蛇の道は蛇 2
折角、前話のあとがきで、異世界風に諺をアレンジしたのにタイトルにある諺は変えないままっていうね……
分かりやすいからこれでいいんです!!
「という訳で命からがら逃げてきたわけです」
「ほんとに……命からがら…… 無理……よくない……」
トキは冗談っぽく言うが、屋敷に戻ってきたときのありさまと言えば酷いものだった。
結果的に命にこそ別状はなかったが、体のあちこちに刃物の傷ができており、出血もかなりのレベルだったし、今日も昼まで目を覚まさなかったのだ。
サンドラが手当てにあたったがやはりこのけがを見て顔を真っ青にしたのも無理からぬことであると言える。
すぐにいつもの調子を取り戻して無理してケガした同僚を諫めたのであるが。
「ったく情けないなぁ! どこのどいつか知らんけどちゃっちゃとやっちまえば良かったじゃねぇかよ?」
ついでにサンドラの双子の姉妹のサンドロもいた。
ちなみに彼女に治療行為などの器用な真似はできない。
「そう言わないでくださいよぉサンドロさん、ありゃその道のプロだ、私ごときじゃ勝てませんて」
「お前だってその道のプロだろうに」
「そうは思いませんが……そもそも私らのような手合いがぶつかり合ったら追われるほうが劣勢をひっくり返すのは大変なんです! 情報は手に入ったんだし、あとはどれだけ確実且つ速やかに届けられるか、ってことでしょ、いちいち戦ってなんていられませんて」
「ふーん…… んで? そこまでして得られたせいかってなんな訳?」
「まずはスラムにある城壁の穴から入り込んだこと、しばらくはそこに滞在していたこと、あとは現在はそこではなく、日向の人間のフリをしてどこかに潜んでいること、ってところですかね」
「つまりスラムにはいねぇのか、じゃあ探すのは難しいか?」
「それは……違う……」
否定したのはサンドラである。
「子供たくさん…… 隠れられる場所……少ない……」
「あ、そうなん? どこ?」
***
「例えば、そもそも子供が大量にいても不自然じゃないところだ」
ところ変わって同じ屋敷の応接間、場所は違えど会話の中身はほとんど同じである。
さて、肝心の子供が大量にいてもおかしくないところ……と言えば、
レティシアが王都の地図を広げる。
「と言っても奴らの考えはスラムにいたところからそんな変わっていない。 早い話が孤児院や教会、空き家にヤドカリが如く間借りして住んでるのさ」
「って言ってもお嬢、王都は結構広いんだぜ、教会にしろ孤児院にしろ空き家を探してその中にいるかどうか調べんのにどれだけかかるか」
シャルの言う通り、王都パリエの面積は広い。
おまけに建物も多いので虱潰しに探すとなれば何日かかることか。
「ところがそうでもないんだ。 流石に人の多いところには入り込めないからな、人気の少ないところになる。 それを条件にギルドに見繕ってもらったところ、此処と此処と……あと此処……計五か所、だいぶ絞れてきた」
地図上に五か所、赤ペンで丸を付ける。
それを見た咲良が手を挙げて言った。
「でもだいぶ離れてません? これじゃあ、結局目的地に着くまでに時間かかっちゃいますよ」
そもそも人が少ないところにあった孤児院なのだから、辺鄙なところにあるというのも自然ではある。
「そうだな……ところで話は変わるが、あれだけの騒ぎを起こした子供たち、団体で動けば目立つに決まってる……はずなのにまったくそんな話が聞こえない。 それはなぜか?」
そう言ってレティシアはもう一枚の紙を取り出した。
大きさは先に出ている地図と同じくらいで、迷路のように線が張り巡らされている。
「レティシアさん、これは?」
咲良がじっくり見ても、迷路にしか見えない。
もちろんそんなわけはないとわかっているのだが。
そんな咲良の疑問に答えたのはレティシアではなく、ククルだった。
「それ下水道の配置図だよね。 なるほど、モグラよろしく地下を潜って逃げたのか」
「そういうことだ。 と言っても、下水道の通っている建物はそう多くない。 多くは国が関係する建物とその周辺、もしくは自費で導入したところ。 あとは公衆浴場や公衆トイレだから近くにあるわけじゃない。 あ、私たちの住んでいるアパートはちゃんとあるからな? 奴らは私たちがどこへ行ったと探している間に、足元でこそこそと逃げていったわけだ。 それをもとに絞ると……うん、二か所になった」
「それだけわかれば十分だわ! 二手に分かれてさっさと探しましょ!」
相手の所在がつかめたと知るや、トリナが早速戦闘態勢になる。
「いや、二手に分かれる必要はない。 我々は東側にある旧教会を狙う」
「なんでよ、もうどっちにいるか見当ついてるっての?」
「いや、どっちにいるかは分からないままだよ。 もしかしたら両方ってこともあるかもしれないが」
「だったら」
「この下水道の話……実は私のアイデアじゃなくてね。 実は亡霊に聞いたんだ」
「亡霊?」
「ええ~」
ククルの目が若干輝き、咲良が胡散臭いと言わんばかりの視線を向ける。
「亡霊っていたって幽霊じゃない、≪英霊の灯火≫……私たちと同じクランに所属しているパーティーのことだ」
「ああ……蛇の道は蛇ってやつか。 同類の考えることは手に取るようにわかるってか」
シャルたちはその≪英霊の灯火≫のことを知ってるようだが、もちろん咲良は知らない。
「ねぇ……そのパーティー名前だけは聞いたことあるんだけど、蛇の道は蛇ってどういうこと?」
ククルもよく知らないようだ。
「まぁざっくりいうと元軍人だけで構成されてるのさ、メンバーは同じ国の同じ部隊所属。 まぁ、考えそうなことはわかるんだろうな。 しかも今回はどういう訳か私たちに手を貸すとまで言ってきている。 ロハで」
「え~そういうのってぇ、大体裏がありそうよねぇ?」
冒険者というのは戦うのが仕事だ。
自分の身を危険にさらすというリスクがあるから稼げるというのに今回はロハだという。
クロエでなくても何か企みがありそうと勘繰るのは仕方ないことであると言える。
「その可能性もなくはないんだが……どの道全員で乗り込めるなら悪い申し出じゃない。 とりあえず第十区のほうは任せることにした。 ということで我々はさっき言ったように第三区、東側の旧教会に乗り込む。 日が暮れたら出発だ、準備しておけよ」
***
その第三区、東側の旧教会、結果から言えばここは「あたり」である。
その屋根の上で見張りをしている少女がひとり。
名前はハウル、ジュリやシャルと戦ったあの少女である。
彼女は本来見張りをしているはずだった者に代わってもらいこの場にいる。
理由は割と簡単で一人で考えられる場所がほしかったからである。
下では何やかんや騒がしくて考え事もできやしない。
(あのひと……何で弓を引かなかったんだろうか)
あのひと、とはジュリのことである。
広場近くの建物で相対したあの時、彼女の矢は明らかに自分のほうを向いていた。
反応が遅れたせいで、反撃も回避もかなわず、矢で射貫かれるはず……だったのにどういう訳か自分は生きている。
さらにわからないのは、あの時ダークエルフの女性が迷っているような険しい表情をしていたことだ。
ハウルは、敵と向かい合ったら迷うことなく引き金を引くように言われているし、実際そうしてきた。
それが彼女にとって、いや彼女たちにとって当たり前のことであり、それ以外の選択肢など存在しない……はずだった。
(でも私もあの時、撃てなかった)
本人以外、誰も気づいていないがあの時ハウルもまたジュリに狙いを付けたあと一瞬、引き金を引くのを躊躇った。
困ったことに何で自分がそうしたのかわからない。
今までだったら、考える間でもなく反射的に撃っていたというのに。
いくら考えても答えが出てくることはない、しかし聞けるような相手もいない。
(あの人なら……答えを知っているだろうか……)
脳裏に浮かぶのはあの時相対したダークエルフの女性の顔……
彼女との再会まで……あと少し。
≪英霊の灯火≫というパーティー名は少し前に出てきた、≪十六夜月の踊り子≫から変更したものです。
もっといい名前があったので折角ですからね……
まだ名前しか出てないから大勢に影響はないでしょうが、前に出てきたほうもあとでちゃんと修正しておきます。




