潜入
(咲良) もう九月か……夏も終わりだね……
(ジュリ) あまり関係ないことだが、物語はまだ夏前だ。 これから暑くなるぞ。
(レティシア) この世界は空調なんて便利なものはないからな、地獄だぞ。
(咲良) あったんだ、季節の概念! サ○エさん的なあれじゃないんだ!?
(レティシア) 一応季節はあるが…… 年は経るのだろうか?
A.まだ考えてません。
ダンジョン内で起こった若手の冒険者の失踪事件。
正確に言うと、生存している確率はゼロに等しいのでほぼ殺人事件と言っても差し支えないのだが、まあ一応失踪ということにしておこう。
その事件の調査、解決をギルドから非公式かつ秘密裏に依頼されたレティシアたち≪銀色の狼≫一行。
ダンジョンに潜るにあたってまずは準備が整えられた。
というのも精霊樹の虚穴は上下に多層構造になっている。
その深さはわかってるだけでも上に76、下に63となっている。
そして、各階層そこそこ広いので、自分たちのレベルに合わせて動くにしても日帰りというのはなかなかに厳しいものがある。
つまり、ここでいう準備とは仮眠や食事などの準備である。
それが済んだらあとはいよいよダンジョンに潜るだけである。
件のダンジョンはギルドから五分ほど歩いて行った森の中にあった。
その森も鬱蒼としているのだが、ダンジョンに至るまでの道は多くの人が多く通ることもあって多少、舗装されている。
「大きい……」
それが咲良が精霊樹の虚穴に抱いた感想である。
首を真上に向けないとてっぺんは見えない。
その大きさは周りの木々と比べても異次元で幹の周りを一周するのにも一苦労しそうである。
そして、そんな大木に対して咲良はゾクリとしたものを背筋に感じ取り鳥肌を立たせていた。
それは神秘的なものに対する感動か、自然の力強さに対する畏怖か。
というわけで、一同がいざダンジョンに潜ろうとその入り口と相対したとき、
「ちょいちょい! お嬢ちゃんたちだけでダンジョンに潜る気かい?」
男の冒険者に話かけられた。
年齢は三十代くらい、見た目から察するに中堅と呼べるくらいのキャリアはありそうである。
髪はぼさぼさではあるが不潔という感じではなく、一切の飾り気のない剣や服装を見るに見た目よりも実利や身の安全を取る性格であることがうかがえ、冒険者としては理想的であると言える。
そんな男に対してまずはベルが歩み寄った。
「その通りですが何か?」
「見たことない顔だし新顔か? ギルドも公式に出していない情報だし、知らないかもしれないがこのダンジョン今ちょっとやばいんだ」
「ヤバい、とは具体的にどのように?」
「若手の冒険者が次々にいなくなってる。 若手だけが、だ。 誰かが狙ってやってるに決まってる。 新人、それも女だけのパーティーなんて狙ってくれと言ってるもんだ」
その裏で残った面々は輪になって話し合っていた。
「面倒なことになったなお嬢。 どうする?」
そもそもレティシアたちはかなりの実力者ぞろいのパーティーであるうえ、そのルックスとも相まってこの辺りではそれなりに有名である。
しかし、最近王都から離れていたこともあって、知らない冒険者もいるのだろう。
まだ見ぬ敵にとってレティシアたちは格好の獲物である可能性はある。
同時にこの地に来て日が浅い冒険者からすればやはり心配したくなってしまうのだろう。
問題は、レティシアたちが特訓や採集、狩りなどの普通のダンジョンの探索の目的以外に、件の若手冒険者がいなくなる事件の犯人を捜すという密命を帯びている点である。
ギルドが秘密にしたがっている以上、やはりレティシアたちも秘密にせねばならない。
「別に無視して入っちゃえばいいじゃない。 断りなんていらないでしょ?」
トリナの言う通り、別にダンジョンに潜るのに男の許可を得なければならないという道理はない。
何かあったとしても自己責任なのだから警告を聞き入れようが無視しようが勝手である。
「それもそうだな、行くぞベル」
レティシアの声を聴くや否や、ベルは男が話しているのにも構わずに踵を返した。
その姿たるや、まさに飼い主に呼ばれたペットのごとし。
「それでは失礼いたします」
「え? おい、ちょっと、まだ話してる途中だぞ!」
男は先ほどからベルに対し、彼女たちだけで入ることを考え直すように説得していた。
それが善意なのか、目的があるのかはさておき、そもそもレティシアたちの能力であればさほど問題はなく、何かあるとも思えない。
犯人にレティシアたちをしのぐ実力があるなら、若手以外の冒険者もその被害に遭ってしかるべきであろう。
早い話、男の取り越し苦労ということである。
「ご心配なく、こう見えましても全員、腕に覚えがありますので」
「いやいや、そう思っている奴がかえって危ない…… っておい! 無視すんなよ!」
突っぱねられたにも関わらず、男は構わずにこちらに向かってやってくる。
「ダンジョンに潜るのにそんな軽装でいいのか? 日帰りだというなら構わないが」
レティシアが指摘した男の格好というのは服装ではなく、荷物のことである。
彼の荷物と言えば大剣を背中に携えているくらいで、ほかには何もない。
これでは復路も計算に入れたらそう深いところまで潜れない。
「あ! いや、荷物はあるんだがお前たちダンジョンに潜ると聞いて止めないとと思い…… とにかくおいてきただけなんだ! ちょっと待ってろ!」
そう言って男は走って行ってしまった。
それを一応目で追った一同。
しかし
「行くか」
もちろん待たない。
「荷物を取りに言ったってことはたぶんついてくる気だ。 面倒になる前に行ってしまおう」
戻ってきたら自分たちの姿がなく、ぽつんと一人立っているだろう男を想像すると、なんだか咲良は男が気の毒にも思えてしまった。
ダンジョンの入り口には二人の屈強な男が立っている。
これは冒険者でないものがダンジョンに入るのを防ぐためである。
「そんな人いるんですか?」
とレティシアがその男たちと話しているさ最中、咲良がシャルに聞いた。
「これが結構いるんだよ。 ギルドから除名されたやつとか、盗賊とか、あとこの辺で遊んでた子どもらとか」
「行くぞ」
そのレティシアの号令でいよいよ、ダンジョンの中へと入っていくのだった。
***
「おい! ダンジョンに女だけのパーティーが数人入っていかなかったか!?」
男がもどってくると案の定、レティシアたちの姿が見えなくなっていた。
男は門番を問い詰めるが、彼らとて厳つい男たちにすごまれることは日常茶飯事である。
いちいち、リアクションなんてしない。
「申し上げられません。 規則ですので」
ギルドにだって守秘義務がある。
それは各冒険者の情報を他人より多く持っているからであり、冒険者の利益を守る為である。
この場合、言えないということは暗にそうだと認めたようなものなのだが。
「ちっ! どいつもこいつも人の忠告を無視しやがって!」
「人の忠告を聞くくらいなら冒険者などやってないのでは?」
「いや、そうかもしれんが…… まあ、いい。 ダンジョンに入れてくれ」
「できません。 知ってるでしょう? 冒険者同士で獲物の取り合いとならないように三十分ほどここでお待ちいただきます」
「そうだったー!!」
男の絶叫が森に響く。
その声に驚いたように森の小動物たちはその身を隠すのだった。
***
ところ変わってダンジョン内部。
「そういうわけだからすぐにあの男が追いついてくる可能性は低い。 とっとと進んであいつと距離を離そう」
そんなレティシアの説明を聞きながらも咲良はダンジョン内部を見まわしていた。
自分たちが入ったのは木の内部、であるにもかかわらず、上下左右から光輝く石が照らし、暗いどころか明るいとさえ感じられた。
木の中がこんなになっていると思いもしなかった。
物理法則を無視している不思議な空間、光り輝く鉱石、彼女が視線を奪われるのは十分だった。
「あれ? ダンジョンってモンスターがいっぱいいるんじゃ?」
「ここは第0階層、レストランの入り口にドアが二重になっているところがあるだろう? そのドアとドアの間の空間がここだ。 まだ魔物はいない。 ほらあそこに階段が二つあるだろう。 そこを降りた先が魔物の巣窟だ」
とレティシアが言うので、下に伸びる階段をのぞいてみるが暗くて先は見えなかった。
たぶん、上に向かうほうも同じだろう。
「魔物はこの階段を昇り降りできないんだ、だから外に出てこない。 さあ、咲良もダンジョンのことをわかってきたところでチーム分けをしよう」
「チーム分け?」
「今回は調査任務も帯びてるからな、上に向かう組と下に向かう組が必要だ。 本当は一緒に行きたいんだが仕方ない」
そう言ってレティシアは九本のひもを取り出した。
「赤が五本、上階へ向かう組だ。 自分がどっちに組み込まれても一切文句は言わないように。 それでは選んでくれ。 残った一本は私だ」
かくして一斉に八本のくじが引き抜かれた。
各人の思惑
(咲良) 戦力にならないと思うので五人のほうに……!
(ベル) レティシア様と一緒、レティシア様と一緒、レティシア様と一緒……
(シャル) コイツ(咲良) まだ危なっかしいからなぁ、せめてお嬢か、ジュリあたりが一緒になるといいんだが……
(トリナ) なかなか話が進まないわね!
(クロエ) めんどくさっ!
(ジュリ) 実力がまだ低い若手ばかりを狙う卑怯者……許せん!
(サリア) レティから離れると食料が減っちゃうよね……
(ハリィ) なんだか手先にすさまじい念のこもった視線が集まってる気がする。
(レティシア) (あまりを取るだけなので特に何も考えていない)
ハリィは口調が訛ってるだけなので心の中では標準語でしゃべれます。




