異世界と異世界
この章はここでおしまいです。
この章はそもそも幕間として書いたのですが、新キャラも出たし、もとの世界に帰る的な話も出てきたので、せっかくですから一つの章と扱うことにしました。
「物理法則を無視してるって世の理は神が決めたもうたものじゃなくて、人間が自分たちの解釈しやすいように数式化したりモデル化したものでしょう? この世界で適用できるなんて言いきれないんじゃないですか?」
「言いたいことはわかるが、そもそも……」
それから小一時間、二人の議論は続いた……
この場にいる全員を置き去りにして……
***
で、置いてけぼりされた者たちの何ともいたたまれない空気を察してか、ジュリが話を遮った。
「待て待て! その辺の話はさっぱり分からん。 結局、お前たちのいる異世界とやらには行けるのか? あと、サクラに調べろと言っていた転移魔法とのかかわりはなんなんだ?」
「転移魔法な…… あれってどうやって移動しているんだと思う?」
「どうって……」
どうやっても何も、現在転移魔法を使える者がいない以上、誰も見たことなんてあるわけない。
のだが。
「私が前見たのだとぉ…… その辺の空間に円描いてぇ、そしたらその中に移動したいところに景色が見えててぇ…… そうそう、そのまま穴の中に行ったら向こう側に移動できてたのよねぇ」
クロエはどうも実際にその目で見たことがあるようだ。
だいぶ前に廃れている技術だったはずだが……
「トシのこと考えてたら殺すわよ」
空気が凍った。
全員同じことを考えていたらしい。
「私は言いたいことはだな、転移魔法は一種のワームホールなんじゃないかと思うんだ」
「また知らない単語増やすなよお嬢……」
「分かりやすく言うなら、この世界に存在しないルートを通って一瞬で遠距離に行ける……ってところかな」
「確かに転移魔法に近そうだけど……存在しないルートって?」
「正確に言うと、誰も観測できないルートってとこかな」
「観測できないってのは?」
「そのままの意味だよ。 転移魔法でどこかに移動するにあたってワームホールを通ったとしても、そのワームホールを認識できない。 だから空間同士がつながって、そこを一瞬で移動したように見える、というか感じる」
「ちょっと待てよお嬢? 認識できないならそれがホントかどうかわかんないんじゃないか?」
「だな、あくまでも理論でしかない。 だが、存在すると証明することはできる……かもしれない」
「どうやって?」
「私が使ってる異次元庫……あれな、生き物を入れられないんだ」
「「「マジで!?」」」
「え? 全員知らなかったのか? サクラはともかくククルやベルとかも?」
「お嬢様のことで知らなかったことがあるとは……不覚でした」
「全部知ってたらそれはそれでドン引きよねぇ」
皆が驚く中、サリアが何かに気づいたようでカッと目を見開く。
「! レティ! 私が釣った魚や、捕まえた肉をしこたま入れたことがあるじゃないか! あれはどうなんだ?」
「「「生きてないじゃん」」」
全員から突っ込まれた。
いたたまれなくなったサリアはそのまま黙ってしまった。
「生き物の死骸……というとなんだか聞こえが悪いがそういうことだ。 死んでいるものなら入れられる。 つまりだ、異次元庫は生き物が認識できないが確実に存在している空間があることを証明している」
「そっか、転移魔法と召喚魔法や異次元庫が同種であるって考え方もあながち間違いでもないのね」
研究者でありながらなかなか会話に入ってこれなかったセッターだが、ここにきてなんとか話についてこれるようになってきたらしい。
「さっき話したとおり、私たちが認識できない空間を使っている、という点で見ればな」
ここで、ライラは話をまた別の方向へと持っていく。
「レティ、もしさっきのレティの仮説が正しいのだとすれば…… 転移魔法は理論的には可能でも実現するとなるともはや不可能に近いのでは……?」
「そうとは限らないと思うわよ。 レティシアちゃんだって異次元を認識できていないし、そもそも理論的な原理もわかっていないのに異次元庫使えているじゃない。 そもそも魔法を使うのに原理の解釈はいらないから大丈夫よ」
「そっか……」
「そもそも、昔の人間はそういう魔法を使えていたとされているんだから、一から作り出すことだって不可能じゃないわよ。 それは貴女たちの研究のほうも同じね」
「「…………」」
二人は黙ってしまった。
二人の研究もまた、なかなかに長い道のりっぽいのである。
それでも自分たちの研究をどうすればいいのか思考を巡らせているらしい。
レティシアは二人から視線を外し咲良を見やった。
「そういうわけだ、お前のいた世界に戻ることは理論上不可能ではないが、その方法を見つけるのは難しい。 そもそもヒントというか近道すら見つけるのも困難だからな」
「そう……ですか……」
それだけ言うと咲良は落ち込んだように表情を曇らせた。
二人が考え込み、一人が落ち込む。
残った者たちもそもそも話についてこれない者ばかりで、そこはかとなく……いや、確実に室内の空気は悪くなっている。
そのさなか。
バッコ―――――ン!!
けたたましい音とともに、ドアが開け放たれ、中にいた一同の視線は自然とそこに集まった。
勢いが強すぎて壁と別れを告げそうなドアの向こう側にはこちらを、正確にはセッターをにらみつける少女が立っていた。
青い髪に黄色のメッシュが入り、上着のポケットに両手を突っ込んで仁王立ちするさまはまさにヤンキーのそれである。
「クラリッサちゃん、戻ったのね、お疲れさま」
にらみつけられているのにも関わらず、クラリッサに笑顔でねぎらいの言葉をかけるセッター。
それに対し当の本人はというと、
「ふ、ざ、け、ん、なぁあああああああ!!」
セッター目がけて走り出し、そのままの勢いで踏み切って彼女に飛び蹴りを食らわそうとする。
セッターはそれを余裕で回避、クラリッサはおびただしい量の本の山へとダイブした。
本の山はそれによって崩壊し、クラリッサは大量の本によって生き埋めになった。
慌ててエリーやサリアが救助し始めた。
「あらあら、随分と荒っぽい愛情表現ね。 もっと私に構ってほしいという深層心理でも働いてるのかしら?」
「ふざけんじゃねぇ!」
本の山から自力で生還したクラリッサは未だ怒り心頭のようであった。
「お前から事務室に行けって言われて行ったら、こってり絞られたぞ! 部外者を授業に参加させた挙句、無茶苦茶やってガキどもにトラウマ植え付けたってな! 何でアタシがその説教食らわなきゃなんねえんだ!」
「仕方ないわクラリッサ。 セッター様は私たちの保護者ということになっているけれど、大学側はその逆だと思ってるもの。」
「それがおかしいって思ってんのがなんでアタシだけなんだよ!」
「…………どうもレティシアたちがやったことは思った以上に大学にとって頭の痛い話になっているようだな」
ジュリがジト目でレティシアたちを見やる。
「悪かったと思ってるさ。 帰る前に一応学校に謝罪しておくさ」
「ああ、そのことなんだがな、マルク先生がアンタら探してたぞ。 勝手にいなくなったから、説教二時間だって」
そのクラリッサの報告にレティシアは笑顔になって。
「…………みんな帰ろうか。 可及的速やかにズラかるぞ!」
結局レティシアたちは正門から堂々と入った大学を、こっそり誰にも会わないようにさっさと去ることになったのだった。
「私たち何も悪いことしてないのに」というダークエルフの一言を残して。
(咲良) お前のいた世界……ね。
来週より次章が開幕する予定ですが、明日はおまけの間章を投稿するのでぜひそちらもご覧ください。




