迷い
今日になってデータを飛ばしちゃうハプニングががが……
間に合って良かったぜぇ……
レティシアたちから放たれた折り紙のメッセージを受け取った各人は取り急ぎ、その場所へと向かった。
幸い、という表現が正しいかは定かではないが、すでに騒がしくなっていたせいで現場にはすぐに到着することができた。
一番最初に到着できたシャルとライラはまず相手が子供であることに驚いた。
本当に目の前にいる子供がこれだけの死体の山を気付いたのか、と。
しかし、いくら信じられなくても目の前で起こっていることこそ真実であるし、それは否定のしようのないことである。
飛び出すタイミングをうかがい、二人が物陰から様子をうかがっていると、二人の子供の持つ銃の銃口が逃げ遅れた子供へと向いた。
慌てて二人が飛び出すが、間に合うはずもない。
「ヤベ! ライラ、何とかして防げ!」
「え!? 何とかって…… ≪アイスウォール≫」
逃げ遅れた子供の前に氷の壁が現れ、放たれた凶弾を防いで砕ける。
その隙を狙ってシャルが子供を回収しようとするが、そんな彼女を追いこす影があった。
「随分と動きが鈍いわねぇ? 足が短いせいかしらぁ?」
「いちいち皮肉を言わなきゃ生きてられんのかクロエ!」
「それはどうかしらぁ?」
クロエはそのまま子供を抱きかかえて飛び去って行った。
彼女なら子供を安全なところに逃がすだろう。
「シャル! ライラ!」
「サリア……なんだその足?」
「イザベルの作ってくれた新しい靴だよ。 底に車輪がついてて舗装された街中だと早く動けるんだ」
「ふーん、街中でしか向かなそうだけどな」
「冒険には向かないだろうね。 でもまぁ、ああいう手合いには結構使えるんじゃないかな?」
そう言うと、サリアは近くで倒れていた冒険者の遺体の手から剣を取って、件の子供たちに放り投げる。
しかし、その一投は少年の一撃によって弾かれてしまった。
「おや、ただ殺すことだけに目が向いてるわけじゃないみたいだね」
「意外と頭は回るじゃないか。 ただ殺すためだけに育てられたんじゃないらしい」
「それじゃあ、あまりに切なすぎる。 子供はいろいろなものを大人から教わるが、その中に殺しがあるだなんて」
「ジュリ。 間に合ったか」
「ああ、遅れたようですまない」
「僕が思うに頭のいい人殺しが一番厄介だと思う」
「だな。 油断すんなよサリア、相手は大層な飛び道具持ってんだ。 素手じゃ旗色が悪いぞ」
「分かってるよシャル、あまり剣を使うのは得意じゃないんだけどね。 またお借りします、名も知らぬ勇敢な憲兵さん」
「けが人も多いみたいだ。 僕はククルと合流して怪我人を直すよ」
「よっしゃ、ライラはけが人の面倒を見終わったらサリアの援護、クロエはアタシと上のガキどもの相手だ。 ジュリはお嬢たちのフォローに回れ、と言いたいんだけどさ」
「?」
「相手はおそらく全員子供だ」
「見ればわかる」
「そして殺し合いだ。 お前に殺せるのか?」
「できないなら……私が死ぬだけだ」
「それじゃ困るって言ってんの。 できないなら引っ込んで怪我人の介抱でもしててくんない?」
「心配はない。 これでも冒険者なんだ、人の命だって必要とあらば奪えるさ」
「じゃあ、任せる。 けどさ、お嬢別に生き急いでほしくてお前置いてるわけじゃないんだからな」
「……わかっているさ」
「よし、じゃあ行くか、地上は任せたぜ」
そういうとシャルはヒョイヒョイと野生動物のように軽々と屋根の上を昇っていった。
***
屋根の上にいる子供たちはいわゆる狙撃班のようなもので、連射性には大きく劣るものの、一発の射程と威力は地上班のそれを大きく上回る銃を所持していた。
「ハハハ、シスターが手ごわいって言ってた冒険者も大したことないなぁ、ずっと壁に隠れてばかりじゃないか」
「キース、油断するのは良くない。 仲間かどうかわからないけど増援が来てた。 警戒はするべき」
「チェッ、なんだよハウルは真面目だなぁ。 いっつもそういう警戒とか、慎重とかばっかりで面白くないや。 じゃあ、そっちは任せたよ。 俺はあっちの隠れてるほうを狙うからさ」
「……これは面白がるべきものじゃないと思うけど……!」
ハウル、と呼ばれた少女がスコープを新たにやってきたほうへと向ける、そして気づいた。
増援は確かに五人だった。
そのうちの一人は子供を避難させた。
そのうえで、自分の目に映るのは三人、一人足りない。
「一体どこに……」
ハウルが視線をスコープから外し、周囲を見渡して警戒する。
スコープというのは長距離を見るのには向いているが、視野は狭くなるものである。
そして気づいた、いや見つけた。
隣の建物にいた同じ狙撃犯のアレクとフレッドの死体を、そして悟った。
「近くにいる! 私たちを狙ってくる奴が!」
そのとき、不意に自分居る場所に影が差した。
天気は曇りのない晴れ、屋上にいる自分に急に影が差すことは無い。
あるとすれば……
「キース! 上! 狙われてる!!」
「へ?」
キースが慌ててスコープとライフルを上に向けた。
するとスコープには先ほどまで地上にいた、あの背の低い糸目の少女が太陽を背に自分たちに躍りかかっているさまが見えた。
「バカだな! 飛んだら逃げられないってのに」
空中では動きようがなく、こちらには飛び道具、キースは狩られる側から一転狩る側へと立場が変わったと思った。
そしてその確信のままに引き金を引いた。
確実に仕留めた、そう思った。
しかし、目の前の少女は不可視の弾丸がその身に届くや否や、
ぷしゅう
となんとも力の抜けた音を立てて、すり抜けていった。
まるで、そこには何もなかったかのように。
「な、なんで……」
「キース! そっちじゃな」
「悪いな、こういうの教えるの、私ヘタらしいからさ。 参の型 渦潮」
少年は満足な答えを得ることなく、首をはねられ、その命を散らした。
キースを斬った張本人は、その幼い骸に感慨を持つことなく、もう一人の少女へ目を向ける。
「さて、お前のほうは少し骨がありそうかな? さっきの手品の種もわかってるんだろう?」
「具体的にどうやったのかはわからない。 ただ脇にいた私にはキースがあなたを捉えたのに随分下を撃ち抜いていたように見えた。 おそらくキースの目にはあなたの姿が実際より下に見えていたのだと思う。 幻術?」
「半分正解って感じかな。 使ったのは水の型の壱の型の逃げ水。 空気中の水分を操作して実際にはいないところに私の姿を映したのさ。 これでも立派な剣術だよ」
「剣術の、それもいの一番が相手を欺く技なの?」
「それに関しては同感。 でもまぁ、水の型は腕っぷしの弱い奴が、技術とか時にはからめ手とか使って勝つ流派なんでね。 ある意味一番即してるんじゃないか?」
「そう」
その瞬間、ハウルは懐から小銃を取り出し、早打ちの要領でシャルの足元を撃ち抜いた。
「おっとっと、危ないな……」
軽く回避したシャルだったが、次に彼女が地に足を付けた瞬間、床が堰を切ったように崩れた。
反射的に飛び上がって、再びシャルの身は空中に至る。
(くそ! こいつこれを狙ってたのか! 油断した! 意外と頭が回る……しかも今回は完全に無防備だ!)
そのことはハウルもよく知っているようで、狙撃銃を彼女に向けて、引き金を引く。
今度こそその凶弾は彼女の頭に届く……はずだったが、間一髪で頭を傾け、顔を掠め銃創を作りつつもそれを回避する。
そして今度こそ床に着地した。
「ふう……あぶな」
「シャル! 後ろだ!」
横から聞こえた危険を知らせるジュリの切羽詰まった声、後ろを振り向けば、隣にあった矢倉が先ほどハウルが放った銃撃によって崩れ、その身に迫っていた。
(ああくそ! また罠かよ!)
(この矢では矢倉は壊せない……私が狙うべきは子供のほう……)
(小さい人は建物を壊すからこっちに攻撃してこない。 狙ってくるのはこっちのダークエルフのほう……)
三人の思考が交差し、三様に動き始める。
シャルは敵に向けることを承知で後ろの矢倉を破壊しにかかる。
ジュリはそれを見越して、シャルがハウルに撃たれることを防ぐべく、弓矢をハウルに向ける。
ハウルはそれをも読み切り、照準をジュリに向ける。
しかし、ジュリがすでにハウルに狙いをつけているのに対し、ハウルのほうはジュリを狙って横に向けなければならない。
ジュリが圧倒的に有利な態勢であとはその矢を放つばかりであったが、
(射ってこない? 何で……?)
明らかに自分が狙われているはずなのに、矢が飛んでこない。
訳がわからないまま照準をジュリに合わせる。
そして、二人の狙いが交わったまま一瞬の、それでも二人には長い静寂、それを打ち破ったのは、
「アンタ何やってんのよ!?」
と言う声とともに飛んできたクロエであった。
明日、これとは違う新しいお話を投稿します。
いつもより長いですが読み切りなので、良かったら読んでみてくださいな。
是非とも感想をもらえたら、なんて……




