仲間 SIDE 咲良
(ベル) ハリィさん…… そこはかとなくいつもより距離感がありますが。
(ハリィ) (一応素面に戻ったはいいが、禁断症状がいつ再発するとも限らん。 そうなったら…… 私の貞操すらピンチかもしれん)
「さて夕飯も終わったけんど見張りどうする?」
夕飯も終われば後は寝るばかりであるが、当然周りは魔物だらけであるし、一応火を焚いて近づきにくくしているとはいえ、火の番も含め見張りはおいておくのがやはり好ましい。
「じゃあ、私が」
手を挙げたのは私、そしてほかの三人は私に任せることにした。
ダンジョン内は光がしっかり注がれているため昼だか夜だかわからなくなってしまう。
一応時計は持ってきているが、基本的には自分たちの体内時計が頼りであるらしい。
つまりあんまりダンジョン内に昼とか夜という概念はなく、さほど危険性も変わらないのだという。
よって、見張りを任されはしたものの、火があるうちはやはり魔物も寄ってこないようで基本的には暇であり、結局魔導書を読み込むか、火を恐れないらしいスライムで遊びながら時間を浪費した。
そんなこんなでおよそ三時間後、
「サクラ、そろそろ交代よ」
やってきたのはトリナだった。
今回は四人パーティーだし、ダンジョンの真ん中でずっとぐっすりというわけにもいかないので、六時間眠ることとし(それでも結構寝てる方らしいが)、三時間の見張り交代とした。
つまり、ここで見張りはトリナに任せあとは三時間ばかりではあるが寝ることができる。
できるのだけど、
「何してんの? 寝ないの? 少しでも寝といた方がいいと思うんだけど」
「まぁ……一徹くらいなら……ね?」
「……寝たくないの?」
ぎくり。
なってもいない音が聞こえた気がした。
トリナの予想はおおむねあたりである。
いつぞやも見た奴隷時代を思い起こさせる悪夢、その悪夢が今なお私を苛んでいる。
一時期に比べれば夢に見る頻度こそ減ったものの、やっぱり見ればいい気分にもならないので、いつのまにか眠る時間が遅くなったり、夢を恐れてなかなか眠れなくなってしまったりするようになってしまっていた。
「そんなことないよ。 じゃあ、おやすみなさ~い」
「ちょっと」
「はい! なんでしょう?」
「ここ座って」
トリナが指定したのは自分の隣だ。
そして私がそこに腰掛けるや否や。
「最近ずっと夜まで起きてるでしょ。 最初の頃はそこまで夜ふかしでもなかったのに」
「なんでそんなことわかるの?」
確かに寝付くのが遅くはなっていたが、特段騒いでいたわけでもなかったはずなのだけれど……
「わかるのよ。 耳がいいから。 で、結局なんで?」
トリナが獣人であるから、特に狼のそれであるからこそ気づいたことであるようだ。
まぁ狼は耳がいいって聞くもんね、小さな物音とか聞かれちゃってたかな。
(どうしよう……言ってしまおうか……)
別にトリナの性格からして弱みを見せたからって、悪いことはしなさそうではある。
でも、奴隷時代のことも含め、夢が怖くてなかなか寝付けません、と言うのもなんとなく嫌だった。
「前にジュリが言ってた戦いのストレスってやつ? 命のやり取りで心が疲れちゃって眠れなくなるっていう」
「あ、それとは違うと思う。 あんまり戦ってストレスとかは感じてない」
「じゃあなんで?」
「うっ……」
違うと否定した手前、本当の答えは言えません、と言うのは若干苦しい気がする。
まあいいや、しゃべってしまおう。
話した方がかえって気持ちが整理できていいかもしれない
「実は……」
結局、レティシアさんたちと出会ってから今日に至るまでしょっちゅう悪夢にうなされていること、そのせいで眠れなくなっている、もしくはそれに積極的になれていないことを離してしまった。
しっかり耳を峙たせ最後まで話を聞いていたトリナはすべて話し終えるやいなや、淡々とした声で
「それ、誰にも相談してないの?」
「う、うん…… ジュリさんとベルには知られちゃったけど、あとは誰にも話してない。 たぶん二人も話してないと思う」
「ふーん」
「ひょっとして……怒ってる?」
「少し」
「だよね、『激おこ』って顔に書いてある」
「なんで誰にも相談しなかったの?」
「えっと……なんでかな?」
その理由、迷惑をかけられないと内心思っていたからか、誰にも解決できそうもないと思っていたからか、もっと根本的にパーティーの誰も信じていなかったから弱みを見せようとしなかったのだろうか。
どの答えでも火に油を注ぐ結果になりそうだなぁ……
「……まぁ……言いたくないなら別に言わなくてもいいんだけど」
そういうとトリナは私を抱きしめた。
うえ!?抱きしめた!?
ちょっとちょっと何で?
技かけてる?
ヘッドロック!?
「まだ私たちと知り合って二か月もないけれど…… レティのことでいろいろ思うこともあるんだろうけど、別に私たちアンタのこと嫌ってるわけじゃないのよ。 不安を口にしてもいいし、隙を見せたっていい。 それだけはわかって。 出会ってからの時間は関係ない、私たち、仲間でしょう?」
「……」
みんなレティシアさんの過去を知っている。
つまり、私が、私たちがレティシアさんにしたことも知っているということだ。
正確に言えば私の場合は何もしなかった、と言った方が正しいのだけれど。
とにかく、そのレティシアさんへの負い目からか自分なんてほかの人たちからもよく思われていないと思っていたようだ。
いや、実際それもあるのかもしれないが、そういう悪い感情だけとも限らないのだろう。
現に今、彼女は私を抱きしめて、支えようとしてくれているのだから。
信じてもいいのかもしれない、頼ってもいいのかもしれない。
仲間……と……いうもの……を……
「寝たの? よくもまぁ、こんな体制で寝られるもんね」
翌朝
「なんか久しぶりにぐっすり寝られた気がする」
「それはよかったわ」
目を覚ますと、目の前ではトリナさんがいた。
ずっと膝を枕にしてしまっていたらしい。
「なんや、全然見ん思うとったら、そこーおったのか……」
「はは……お恥ずかしながら」
「明日も一緒に寝てあげましょうか? ああ、帰ったら抱き枕あげるわ」
「一晩あけたらここぞとばかりにイジるじゃん。 数時間前の感動が台無しなんだけど」
トリナのどや顔が若干腹立つ。
その日はとりあえず十階層を目標に進むことにして、さっそく階層に降りて行った。
そして、八階層目で私たちは出会った。
「な、なんやアレ!?」
「知るわけないでしょ!」
「あれって……生き物?」
何で生き物かどうか疑問に思ったか、それは目の前に現れたモノのその見た目の異様さゆえだ。
下半身は哺乳類を思わせる赤茶色の体毛で覆われた筋肉質な身体をしている一方で、それがあろうことが八本、互いの間を縫うように明らかに不自然な形で生えており、歩くことすら難儀しているように見える。
上半身は明らかに人間のそれで黒いローブを身にまとった、おそらく男の人の肉体が腹から上だけ上方へ延びていた。
その顔はローブで覆われており鼻から下しかうかがい知ることはできないが、だらしなく口を開け、涎を垂らしていることを見るにもしかしたら生きていないのかもしれない。
いや、一応動いているから生きてはいるのだろうか。
獣の部分と人の部分のつなぎ目はくすんだ緑色のジェル状の何かで覆われており、それがまた不気味さを増幅させている。
そんななんとも名付けようのないソレは、どこにいたのか私たちの進路上に突如として真上から立ちふさがってきた。
詰まるところ、先を進みたければ私を倒していけ、と言う明確な敵意があるわけだ。
「き、き、貴様ら…… こ、こ、ここで…… こ、ころ、す」
「喋った…… どう考えても話は通じ無さそうだけど…… やっぱ戦わないとダメよね……」
「アレが何であれ、倒さねば先に進ませてくれなさそうですよ?」
「上半身のあれって人やろ? 助けた方がいいぞな?」
「正常な人の状態であるとは思えませんね。 すでに助けようのない状態であると考えていいでしょう」
そういいながら全員武器を抜いて臨戦態勢をとる。
明らかに見たことのない敵、そんな戦いをするのか全く想像もできす、緊張が高まっていく。
「……そうか、ひょっとしてこれはキメラなのでは?」
「はぁ!? 確かに見た目はそれっぽいけど、キメラってあんな気味悪いもんじゃないでしょ!?」
「ええ……作られた方はかなりその方面のセンスに乏しい方だったようですね。 かなり中途半端で生き物と言うにはお粗末が過ぎる見た目です」
「キメラってあの生き物同士を組み合わせるっていう?」
「そうよ。 気をつけなさいサクラ、あれがキメラなんだとしたら…… 人の命を弄んだ、相当いい趣味の人間が裏にいるってことなんだから……」
(キメラ) こ、こ、ころす…………お
(咲良) お?
(キメラ) お、にい、ちゃん……
(咲良) へ?
(ベル) 貴女のような勘のいい子供は嫌いですよ。
(咲良) ベル…… まさかあなたがっ!
(ハリィ) なんでやねん。
(トリナ) そんなわけないでしょ。




