魔物
(サリア) レティシアって身長がコンプレックスみたいだけど、ハリィのことはどう思ってるの?
(シャル) 実はハリィってお嬢と出会ったときはお嬢より小さかったんだ。 一応護衛ってことでお嬢に付けられてた手前悔しかったんだろうな。 お嬢もお嬢であの頃は他人でとんと無関心でねぇ。 要らない子扱いされてると思ったんだろうなぁ。
(サリア) 他人に無関心なのは今でもじゃ…… じゃあ、そのあと成長したんだ。
(シャル) お嬢が学校に通うってんで私らは離されたんだが、その時にはお嬢と同じくらいだった。 んで、お嬢が冒険者になって再会したころにはあの身長になってた。
(サリア) レティシアにしてみれば再会したらすさまじい勢いで自分を見下ろしてくるのか。 怒りそうだね。
(シャル) ああ、顔面に膝蹴りかましてたよ。
(サリア) うわぁ……
「イワトカゲのお肉ゲットね!」
「これで夕飯に彩りも出るぞな」
「え、食べるの!?」
(野生の爬虫類は体内に結構おっかない細菌とか持ってるんだけどなぁ)
と、思いこそしたものの、咲良は口には出さなかった。
細菌と言われて理解してもらえるか怪しかったし、すでに二人はイワトカゲを食していると思われ、そんな人たちに実はばっちぃんだよ、と言うのは若干気が引けたのだ。
(っていうか、すでに食べて平気なら問題ないってことだよね)
「よっしや、それじゃあさっさと捌いてまおう。 ベル……ベル!? いい加減戻って来い!」
「あー……?」
レティシアと離れてからというもの、ベルはいまだに回復していないでいた。
それはイワトカゲと遭遇、交戦状態に入っても変わらず、幽霊のような生気のまるで感じられない顔のままであった。
「ちょっとどうすんの? このままじゃあいつがいの一番にやられるわよ?」
「そうはゆうてもなぁ…… 誰かがレティシアの代わりでもするとか?」
「誰が?」
「見た目が似てる奴なんてここにはいないじゃない」
ダンジョン内でほかの冒険者と出くわすというのはよくあることではあるのだが、今回に限って言えば、やはり例の一件の為かダンジョンに潜っている者も少ないらしく、いまだに冒険者と遭遇していなかった。
いたからって、「うちのリーダーのフリをしてください」とお願いしたところで聞き入れてもらえるとも思えないが、もはや藁にでもすがりたい気分なのだ。
「う~ん…… 都合よくちんまい幼児体型の奴がおらんもんか……」
「誰がちんまい幼児体型だ!!」
「どうしたお嬢!?」
「よくわからんが馬鹿にされた気がする……」
(ハリィたちか? しかし、聞こえるわけもないし…… まさかな)
ジュリが一笑に付した仮説は実は正解である。
当然聞こえるわけがないし、実際レティシアは全く下層を目指していたメンバーの声なんて聞こえてはいない。
にも関わらず、ハリィが言った言葉を感じ取れたというのだから、あまりにもコンプレックス極まっている。
「バカなこと言ってるんじゃないわよぉ。 ハイ、これオークの耳」
そう言ってクロエはオークの耳を三つばかりレティシアに渡した。
ダンジョンにしろ森にしろ、冒険者が魔物を狩ればギルドからは報酬が出る。
しかし、オークにしろゴブリンにしろ、その死体を持って運ぶというのは嵩張るので難しい。
そこで、魔物の一部―例えば耳など―を持っていき、あとは捨てるなり、食料にするのである。
「オーク七体に、ゴブリン三、トカゲが五…… 数は悪くないが大したことないやつらばかりだな」
レティシアは受け取ったオークの耳を何もない空間にしまいながら嘆息した。
レティシアたちの実力からすれば油断でもしない限り、苦労しないと思われる相手ばかりであった。
「誰かが襲ってくる気配もないし、退かれたかな?」
サリアが危惧したのは、自分たちが未熟な相手ではないと悟られたことで、襲われなくなったのではないか、ということである。
「それは無くはないが…… 別に犯人捜しはついでだ。 ギルドからも暗示されただけで直接依頼されたわけじゃないんだ、無駄足になったって責められないさ」
「無駄足ってわけでも無いんじゃなぁい? 怪しい奴ならいたじゃなぁい?」
「入り口で絡んできた奴か? まあ、確かに過保護な気がしたが……」
「でも私たちのことを心配してたのだろう? 珍しいとは思うが不審がるというのも如何なものかと思うが」
「前々から思ってたけど、他人を無条件で信じるなんて長生きしてる割にはなかなか幸せなおつむしてるのねぇ?」
「会う人間すべてを疑ってかかるよりは遥かにマシだと思うが?」
と、なかなか威圧感を感じさせる二人は睨み合ったまま黙ってしまった。
誤解のないように言っておけば、二人は決して仲が悪いわけではない。
ジュリとクロエ、二人は長命なこともあって冒険者としてのキャリアはほかのメンバーと比べ長い。
二人が同じパーティーにいた期間もそれに比例して長いわけで、今のこの状況はお互いに遠慮が要らない間柄であるからこそ生まれたものであると言える。
……周りの空気は悪いだろうが。
「二人とも落ち着けよ。 私もあの男が犯人とは思えない。 あくまで勘だから確実ではないが。 しかし、警戒はするべきだと思う。 最近この辺りに来たはずなのに少し知りすぎている」
レティシアたちのことを知らなかったということは、少なくともレティシアたちがこの町から離れている間にやってきた冒険者ということになる。
「の割には若手の冒険者がいなくなっていることも、その裏に何者かのかかわりがあることも知っていた。 ギルドがひた隠しにしていたにも関わらず、だ。 大した情報収集能力じゃないか」
「じゃあ、お嬢、あの男は犯人ではないにしろ、何か知ってると思ってるってことか?」
「可能性の話だよ、あくまでも。 正しいかどうかは犯人をとっ捕まえてから聞けばいいことだ」
「出会えればねぇ」
「案外あいつら、出会ってるかもよ? ……ちょっと不安だなぁ……」
シャルは自身の危惧が当たらないことを願うのだった。
「うわ! なにこれ?」
「何って、スライムでしょ? ああ、あんたの世界にはいないのね」
咲良の目の前の現れたのは両手に乗るくらいの小さなまん丸でゼリー状の生き物。
某有名RPGゲームのようにしずく型でも、そこに顔があるわけでもないがやはりその姿はスライムと呼ぶべきものであろう。
「これもやっぱり獲物ですか?」
「そうねぇ…… 殺すと体が全部蒸発してその代わりに魔石をだすのよ。 食用には使えないし、まあ、小金稼ぎにはなるかもだけど。 襲い掛かるのもいるけどうっとおしいくらいでたいして害はないからほっとくことが多いわね。 基本的に」
「なんとも含みのある言い方ですねぇ。 つまり害があることもあると?」
「ほとんどないのよ? でもたまに毒を持ってるのがいたり、家に侵入して荒らしたり、汚したり、迷惑になるのがいるのよ。 それに一番は……」
「一番は?」
「スライムって基本的に蚊みたいな小さな虫とか草とか食べてるんだけど、だんだん大きくなっていくのよ。 そうすると外敵に見つかりやすいからあんまり大きくなるのなんていないんだけど……」
「そういう目をすり抜けて大きくなる奴がいると。 口ないのに。」
「口はないけど体内に取り込んだら消化液で溶かすらしいわ。 で、大きくなると今度は自分より小さな虫とか動物にも手を出し始める」
「手ないでしょ」
「生えてくるのよ。 人間みたいに関節とか指はハッキリしていないけれど」
「マジっすか」
「マジよマジ。 で、そこまで行くと人も食い始めるとか言葉を話し出すとか……」
「もはや都市伝説じゃんか」
「そうかもね。 フランシス共和国七不思議のひとつよ。 『人語を解するスライム』ってね」
(そういうのってどこにでもあるんだなぁ……)
などとスライムをつつきながら考えているといつの間にやらスライムが集まってきた。
「わ、わ、なんで?」
「自分の危機に仲間を呼んだ……ぞな?」
一応予想は立てるが、結局のところはわからないので首をかしげるハリィ。
「なんだっていいわ。 放っておけば勝手に消えるでしょ」
そうトリナが結論付けた隣で、咲良はスライムに興味津々だった。
スライムの感触がこれまで自分が経験したものではなかったためなのだが、それ以外にもスライムの生態にも興味があった。
そして、
(うわぁ、赤に青に黄色…… スライムってこんなに色とりどりなんだ……)
見た目はともかく、色はきれいな気もする。
そしてそのスライムのうちで青いものの上に同じ青いスライムを載せてみた。
当然くっつかない。
そこで今度はさらに二個ほど載せてみる。
「ま、消えないか」
「何してんの?」
トリナに遊ぶなと怒られるのだった。
(咲良) 私どうやっても、三連鎖までしかできなくて……
(トリナ) 何!? なんの話?
(レティシア) 私はカエ○積みしては大連鎖をかましてたがな。
(咲良) それはまた方々から恨まれそうなやり方を……
(トリナ) っていうかアンタここにいないはずでしょ!?




