正体 1
(レティシア) 出番がない!
(シャル) お嬢、主人公なのに出番がないなぁ?
「さて…… ひとまず、助太刀に入っていただいたことには感謝しなくてはなりませんね」
「いや、いいさ…… コイツは俺にとっても無関係じゃないんだ」
「やはりそうでしたか。 それで、どのような関係であるのかは教えていただけるのですか?」
「ああ……もちろんだ」
「ですがその前にもう一つ教えていただきたいことがあります」
「? なんだ?」
「あなたのお名前は何ですか?」
「…………」
男は黙ってしまった。
この期に及んでまさかの仕打ちだと思ったのだろう。
ヴェルナーと名乗った男はレティシアたちと違い、特定の土地にとどまって活動をしていない旅する冒険者で、大陸のあちらこちらを巡って魔物を狩る日々を送っていた。
そんな根無し草な生活をしていた彼にも相棒と呼べる仲間がいた。
テアと言うヴェルナーと同郷の人間で彼女もまた渡り鳥がごとく、フラフラと諸国を渡り歩く冒険者で、どこか似たところも多い二人は意気投合し、二人組のパーティーとなり、そしてただの仲間以上の関係となった。
冒険者暮らしは大変ではあったがそれでも幸せな暮らしであったとヴェルナーは述懐する。
「いや、別にアンタの半生はあんまし興味ないんだけど?」
「まあまあトリナ、聞こうよ?」
幸せな暮らしではあったのだが、その暮らしも長続きしなかった。
一か月ほど前、二人はここパリエにやって来た。
パリエは王都ーつまり首都ーであり、人も多く、それに比例して冒険者の数も彼らの仕事も多い。
ついでに言うと、田舎から上京してきた冒険者になりたい若者も多い。
そういう者たちと比べた場合、ヴェルナーたちはその足で世界を文字通り冒険し、それでも生き残ってきた経験豊富な冒険者と位置づけされるようになっていた。
さて、これまでも何度も話に上がっている通り、若手が彼らだけであるいは単独で仕事を行って早死にするということは多々あることである。
しかし、彼らだって成り上がりたいとかいう夢があって冒険者になっているわけなのだから、冒険者になってさっそく死にました、なんてことにはなりたくない。
そこで、分け前は減るし、いろいろと損なことも多いのだが、ベテラン冒険者と一時的にパーティーを組み、経験を積むということがある。
その日、ヴェルナーとテアはダンジョン『精霊樹の虚穴』に初めて潜ってみることとなった。
そして、いざダンジョンに潜ろうとしたとき、入り口の近くで二人はある冒険者三人組に話しかけれた。
彼らは一週間ほど前、別々の田舎からやってきたという若手と言う冒険者で、同じ日にギルドに登録したことで意気投合、パーティーを結成したのだという。
ちなみに編成は人族の男女とエルフの男であった。
三人はパーティーを結成したはいいが、経験不足を実感しており、ベテランパーティーと行動を共にし、いろいろ勉強させてもらいたいとのことであった。
その謙虚な姿勢に感心した二人はその場で二つ返事で了承、彼らとともにダンジョンに潜ることとなった。
それが悲劇の始まりとも知らずに。
いざ潜ってみれば、その三人、思いのほか筋は悪くなかった。
勉強したい、と言う目的上、積極的に戦闘には参加せず、距離を離して見ることが多かったが、狩った魔物の解体やダンジョン内での過ごし方など、知識面ではそれなりに豊富だった三人、きっといろいろ勉強したのだろうと、二人は三人を非常に好ましく思っていた。
そんな中である。
ダンジョンは二十階層を超えたあたりでのことだった。
このころになると二人でも難儀する魔物が現れだしていた。
あの時彼らの前に現れたのは強力な魔物であるフェンリル……の亜種であるレッサーフェンリルであった。 フェンリルと言えば伝説級の狼の魔物であり、まず並みの冒険者では束になってもかなわない、というかそもそもお目にかかれないレベルの魔物である。
たいしてレッサーフェンリルはと言うと、レッサー(lesser)の名が付くとおり、強さではフェンリルに劣る。
ただし、それはフェンリルと比べた場合の話で、普通の人間は相手をしてはいけない。
レティシアたちでも全員で襲い掛かったとしてもまず無傷での勝利は無理かろうという相手である。
よって二人が選んだ作戦は撤退。
それにしたって、相手が狼であることを考えればかなり無理難題と言うものであるが。
それでも、真正面から戦って勝利するよりかは生存する可能性はわずかだがある。
あったのだが、不幸なことにレッサーフェンリルは番であった。
これにより、頭の良いレッサーフェンリルは挟み撃ちという戦術をとることができるようになり、五人全員がこの場から逃げられる、という希望は打ち砕かれた。
そうなったら、あとは誰かが殿を務め時間を稼ぎ、ほかの四人を逃がす、というのが一番犠牲の少ない方法だろうと考えた。
全員での生還はまず無理であった。
で、殿を買って出たのはヴェルナーであった。
自分を差し置いて女のテアにさせるわけにはいかないし、三人の若手ならなおのこと……というか時間稼ぎにもならなそうだと思ったからである。
テアも納得はしなかったが理解はしてくれたようで、自分たちが持っていたミスリルの欠片と地面に含まれていた鉄鉱石の成分からまばゆいばかりに輝く剣を作り出してヴェルナーに渡した。
テアは魔術師、その中でも錬金術師と呼ばれる者の一人であった。
その詳しい背景は置いておくとして、その錬金術の技能で鉄鉱石とミスリルを合成したのである。
ミスリルとはこの世界の金属の中でもかなり希少なものでひょんなことから手のひら大のそれを手に入れ、何かあったときにはそれを売っ払おうと持っていたものであった。
もちろん、剣が立派になったからって強くなるわけではないが、ないよりはマシというものだろう。
かくして、ヴェルナーの文字通り命を懸けた戦いが始まった。
意外、と言う表現が正しいかは定かではないが、ヴェルナーは存外すぐにやられることは無かった。
時間を稼ぐ、という目的上、真っ向勝負する必要もなく、相手を避けつつ、注意を自分に向けさせればいい。
それもなかなか簡単なことではないのだが、仲間をそして愛する人を守りたいという使命感からか、いつも以上の力が出ていたようである。
しかし、それもずっとは続かない。
魔力の枯渇、体力の限界、相手の慣れ、様々な要因があるがそもそも、本人の根性やら一時の感情の昂ぶりで勝てるはずもなく、だんだんと押され始めた。
襲い掛かるレッサーフェンリルから逃れようにも足腰は疲労でガタガタ、ついには岩に躓き、身体を傾けてしまった。
もはや、これまで……あとはテアたちが上層へ逃れてくれていることを願うのみ……
自身の死を覚悟した……
のだが、彼はこうしてここにいる。
どうやら、ダンジョンの地面に穴があり、そこに運よく逃げ込めたらしい。
で、そのまま気絶していたようだった。
どれほど気絶していたのか、みんなは無事に逃げおおせたのか、どうやらあたりにレッサーフェンリルはいなさそうだが……
取り急ぎ転移石を使いながら一気に入り口まで戻り、外へと出た。
外には見たところ入り口を守る門番しかいなかった。
慌てて門番に話を聞くと、若い三人が戻り、怪我もなく、近くで休んでいるとのことだった。
で、その三人のところへ行けばやはり、と言うべきか、そこにテアの姿は無かった。
聞くところによると、あの後レッサーフェンリルが現れたのだという。
テアは自分たちを逃がしたという。
そしておそらく殺されたのだろうと。
話に矛盾はなさそうだし、レッサーフェンリルとやりあえば殺されるのも道理だ。
あの状況だ、仕方は無いのだろう。
だが、それが受け入れられるかどうかはまた別の話だ。
あのとき自分がのうのうと気を失い眠っていなければ、もっと自分が上手くフェンリルを引きつけられていれば。
後悔ばかりが頭を巡り、何も考えられなくなる。
涙すら出ず、ただぼうっと視線の先にあるものをみつめるだけだった。
そして視界に捉えた。
彼らのなかの一人の剣が血に塗れていた。
レッサーフェンリルのもの?
そんなわけがない。
一太刀でも入れられるわけないし、それで無傷同然でいられるなんて無理だ。
では何者の?
決まっている。
テアのものだ。
自分の剣をその剣の持ち主の喉に突き立てて聞き出したところによると、ヴぇルナーと別れたあと、やはりフェンリルが現れたらしい。
で、テアは自分たちを逃がそうとしたらしい。
しかし、テアは本来後衛でヴェルナーの援護をするのが基本スタイルなので、おそらく相手になるまい。
フェンリルが来たということはヴェルナーが死んだかもしれないということ。
ここでテアに任せてどれほどの時間稼ぎになるか。
それよりも良い手があることを彼らは知っていた。
それがテアをここで殺すことだった。
彼女の胸に刃を突き刺し、放り投げた。
結果、レッサーフェンリルの番はテアを咥え何処かへと消えていき、彼らは逃げおおせることができた。
そのあとのテアの行く末は知らない。
その一連の出来事を聞いてヴェルナーは何を思ったか、それはわからない、というか覚えていない。
ただ彼が気がつくと、ひどく怯えた三人が恐ろしいものを見たような視線をヴェルナーに向けていた。
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