな国の字の読み書き、算術、そして人の殺し方と武器の扱い方。
人を殺すことを躊躇したことはない、何も感じない、それが正しいことだと教わった。
人を殺すことは正しいことなんだと教わった。
自分を殺す気の相手に、自分が殺すことを迷ったら?
自分が死ぬにきまってる。
死ぬのは嫌だ。
それは今でも思う。
でも最近、ここ一年かそこら、心の中に何かが引っかかるようになっていた。
私にも何が引っかかっているのか、なんで引っかかっているのか、それはわからない。
けれど、その正体にようやく気付けた。
私は迷っているんだ。
殺すことは正しいことだと信じて疑わなかった。
けれどこの国に入って初めて人を殺した。
港で船を出てすぐ、私たちをたまたま見つけた人を殺した時だ。
その人が何者なのかはよくわからないけど、多分商人だったと思う。
戦う術なんて持ってなかったし、私たちが襲いかかるとすぐに逃げた。
それを追いかけ、追い詰めると、その人は命乞いをしてきた。
けれど、その人の言葉を全部聞き終えるよりも先に仲間が引き金を引き、その人は死んでしまった。
向こうに戦う力も意思も無かった。
戦う力も術もない相手を一方的に殺した。
それは正しいこと?
もしそうじゃないとしたら?
今まで自分たちのしてきたことが間違っていたとしたら?
今まで自分たちの学んできたことが間違っていたとしたら?
私はもしかしたらその答えを彼女なら持っていると思っているのかもしれない。
間違いだと、そう言ってほしいのかもしれない。
そんな自分の意思とは裏腹に私はまた銃の引き金を引いた。
視点チェンジ ハウル→ジュリ
「見えた!」
十数メートル先に、閃光と人間の姿を捕らえる。
木の間を縫って、攻撃を交わしながら走るのは不可能と判断し、木の上に登って枝から枝を飛び乗って移動している。
この辺りの木は枝も太いようだし、里ではよくやっていたからそんなに危険でもない。
障害物が少ないぶんかえってやりやすいというものだ。
そうして私は目の前の少女に狙いを定める。
そのとき、向こうも私の殺気を感じ取り、こちらを振り向いた。
視線が交わる。
一瞬の訪れた静寂。
破ったのは私ではなく、目の前の少女だった。
引き金を引き放たれた凶弾を、紙一重でかわし、隣の木に飛び移る。
「……不味いな……」
攻撃はかわせたし、私には特に怪我もない。
だが、その代わりに私が持っていた弓に命中し、私の弓は壊れてしまった。
弦は切れ、それ以外にも多少の損壊が見られる。
まず矢を放つのは不可能。
……退くか?
そのとき、私の足元で何かが弾けた。
何なのか、は考えるまでもない。
逃げるのは無理だな、敵に背を向けるなんて危険なことこの上ない。
そもそも自分で言い出しておいて、途中で投げ出し、逃げるなどあり得ない。
覚悟を……決めるしかない!
私は矢を右手に二本握りしめ、一気に走り抜けた。
ただし、走る方向は私と向こうとの間の最短距離ではなく、右側から回って少しずつ距離を詰めにかかる。
その途中で矢を一本、適当な木に放り投げて突き刺す。
投げるのは走る方向と逆。
すると、銃声が私の後ろのほうから聞こえた。
「やはり……」
現在は夜、晴れていて月も出ているが、この森の木々が月光を覆い隠し、所々で木々の隙間から差し込む程度になっている。
つまり視界は不十分、私は元々山育ち(正確には森育ち)で目に自信があるが、普通の人間であればなかなか難しいだろう。
そのため銃を撃つときの閃光と足音などの情報からこちらの動きを予測するほかなく、ああいう簡単なトラップにも引っかかってしまうわけだ。
ともかく視線は私から外すことはできた。
この隙に一気に距離を詰める。
「!」
彼女もこっちに気づいたようで、急いでこちらに銃を向ける。
だが今度は撃たせない。
私は右手に握りしめた矢を彼女に向かって突き立てる。
こちらに向けられた銃が放たれる前に仕留めたいが……ギリギリか。
いや、やってみせる、今度こそ……
(殺さないで!)
「くっ……!」
私の脳裏にあのときの記憶が去来する。
閉じ籠っていたダークエルフの子どもたちを私の村全員で殺した、あのときの子どもたちの断末魔が。
過去の記憶たちなのに、未だに私を苛むか……
早く忘れろ!
迷えば死ぬことはよくわかっているだろうに……
……忘れる?
忘れるべきことなのか?
あの苦い記憶を消すために里を出たんだったか?
否、むしろ逆だ。
隣村のダークエルフたちを、特に子供たちを虐殺したことを強く後悔した。
戦勝に沸き、自らの行いを正義と信じて疑わず、自らが手にかけた者たちのことをなんとも思わない……そんな同胞の生き方を受け入れられず里を去ったのではなかったか。
だとしたら私は、初めから迷うことなんてなかった。
答えなんて、あの日から出ていたんじゃないか。
あの日、村を出ていくと決めた日から。
私がそれに気づくころにはお互いの姿をとらえることができていた。
かくして私と彼女の視線が再び交わり、その姿が眼前に迫り、そして身体も交わった。
「な……なんで?」
「それはこちらのセリフだ」
結論から言えば、私たちはふたりとも生き残った。
彼女は引き金を引くことはなく、私が突き立てた矢は彼女の右上、彼女が背負っていた木に突き刺さった。
外れたのではなく、外したのだ、わざと。
お互いに相手は自分を殺しにかかっているものとばかり思っていたのだろう、こんな結果になれば驚くのも当然か。
そう思っていたら、目の前の少女が口を開いた。
「私は殺すことは『正しいこと』なんだって教わってきた。 わたしもその通りなんだなって何も考えずに今日まで七年とか八年とか来た。 でも最近それが変なんじゃないかって思えてきた。 無抵抗の人を殺すのが正しいことなの? 正しいことならなんでほかの人たちはそうしないの? ……どうして貴女はあのとき……私を殺さなかったの?」
「お前……」
そうか……彼女は……この子は気付いたのか、自分たちの行いの歪みに。
小さいころからそう教えられてきて、固まった価値観を植え付けられ、それが変わりようもないような場所にずっといて、それでも疑問を持つ……きっと賢い子なんだろうな。
昔からあるもの、大きな波に流されることなく、冷静に状況を見つめ、自分の考えを持つ。
こんな子供……ほかにそうそういないのだろうな。
「少しばかり昔話に付き合う気はあるか?」
私は自分の昔の話をした。
あまり他ではしてこなかった話だ。
知っているのは私が自分から話したクロエと、どこか他で聞いたらしいベルと、彼女から聞かされたレティシアくらい……
それくらい話したくないことだったんだがな……
…………
「結局私は夫や仲間の考えに最後の最後で賛同できなかった。 だからと言って自分が多くの人を手にかけたことを否定する気も忘れる気もない。 むしろそれを悔い、忘れまいと今日まで来た。 人の命を奪うことはあっても、それを決して軽いものにしないし、まして無闇な殺戮もしない。 子供も……なるべく手にかけない、甘いとは思うがな。 そう決めた……」
「それで私たちみたいな子供も殺さないと? 負けることになっても?」
「それで死ぬことになろうともだ。 今までの私は覚悟の仕方を間違えていたんだ。 甘っちょろいと言われても……それが私の生き方だ。 こんな答えで、お前の疑問は解決したか?」
「わからない……今の生き方に疑問を持ったとしても結局私はほかの道を知らない。 答えが見つかったとしても……どうしたらいいか……」
「そこを迷うことはない、今自分でも言った通りおまえはまだほかの生き方を知らないだけだ。 なら、これから知っていけばいい。 そのうえで決めろ、変わるのか、変わらないのか…… 手伝いくらいならしてやれる」
そう言うと私は目の前の少女に手を差し伸べた。
ん?いつまでも少女というのもなんだかよくないか。
「名前は?」
「ハウル……貴女は?」
「ジュリでいい」
「よろしく、ジュリ」
(ジュリ) さて、お互い戦う意思がなくなったところで少し頼まれてくれるか?
(ハウル) 何?
(ジュリ) 矢を回収したいんだ、ストックはまだあるが、外したものを回収しておけばあとで使えて買う必要もなくなるからな。
(ハウル) 貧乏性……?




