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残酷で美しい異世界より  作者: 狼森エイキ
純粋なる黒と汚れた白
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殺すか殺されるか SIDE ジュリ

(クロエ) なんか私ずっと人を運んでは戻り、運んでは戻りしているだけなんだけど……

 弓を引くだけ引いて放たないまま仕舞には自分に狙いが及んでいた。 

 にも関わらず、まだ弓をその手から離さないでいると、クロエによって抱えられ、どこかへ連れていかれた。

 助け出されたかと思うと、彼女は私を壁に押し付け、胸ぐらをつかんできた。


 「アンタいい加減にしなさいよ!? あのままあのガキンチョに殺される気だったわけ!?」


 私は何も答えなかった。

 言えなかった。

 何を言えというんだ。

 クロエの言う通りだ、おそらくあの瞬間、クロエの横やりが入らなければまず間違いなく私は死んでいたに違いない。

 私には彼女に言い返す権利などあるはずもないじゃないか…………


 「…………」


 「アンタに昔何があったかは前に聞いたわ。 それと向き合おうとしていることもね。 でもその間にも命のやり取りは続いてるし、迷ったやつから死んでいくのよ」


 「分かっている!! だが…………私にはこれしかないんだ……命を奪うことでしかその身を立てられない…… そんな奴が子供が相手だからと……」


 「その結果がこのザマか!? 中途半端な覚悟で鉄火場に躍り出るからこういうことになる!! このまま自分が死んでも構わないと本気で思ってるんじゃないんでしょうね!?」


 「…………」


 「どのみちそんなんで戦いに参加なんてさせられない。 覚悟も決めないままに自分の命を危険にさらすようなやつは私が許さない。 …………ここで頭を冷やしてなさいな」


 そう言ってクロエは私を置いて、未だ銃声のするほうへ飛び去って行った。

 私の身体からするすると力が抜け、ただ立っているだけの姿勢すら維持できず、私はその場にへたり込んでしまった。

 

 「今まで中途半端なままでここまで来た……そのツケだな」


 冒険者になって22年、クロエと出会ってからもう……16年くらいか、そりゃいろいろ見透かされても不思議じゃないな。

 レティシアと出会ったのは確か四年前だったかな。




 冒険者というのは魔物を相手することも多いが、人間を相手取ることだって少なくない。

 そのほとんどが盗賊などの大人だから、私が逡巡することは無い。


 じゃあ、相手が子供だったら?

 盗賊の中に子供がいることだってあるかもしれない。

 今回のように強い子供が敵として立ちはだかることだってある。

 そのとき私はその子供たちを殺せるのか?

 いや、殺さねばならない。

 でもいざ、その段になって弓を引くことをためらったら?

 いや、実際私はさっきそれを躊躇った。

 さっきは助けが入ったが、いつもそうとは限らない。

 きっと私が殺される。

 私は死にたいのか?

 そんなことは無いはずだ、死に場所を探して今日まで来たわけじゃあるまいし。

 それに自分だけならいざ知らず、私の一時の躊躇いが中も危険にさらすことだってあるだろう。

 だったら……答えはもう出ているじゃないか、何を私は迷っている?

 



 それもわかっている。 

 私の迷いの正体は……きっと……


 「キース、マルドラス…………」




***




 エルフ、という種族はかなり閉鎖的だ。

 他の人間や獣人といった種族と比べると寿命が長く、そのために変化が起きにくい。

 住んでいる森から外に出るということはほとんどなく、エルフ同士ならともかく、それ以外に外と交流する、ということはめったにない。

 まぁ、それでもたまに変化を求めて里を出るものというのはいるもので、そういう者は街で冒険者なり、いろいろな仕事に就くのだろう。

 それはダークエルフとてそれはほとんど変わらず、やはり自分たちの里と、せいぜい少し離れた別の里と交流を持つくらいだった。

 そんな里にいた私がどんな奴だったのかと言えば、やはり変化を求めて外界へ飛び出していく…………

 

 なんていうフロンティアスピリッツを持ちあわせてはおらず、むしろ自分はこの地で一生を終えるのだろう、とすら思っていた。

 何せ私には家族がいたのだ。

 両親親戚のことではない、自分の夫と息子だ。

 夫の名はマルドラス、同じダークエルフで、昔からの顔なじみ。

 戦士の家系に生まれたのだが、お世辞にも強いとはいえず、優しすぎるきらいはあったものの、私はむしろ彼の性格を愛らしいとすら思った。

 そんな彼との間に生まれたのがキースだった。

 割と穏やかな性格(だと思っている)の私たち夫婦の間に生まれただけあってやはり穏やかな性格で、転んだとか、友人に虐められたとかでしょっちゅう泣いてばかりいた。

 泣き虫な息子と穏やかな夫、大変なこともあったが、私たちの家族は幸せだった。






 あの時までは。




 ダークエルフの里の大人は皆、何かしらの仕事を割り振られる。

 狩猟、農耕、土木……

 私はかつては戦士として狩猟などに勤しんでいたのだが、子供ができて以降は家に引っ込んで被服や機織にかかわる仕事を行っていた。

 そんなある日の夕方のこと。

 里の周りを巡回しているはずの夫マルドラスが家に帰ってきた。

 それも走ってきたようで、随分息が上がっているし、焦っているようにも見える。


 「どうしたんだ? そんなに慌てて。 そもそもまだ仕事中じゃ……」


 「見つかったんだ……」


 「見つかった? 何がだ?」


 「死体だ……」


 「したっ…… 死体だと!? いったい誰の……?」


 「キースのだ!! それだけじゃない! いつもあの子と遊んでいた子供たちの遺体も見つかったんだ!」


 そう叫んだ夫は堰が切れたように泣き出し、膝から崩れ落ちた。

 私はと言えば、膝から崩れ落ちたのか、放心したのか、泣き崩れたのか、いまでも全く覚えていない……。

 

 

 

 

 子供たちの死体はみんな斬られているか弓で射貫かれているかのどちらかだった。

 つまるところ、森の魔物や動物に襲われたわけではなく、すべて人の手によるものであるということだ。

 さらに言うと、矢の矢じりに使われている鉱石、そしてその加工の精巧さ、里のダークエルフならすぐに思い至った。


 「これは隣の里で作られた矢だ!」


 誰かが言った。


 「隣の里の奴が襲ったに違いない!」


 他の誰かが続いた。


 「やれらた分はやり返すぞ!」


 また誰かが言って皆がそれに続いた。


 

 

 そこから先は地獄のようだった、と今思い返してみると思う。

 復讐とばかりに、隣の里のダークエルフを殺し、それの報復でまた仲間が殺され、また殺して、殺されて……

 みんな異常だった。

 みんなが憎んで、憎まれて……

 閉鎖的な空間で起こった出来事ゆえに、誰も止める者はおらず、むしろエスカレートしていった。

 かくゆう私もその一人だ。

 キースが生まれてからは子育てが忙しかったのでやめてしまったが、そもそも私もマルドラスと同様にダークエルフの戦士として戦っていたのだ。

 ブランクはあれど、戦力というには十分すぎる。

 子供失った悲しみと怒りを原動力に何人ものダークエルフを手にかけた。

 そこに一切の逡巡も生じることは無く。




 そして、あの夜がやってくる。


 

 

 その日、私たちは里の長の家で会合を持っていた。


 「長! このままでは里の人間がずっと危険にさらされたままです! 戦いを仕掛けてきたのは向こう、話し合いによる平和な解決は無理です! 戦いはどちらかが滅ぶまで終わらない!」


 つまるところ向こうの里を滅ぼさねば永遠に安寧の時はやってこないのだと、そのためにこれ以上犠牲が出ないうちに一気に攻勢に出ようと、そう言っているのだ。

 しかもそれを主張しているのは、優しすぎるがゆえに戦士には向いてないとまで言われていた、わが夫、マルドラスだった。

 怒りとは人をこうも変えてしまうモノらしい。

 それは私も、いや里のダークエルフすべてがそうか。

 里の戦士にその提案に異を唱える者は一人もいなかった。


 

 

 そしてその夜、ダークエルフによるダークエルフ狩りが始まった。


 誰もが寝静まった夜、矢に油を塗りたくり火をつけ、その火矢を里の家に放つ。

 ダークエルフの里はどこもかしこも木造の家だから、簡単に燃えてくれた。

 深夜の奇襲に彼らは驚き、泣き叫び、そうしてどんどんと息絶えていく。

 そんな地獄絵図も我々にとって森で動物を狩っているときとなんら変わらなかった。

 淡々と、作業をするように無感情に。


 そうして、火のついた家々が丸焦げになり、火がくすぶるだけになるころには抵抗してくるような奴らもだいぶ減って来ていた。

 そんな中、私が里まで下りて、敵を探していた時の事。

 マルドラスが私のそばに寄ってきた。


 「ジュリ、どうやら西にある、大きな穀物庫に立てこもっている奴らがいるそうだ。 抵抗されるかもしれないから、手伝ってくれ」


 「分かった」


 穀物庫、というのはその名の通り畑で収穫できた食料を貯蔵しておくところなのだが、どうやら焼かれずに残っていたらしい。

 そして、その中にアナグマを決め込んでいる者がいる、と。

 

 「多勢の無勢だ、わざわざ火をつけるまでもない」


 皆が剣や槍を構え、穀物庫の戸をこじ開けた。

 そこにいたのは……


 「なんだ、子供ばかりじゃないか」


 そう私がため息をついたのもつかの間、仲間の槍がその子供たちに突き刺さる。

 子供たちの叫び声が響き渡るが、マルドラスたちが手を止めることがない。

 そりゃそうだろう、だってこれは戦争なのだから。

 私はその場で立ち尽くし、考えていた。

 きっと、キースもあの日、こんな泣き声をあげたのだろうか?

 泣き虫なあの子のことだ、いの一番に挙げたに違いない。

 怖かっただろう、痛かっただろう……




 そんなキースのことに思いをはせながら、同時に自分たちの行為がとても恐ろしいものに感じた。

 

 「…………同じだ」


 キースを殺したのは無抵抗に泣き叫ぶ子供を殺すような冷酷な奴だろう。

 では今の自分たちは?

 こうして同じように無抵抗の子供たちを殺し続けている。

 私たちの怒りは、何の力も持たない子供を一方的に殺められたことへの怒りでは無かったか?

 その怒り、悲しみを知っていながら、全く同じことをしている。

 これはもはや報復ですらない。

 ただの一方的な虐殺だ。

自分たちを守るため、というのを免罪符に戦士でもない者を大勢手にかけた。

 私たちは大義の名のもとにキースがされたことと同じことをしている。

 とても恐ろしいことを……

 今になってそれに気づかされるとは……

 気が付けば私はマルドラスたちを止めに入っていた。


「もう止せみんな!!」


 しかし、


 「いまさら何を言うんだ!」


 右目に鈍い痛みが走る。

 マルドラスが私を斬りつけたのだ。

 彼の言う通り、今さらその手を止めたところで引き返せるものではない。

 そもそも、今自分たちがやっていることは正義であり正しいことなのだ。

 彼らにそれを止めるほうがどうかしているのだろう。


 結局、最後の一人が死ぬまでその断末魔が消えることは無く、私は痛む右目を抑えながら、ただ立ち尽くすのだった。




 あくる日、里に戻った私たちを残った者たちが祝福し、里はお祭り騒ぎとなった。

 しかし、私はそのにぎやかな熱に浮かされることは無く、誰にも知られないうちに里を去るのだった。

(咲良) ジュリさん子供いたんですか!?


(ジュリ) ああ、生まれたときは他の赤子よりも小さくてな…… 少し病弱でヒヤヒヤしたんだがなんとか元気に育ってくれてな。 あれは一歳のころだったか、勝手に歩き出して家から……


(咲良) (あ、これ話を振ったはいいものの、思ったより長くて、でも振った手前止められなくてぐったりしちゃうパターンの奴だ)


*二時間続いた。

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