その影の名は 2
(ジュリ) ううん? またさっきと同じ道に出たぞ?
(クロエ) まだなのぉ? もう歩き疲れちゃったわよぉ。
(ジュリ) だったら飛んでいったら良いじゃないか……というか飛んだら場所がわかるんじゃないか?
(クロエ) ……あ。
「大変嘆かわしいことに子供を捨てる親っていうのは割といる。 特に多いのが田舎の貧しい農村とスラムや。 自分らの明日の暮らしもどうなるのかわからんのに子供なんてできた日にゃそら大事や、ちゃんと避妊せぇっちゅうに」
空気が沈んだ。
内容の重さもさることながら、ディダの話はちょっと遠慮がない。
「そうなると子供がどうなるかっていうと、行く末は主に二つ。 捨てられるか奴隷として売られるかや。 でも山に捨てりゃ当然死ぬし、奴隷になったらどんな目に合うかわからん。 下手すりゃ死ぬよりしんどいことになるやもしれん。 それは嫌やと思う親も中にはおるわけや。 ちょっと勝手な気もするけどな? で、そんな迷える親たちの元に第三の選択肢が現れる」
「『私たちがお子さんを引き取ります』か?」
「んー、レティのアイデアはまぁ半分当たりってとこやな。 要は金で子供を買うて、自分らのところで働かすってことや。 人身売買にゃ違いないが、奴隷にするわけやないし多少なりとも罪悪感が薄れるんやろ」
「それで自分の子供が何をさせられるかも知らずに」
「まぁ知りようは無いわな。 で、そうしてやってきた子供らに殺しの手管を読み書きを教えるように刷り込ませていく。 ここ最近の話や無いわな、たぶんずっと前から仕込みを続けてようやく使えるようになったってことやろうな」
「十四、五近い子供たちもいた。 多分プロジェクトは十年近いはずだ。 それほど前から今日、この日起こる出来事は決まってたわけか。 不愉快な話だ」
「ちょっとよろしいですか?」
手をあげたのはディーナだ。
「少年兵を売ろうと企んだところで結局この国は平和です。 兵士だってそんなに必要ありません。 この国で騒ぎを起こそうとした理由は?」
「結果的にこの国で騒ぎを起こしてそれが世界中に知れ渡れば御の字や。 紛争地域に売り込みたいからってそこで同じことをやったんでは、ただでさえ神経すり減ってるところに追い打ちをかけるようなもんやろ?」
確かに、ただでさえ外敵に頭を悩ませているところに国内で子供が銃の乱射事件を起こしたら緊張が高まることは目に見えている。
そんな状況で自分たちがやりました、などと名乗り出るなど無謀だし、何かしら含むところありと思われても文句が言えない。
まして伝手も関係性も一切ない相手ではなおさらだ。
「他所の国のこととはいえ情報を入れるのはそんなに難しくない。 少年兵の実力が十分であるとわかれば手を伸ばしてくる国もあるやろ。 他にはない魅力的な商品、すでにできているコネクションに割って入りやすくもなる」
商品、と言う言い方は間違いでは無いのだろうが、なんとも不愉快な言い回しである。
と、部屋のドアを叩く音が鳴った。
「お嬢様、ようやくベルさんがお連れしてきたシスターさんから協力が得られそうです。 なかなか粘りましたね。 お話聞いてみますか?」
入ってきたのは、メイドのジェン・シャンレイであった。
「そうだな、いろいろと聞きたいことがある」
そう言ってレティシアが立ち上がり、咲良たちもそれに続こうとする……がそれをシャルが制止する。
「なによ? 私たちは行ったら行けないわけ?」
トリナが不快そうにシャルを睨み付けるが、シャルはそんなの意に介していないとばかりに
「いやぁ~ああいう手合いは中々友好的に接してくれないからね、それが協力的になる理由は恐怖か苦痛かそれ以外だからさ。 ちょっと君たちには早いかなぁ……なんて」
結局、咲良、トリナ、ライラ、ククルはそのまま待機となってしまった。
***
ミレッジ家の東棟、基本的に屋敷の関係者しか立ち入ることはないそこの物置部屋、その地下にその部屋はあった。
陽の光なんてほとんど刺さない無機質で薄暗い部屋、その中央にその場に不具合なほど立派な造りの椅子とその上には例のシスターが座り込んでいる。
そのシスター、目は虚ろに濁り、手足はだらしなく力を抜いて垂らしている。
その脇には獣人のメイドのタニアと、同じくメイドのトキがいた。
「結構手ごわかったですよ? タニアさんと拳で語り合っても口をきいてくれないんですから」
と、シャンレイが言うとレティシアがジト目で彼女を見やりながら
「語り合ったんじゃなくて一方的に語ったんだろ?」
「まぁそうとも言いますが」
「でもなかなかお話してくれないところを見るにやっぱり元々裏の人間なのかしら?」
ディーナが聞くとシャンレイが答えるよりも先にトキが笑顔で答えた。
「いやいや、今は兎も角もとは違うでしょう。 少なくともゴロツキではなさそうですが、かといってプロでもありません。 プロなら捕まる前に自害しようとしますし、素人ならもっと素直に吐きます。 ですのでどちらかというとこっち寄りかと」
こっち、という言葉とともにトキが指さしたのはタニアである。
つまり
「軍人か」
「辞めた軍人が武器商をやるという話はままある。 コネもあるし営業もはかどりやすい……らしい」
「経験者は語る、かしら?」
ディーナが悪戯っぽくそう言うと、タニアは心外とばかりに目を閉じ、
「軍人の本懐は国のために戦うこと。 しかし戦いなど無いほうがいいに決まってますし徒に戦争を起こし長引かせようとする傭兵や武器商になるなど恥でしょう」
「あら、怒らせちゃったかしら? 私のもとにつくのも嫌だった?」
「いえ、戦う理由が国から一人の人間に代わっただけの事、どのみち私の持てる力を振るうことには変わりありません」
「あらそう? と、なかなかうれしいことを言ってくれたところで少しこのシスターさんとお話してみていいかしら?」
「一応、私が使った毒で脱力してますし、頭も碌に回っていません。 聞かれたことをそのまま答えるだけの人形と変わらないですよ」
「だ、そうですが何か聞いてみたいことのある方はいらっしゃいます?」
「ほなウチええかな?」
手をあげたのはここまで静観していたディダであった。
彼女はシスターの前に歩み寄る。
「じゃあまず手始めに、自分の名前は?」
「ルイス=アルビオン……」
シスターことルイスはその虚ろな目と表情を崩さないままにディダの問いに答えていく。
「所属は?」
「ラグレット商会……」
「その前は?」
「○○○王国軍……」
「この国に来た目的は?」
「少年兵の実力を見せるためのデモンストレーション……」
「ちょっと失礼」
二人の会話を割って入っていったのはレティシアである。
「デモンストレーションにこの国を選んだ理由は?」
「社長に命令されて……」
「社長とやらはどうやってこの国を選んだと言っていた?」
「…………」
ルイスは答えない。
「知らんちゅうことか?」
「だろうな」
「この街にどうやって入った?」
レティシアがこれを聞くのは理由がある。
この街、というかどこの国や街でも大概そうなのであるが街道から街に入る際には検問が必要になる。
と言っても厳重なものではなく、身分証がある場合にはそれの提示、無い場合は出身や名前を記すことが求められ、その容姿も記録される。
なお、その中身が嘘であった場合には捕らえられたり、入国拒否となり、その正否も魔法具で行われる。
これは犯罪者を国に入れないようにする目的で行われるので、よほどのことがなければ平和なこの国で入れない人物というのはいない。
問題はその入国者の中にあれだけの子供がいたというのが記録になかったことである。
これはベルが、ここに来るまでに確認済みである。
「冒険者としての身分があったのでそれを使って……」
冒険者にはギルドから組合証が発行してもらえる。
これは身分証に使える。
「子どもたちは?」
「同僚が別のルートから……」
と、そこで言葉が途切れる。
それ以外のことは知らないようだ。
「何か思うたより情報持っとらんな」
「まぁ、結局コイツも末端だったんだろ。 現場に出るくらいだ、そんなに中枢とも関わっていないヒラだってことさ。 罷り間違って捕まっても心配無いようにな」
「少年兵といいコイツといい人を駒みたいに使うやつらばっかりやな」
そう言うディダの拳は強く握られていた。
(トリナ) やっぱり納得出来ないわ! 行くわよ!
(咲良) ちょっと! 勝手に行くと良くないよ!
ガチャ
(シノブ) お茶と菓子持ってきたが要らんのか?
(トリナ) ……食べる。
ストン
(咲良) (猛獣使い……)




