母と娘?
フィーというキャラの名前をフィラに変えました。
エルフでフィーという名前だと某有名キャラとかぶってしまうのですよ~
前に出てきた分も直したのですよ~
バタン、と研究室の厚く、重い扉が閉じられる音がする。
帰るレティシアたちを見送っていったエリーが戻ってきたのだ。
しかし、その扉は先刻クラリッサが乱暴にも足で蹴飛ばしつつ開けたせいで、外れてしまう一歩手前の状態であった。
「レティシアちゃんたち無事に帰れた?」
「そのようです。 一応、マルク先生にはカグヤさんがこっそり付いていましたから。 あ、そのカグヤさんももうすぐ戻られるそうですよ。」
「そう、それじゃあ、カグヤちゃんが戻ってきたらもう一回お茶にしましょうか」
「えー? またお茶ー?」
「休んでばっかいないで仕事したらどうよ?」
フィラとクラリッサから非難が上がる。
それもそのはず、彼女はさっきまでレティシアたち率いる≪銀色の狼≫と茶を洒落込んでいたのだ。
だというのにセッターはというと、わざとらしく顔を手で覆い、
「うぅ……娘たちが冷たい……」
などと嘆いて見せる。
しかし、彼女のそういった表情など見飽きたとばかりに
「「はいはい」」
とにべもなく軽くあしらわれてしまうのだった。
「ウチの子たちはどうも私に対する敬意とか感謝が足りない気がする……」
「そんなことは無いと思いますよ? 二人とも照れ隠しをしているというか……」
何とかフォローしようとエリーが苦心していると、再び研究室の扉が開かれた。
「ただいま戻りました…… なんですか、この扉? 蝶番が取れそうなんですけれど?」
「あ、カグヤさんおかえりなさい。 その扉あまり乱暴に開け閉めしないようにしてください。 外れそうなので後で補強しておきます。」
「そうですか。 それはそうと先生、帰る途中で耳に入ったのですが、マルク先生と教務主任が話しておりまして、先生を探しておられました」
「あー………… まあ、レティシアちゃんだけじゃないわよね、そりゃ」
「とりあえず、取り急ぎお二人のところへ向かったほうが良いかと」
「……流石にこれは逃げられないわよね……」
「逃げるというのは事実上、この大学からの逃亡ということになるかと」
「すぐに行くわ……」
セッターは苦々しく顔をしかめ、腰をあげた。
***
大学の職員室や事務室などといった中枢施設は来客が多いこともあって、正門の真正面にある。
よってセッターたちのいる研究室からは少し距離があるのだ。
その間、セッターは日光を浴びることができるわけなので、散歩自体は悪いことではない、というかセッターは大好きである。
「これが怒られに行くための移動じゃなければね」
日光をこれでもかと浴びている割にその表情は暗い。
「めんどくさがった分が帰ってきたってことなんじゃねぇの?」
と突き放したことを言いつつもついてきているクラリッサ。
「立場が上になればなるほど怒られたり頭を下げる機会が増えるって、前に教授が言ってたよ…… っていうか私の頭モフモフしないでー」
「うぅ……行きたくない……」
「駄々をこねないでくださいませ。 わたくしたちも一緒に怒られますから」
セッターはフィラの癖の強い頭髪に顔をうずめていた。
エリーもカグヤもセッターについて行っている。
何やかんやこの五人、結構仲良しである。
その一団をこっそりと追う影が背後から迫っていた。
その影は気づかれないように、細心の注意を払って呪文を唱え、ファイアーボールを放った。
樹人であるパフ・セッターに向かって。
ドリアードにとって火は大敵、命にかかわる。
つまり、悪戯などというかわいいものではなく、明らかに害意を持った攻撃であるわけだ。
そんな攻撃が彼女に向けて放たれ、そして命中しそうになったその寸前で、エリーの作り出した水の壁に受け止められ、文字通り鎮火してしまった。
そして確実に仕留められたと思っていたはずが、防がれ下手人が驚いている間に、カグヤとクラリッサが相手との距離を一気に詰める。
「そこ(か・ですか)」
「!!」
慌てて逃げようとしたローブで顔を隠した犯人の前にクラリッサ、後ろにカグヤが立ちはだかり退路を塞ぐ。
犯人が逃走するべくクラリッサに魔法を放とうとするが、その前にクラリッサの蹴りがわき腹に入り、壁に打ち付けられる。
それでも反撃しようとする犯人の周りをクラリッサの投げたナイフが掠め壁に突き刺さる。
そこまでして漸く犯人は戦意を喪失させた。
「ったく学校でドンパチやる度胸があるくせに顔隠して後ろから襲い掛かるなんて根性あるんだか無いんだかよくわかんねぇやつだな」
「兎に角、ここまでしたのですから顔は見させていただきますよ」
そう言ってカグヤがローブのフードを脱がせる。
「げっ」
「おや、貴女でしたか」
それは二人も知っている顔だった。
しかしそれは二人と顔なじみというわけではない。
一方的に彼女を知っているだけだ。
それほどにこの学校では有名人だったのだから。
「アンドレア=グラント…… どうして貴女が……?」
「聞くのは野暮ってもんだぜカグヤ。 仕返しだろ、昼間ボッコボコにされたときの」
アンドレア、というのはレティシアたちによってボッコボコされた学生の中のリーダー格の少女であった。
負けっぱなしというのが許せなかったのか、闇討ちという形で反撃しようとしたらしい。
レティシアではなくセッターに。
「ま、なんでもいいや。 とっとと始末つけて中央棟に行こうぜ」
「そうですね」
「フ、フフフ……」
不気味にも急にアンドレアが笑い出した。
「始末をつける……ねぇ…… 貴女がたは冒険者と兼業の教授の助手、わたくしは有力貴族の娘…… 私があなたたちに暴力を振るわれたといったら? 大学は私とあなたたちの証言……どっちを信用してくれるのかしら? 大学が何もしなくても周りが黙ってないわ、お父様から話を……」
ガンッ!!
アンドレアが話を終えるより先にクラリッサの蹴りが彼女の顔のすぐ近くの壁に入った。
「ひぃっ!」
アンドレアが引き攣った声をあげる。
「なんか勘違いしてるみたいなんだけどさぁ…… アタシらの言う始末って大学にチクるって意味じゃないんだよなぁ」
「え?」
「そんな面倒なことをせずとも、貴女をここで始末すればいいだけのことです」
「ちょ、ちょっと……」
「「刺身とタタキ、どっちが良い(?・ですか?)」」
「や、やめ……」
「その辺にしておきなさい二人とも」
アンドレアに手を掛けようとしていた二人を止めたのは誰あろうパフ・セッターであった。
「アンドレア、レティシアちゃんたちに惨敗して悔しいのでしょうね。 ましてや冗談抜きで死にかけたのだから腹立たしくもあるのでしょう。 けれどね、加減をしなかったあの子たちもあの子たちだけど、結局のところ実力の差がありすぎたのよ。 それは今も同じね。 貴女が、あなたたちがこれまで向かうところ敵無しだったとしても上には上がいたということ。 それを受け入れて、周りの助言も聞き入れて、そうして自分自身を高めていくことね」
***
「よろしかったのですか? 彼女をあのまま帰してしまって。」
「あら? どうして?」
「どうしてって……」
「また仕返しに来るかもしんねぇぞ?」
「それならそれでもいいわ。 人生の先達としてお相手するまでよ」
「「「「…………」」」」
「みんなどうしたの? 大丈夫よ、あの子たちくらいなら私でも相手できるわ。 一斉に来られたら流石に厳しいけど」
「いえ、その……そうではなくて。」
「これから怒られに行くようなやつに物を教わりたいかねぇ?」
「!! やっぱりうちの子たちは優しくない……」
セッターは肩を落とすのだった。
***
「私たちの負けです。 どうぞ煮るなり焼くなりご自由に。」
「……いつもこうしてスリや泥棒のまねごとをしているの?」
「それしか生きる方法を知らねぇんだ」
「私たちは貴女のように恵まれていないのですよ」
「そう……気に入ったわ。 自由にしていいと言ったわね? ではあなたたち、私のもとへ来なさい」
「それでどうするの?」
「知らない、というのなら教えてあげるのよ。 少なくとも、こうして泥棒のまねごとをするよりはいい生活だと思うわよ? どうする? この手、取ってみる?」
そして四人の前に、木のつたで覆われた手が差し伸べられた。
今年もこの作品をお読みいただきましてありがとうございました。
年が変わって来年からはちょうどよく新章に進みます。
いや別に狙ったわけではないんですけどね?




