英霊の灯火 2
墓場でよく見る鬼火に関する伝承は多い。
その多くは化学的な仮説が唱えられているのだが、その一方、死体が自らの存在を生者に知らしめるために燃やしているともいわれている。
哀れにも気づいてすらもらえない魂が自らの生きた証を知らしめるために。
さて、ディーたち三人が裏から侵入していたころ、それとは打って変わって表側は騒がしいことになっていた。
ユーと合流したケイとエルはそのまま内部に突入していた。
「なんだお前たち!」
と一話前で聞いたようなセリフを放つ少年をケイが拳銃一発で沈め、その銃声を聞きつけてやってきた子供たちもエルがナイフで仕留める。
ちなみにここまでの一連の流れはすべて煙で視界が不明瞭な中で行われており、二人は互いの、そして敵の足音を聞き分け、判断し、正確に攻撃していたということである。
そうして霧が晴れてきてエリアをクリアしたことを確認すると、ケイは手招きで後ろに控えていたユーを呼び寄せ先へと進んでいく。
ユーはいわゆる救護兵なので、後ろに控えていることも少なくない。
いや、別に彼女に戦闘能力がないわけではない。
ただ、唯一の救護兵だし、さすがに煙幕を張ってる中を足音を聞き分けて……なんてことはできないので今回は後ろに下がっている。
そんな彼女が合流すると、ケイが足元に転がっている子供たちの死体を見て憐れみと嘲りの入り混じったような表情を見せる。
「フフフ、厳しいものでしょう戦いというのは。 百の訓練を重ねても、一つの戦場を生き残った者に劣る。 敷かれたレールの上で粋がっていると痛い目を見るということだ」
子供相手にも容赦のないケイの言葉に二人も苦笑いである。
「ちょっと厳しすぎですよ一佐、相手は子供です、一佐の思っていることを実行できる子供のほうがよほど異常かと」
窘めたのはユーである。
敵であったとはいえ相手の死体、それも子供を前にしてなかなかのセリフであったから流石にこれはよろしくないと思ったのだ。
もっとも、そういうことにもっと敏感で厳しくあるべき人物がいるのだが。
「何人も戦場の中に放り込まれれば、種族、年齢、性別、そういったものを一切排され、ある意味では平等に扱われるべきでしょう? 新平時代に小さな子供を盾に張り付けて前進してくる敵兵を見たわ、それに比べたらなんと穏当で文化的なことか」
「昔の話をすると老けますよ。 まだアラサー前なんですからもっと若々しくいたほうが得ですよ」
そう言って近寄ってきたエルは子供たちの亡骸を前にして胸で十字を切り何事か呟く。
「この子は私が弔いましたからこれでいいでしょう。 過剰も遠慮も結構ですけど、後腐れ無いようにお願いしますよ。 仲間の死体を前に祈ろうとしても頭と口で正反対のことを言いそうなので」
「「はいはい」」
三人は再び教会の内部を目指し走る。
道中に死体の山を築きながら。
そうして入った教会の最奥の礼拝堂、しかしそこには誰もいなかった。
「あら? 意外と逃げ足は速いのね。 そういう判断は優れているということかしら?」
「そういうことみてぇだな。 でもキッチリ住居を引き払う余裕はなかったみてぇだぜ。 おかげでほら」
そう言うのは、チャペル横の小部屋から出ていたディーたちである。
その手には羊皮紙の束が握られている。
***
ケイやディーのチームが礼拝堂に乗り込んで切るほんの五分前。
その男は礼拝堂脇の、例のディーたちが漁っていた部屋にいた。
男の後ろでは今まさに銃撃戦が繰り広げられている。
「くそ! くそ! 話が違う! なんでこんな一方的にやられる! ガキどもをここまで一人前にするのにどれだけの金と手間と時間をかけたと思ってる!」
男の恨み言は少年兵たちにも、それを殺しまくっている≪英霊の灯火≫たちにも向けられている。
ようやく少年兵を一人前に育て上げるだけの方法論と準備を構築し売りに出そうとしたところだった。
そのデモンストレーションを行いその評価も上々であったというのに。
ようやく少年兵たちも安定供給できるようになってきたが、そこに至るまでに多くのものを投資してきた。
それがいま、自分たちのよく知らない相手によってすべて潰されようとしている。
「そもそもあいつらは何だ!? 相手をしたやつの中にあんなのいなかったぞ! それにあの武器、我々とまったく同じじゃないか!」
手を動かしながらも男の恨み言は止まらない。
そんな男のもとにシスターの一人がやってくる。
「せん……神父様! このままではこちらに迫ってくるのも時間の問題です。 早く撤退しましょう!」
「ああくそ、忌々しい!」
結局、神父も含めた四人が持ち出せた書類は元々あった物の半分にも満たない量だった。
四人とは全員が聖職者のふりをした大人であり、子供は足止めとして、すべて残している。
「だがまぁ、逃げおおせたならいいさ。 また地下を通ってどこかへ雲隠れだ」
「あちらのほうへ連絡もしておきませんと」
「だな、最初にそちらに向かうとしよう」
そんなときだった。
シスターの一人が頭から血を噴き出して倒れた。
「なっ!」
残った三人が状況を理解するよりも早く、もう一人倒れる。
ここで残った二人は自分たちが何をされたのか気付く。
というか、自分たちにとってもある意味でよく知っていることだからである。
「狙撃か!」
少年兵の中にも狙撃専門の兵士はいた、というか育てた。
あの頃ではまさか自分たちが狩られる側になっているだろうとはさすがに思わなかっただろう。
さらに問題なのが
「いったいどこから?」
自分たちがいったいどこから狙われているのかが全くわからなかった。
方角からして東北東……その方向は開けているので射線はあるが……
(そもそもここは丘の上、狙撃手を配置できるところなどないはず……まさか)
神父のふりをしていた男があたりを見渡す。
ここは丘の上、確かに周りには何もない……しかし、東北東側はさっきも言った通り開けている、その方向には実はもう一つここと同じような山、丘になっている。
いうなればラクダのコブのように山が二つ並んでいるわけだ。
そこに狙撃手がいたとしたら、方向とも一致する。
しかし……
(狙撃手がいるだろう場所からここまでの距離はどう少なく見積もっても800m……いやそれ以上か!?)
それがわかったからと言ってこちらが何ができるわけもない。
そもそも自分たちは相手の位置すら把握できていないのだから。
(くそ! なんて非常識な奴らだ……!)
男の悪態は自身の額を撃ち抜かれるまで止まらなかった。
***
「ヘッドショットっす。 次、九時方向のシスターさんその3」
望遠鏡を覗きながら天真爛漫に敵の位置を知らせる少女の指示で、白髪のこれまた少女が引き金を引き、残ったシスターを射抜く。
「ヘッドショット、オールクリアっす。 流石っすねジェイさん」
「ただまっすぐに走る相手を狙撃するなんてわけもない。 お前だってできるだろうシィ」
「いやいや、ウチができるのはせいぜいこの半分くらいっすよ。 ジェイさんほどうまくできませんて」
「いずれは出来てもらわねば困る。 隊に狙撃手はお前と私の二人しかいないのだから」
「う……了解っす…… お? ユーさんだ。 中もクリアしたみたいっすね」
「なら合流だな、いくぞシィ」
***
ジェイとシィが丘を下り、合流地点であった宿の一室に行くと、先に戻っていた六名が書類の束を囲みにらめっこしていた。
「ただいま戻ったっす! 隊長、なんかわかったっすか?」
「おかえりなさい二人とも。 御覧なさい、向こうの会社の重要書類がいっぱいよ。 駄目ね、もっと厳重に保管しないと」
「でも全滅させちゃったらどのみち一緒だと思うっす」
「それもそうね。 さて全員揃ったところでまずはアイから敵の使用武器について」
「はい、と言っても事前に入ってた情報とそんなに変わるわけでもないんですが。 原理としては使用者の魔力を吸収、圧縮して打ち出すことで物理的な攻撃力を持たせるというものです。 我々のものは弾丸に魔力をかけることで加速、発射しますがこれだと弾丸が消耗品なうえ、発射原理もやや複雑です。 それと比べれば弾丸がいらないうえ、銃本体も魔力を別の力に変える過程がいらないのでコスパもいいですね。 さすが、わが国はこういうものを作るのが本当に得意です」
「やはり、同郷の人間か。 ある者は冒険者として人と国を守り、またある者はまた戦争の火を拡大しようと腐心する。 そしてそれらが殺しあうだなんて、これは喜劇かそれとも悲劇か」
ケイはそう言って天を仰いだ。
***
数年前ある国が大国との戦争に発展、さりとて大国にかなうだけの体力もなく、その国は風前の灯火であった。
そこで一発逆転を狙ったその国は軍部のある部隊にある密命を授けた。
少人数の部隊で冒険者として大国へ潜入、中枢を叩かせるというものだった。
もとより冒険者としてのまったく別の身分を持っていたその部隊は野を越え山を越え、ついにはその国への潜入を果たす。
そこで彼女たちが見たのは戦争への勝利へと沸く人、人、人。
彼女たちが愛し、戦った国は彼女ら山を越えた時には消えていた。
死ぬまで戦ったとて犬死。
自国へ戻ろうにも、よもや終戦直前まで暗殺をもくろんでいたと認めることを大国へとへりくだったその国は良しとしなかった。
公にその部隊、並びに兵士は存在しないこととなり、後に残るは冒険者としての籍のみ。
かくして、自国のために戦った英雄は亡霊となった。
特佐 特尉 子兵長
二佐 二尉 子兵
一佐 一尉 準子兵
准佐 准尉
一応彼女たちの国での階級になります。
基本は自衛隊と似ていますが微妙に違います。




