異変
(シャル) ハリィ、なんか話し方変じゃね?
(ハリィ) うん!! 訛りがひどいと言われたから直したぞな!
(シャル) 直ってないじゃん。
(ハリィ) 何ぞ!? ……もっと標準語に近づけるようにしないといかんぞな……
(シャル) (標準語っつうか別の地方の訛りになっている気が……)
「あの、少しいいですか?」
ダンジョンに潜るとギルドに申告を済ませ、いざ行かんとしているときに、レティシアたちは受付嬢に呼び止められた。
「何か?」
「ここだけの話なんですけど…… 最近若手の冒険者がダンジョンに潜ったまま帰ってこないというケーズが多発してまして……」
「それは…… 力量不足だったからでは?」
「だとは思うんですけど……」
ダンジョンに潜ったきり戻ってこない冒険者など少なくない。
ましてそれが経験の少ない若手ならなおのことである。
いくらダンジョンの浅い階層が初心者向けだと言っても、相対する魔物は自分の命を守るために相手を殺す気で来る。
油断して、さほど強力でもない魔物に殺されるなんてよくあることだ。
ちなみに咲良達も、ダンジョンではないが、雑魚に分類されるオーク相手に壊滅しかけたパーティーを第二章にてその目で見ている。
つまり、取り立ててギルド側が危惧する事態でもないはずなのだ、ただ若手が未熟すぎた、その一点のみで話は済むはずなのである。
にもかかわらず、こうして話をしてきたということは、
「何かあるのですか?」
気にすることでもないのかもしれないが、これから向かうというのにそんな話をされたのではやはり聞きたくなるのが人情というものである。
にも拘わらず、話を持ってきた職員の女性は申し訳なさそうに首を横に振った。
「何もわからないのです。 ですが先週、登録半年未満の冒険者のうちでダンジョンに潜ってから戻ってきた方々はゼロです」
戻ってきた者がいない、その報告は一同に警戒心持たせ、顔をしかめさせるには十分すぎた。
「ちなみに数は?」
「全部で十七組、四十人後半くらいです」
「お嬢、これなんかヤバいぞな?」
「ああ、数もさることながら原因不明ってのが厄介だ」
原因が魔物なのか、自然現象的なものなのか、それとも悪意ある人間の仕業か、可能性はいくらでもあるが、まったく絞れていないということは、目撃したものはもれなくその何かの餌食になっているのだろう。
はっきり言ってかなり危険である。
「そういうことですので、気を付けてください」
「ええ、十分に気を付けますよ」
ギルドの建物を出ると、シャルは小さなため息をついて、肩を竦めた。。
「参ったね。 いっそダンジョン行くのやめないか?」
「激しく同意です!!」
勢いよく手を挙げたのは咲良である。
自身の練習が兼ねられているというのに、その練習場がどうにも雲行きが怪しいというのは、やはり嫌なものである。
おまけに、行ったっきり帰ってこない若手がたくさんいるとなればなおさらである。
咲良としては是非とも遠慮したいのだが、レティシアから出た言葉は、その望みを砕くものだった。
「そうも言ってられないさ、ギルドから頼まれればね」
「頼まれたって、いつそんなこと言われたぞな?」
「私たちにダンジョンの異変を話しただけでそういうことになるのさ」
受付嬢が、ダンジョンで若手冒険者を話すことがどうして、その解決を頼むことになるのか、どうにもその因果関係をつなげられない一同は頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
悪戯っぽく笑みを浮かべるクロエを除いて。
「考えてもみろよ、人里に出た魔物は地元の人間や都市、村の長、場合によっては国が動くこともある。 しかし、それは人の生活が脅かせるから依頼するんだよな?」
「あ」
ここまで来れば皆が大体理解ができた。
冒険者に依頼するのもただではない。
それに見合った報酬を出さなくてはならないし、それには自分たちの身を切らなくてはならない。
しかし、
「ダンジョンの中のモンスターが出てくるなんてことはまずない。 実際、今回も起こっていないし。 つまり、ほっといたところで誰も困らないのさ。 だから依頼主自体がいない」
自らやその土地などに被害が及ぶ可能性がないのに、わざわざ金を出すような人間はいない。
そもそも、冒険者稼業は常に危険と隣り合わせだ。
くどいようだが死人が出ることだって少しも珍しくない。
その冒険者が死んだところで積極的にその原因を知りたいと思うものはなかなかいない。
「そもそもあのダンジョンを封鎖してさえしまえば済む話だしな」
「はいは~い!」
ここで咲良が挙手する。
「なんだ?」
「国とかが依頼ださないならギルドが出せばいいんじゃないですか? 非公式とはいえ一応頼んだってことは解決はしたいってことですよね?」
「いいところに気づいたな。 私もそれには気が付いていた。 もちろんギルドが依頼を出すことはできる。 それこそダンジョンで倒した魔物とか森での素材採集は形的にはギルドが依頼を出している」
「でも出してないのはなぜでしょう?」
「確実なことは言えないが…… おそらくこの一件には何者か人間の手が関わっていると考えられる」
「ちょっと待てよ、お嬢! それじゃあまるで……」
「まるで、じゃないよシャル。 未熟だったから死んだわけじゃない。 わざわざ未熟なやつらを選んで襲ってるんだ。 魔物にはできない芸当だ。 犯人も冒険者なんじゃないかな?」
そもそもダンジョンで死者が増加しているのは冒険者になって日が浅い者たちばかりだ。
そこそこキャリアのある者たちは何事もなかったかのように戻ってくる。
だからこそ想像できる一連の事件の犯人。
そして秘密裏にレティシアたちに頼んだ理由。
「ギルドでは基本的に同士討ちを禁じている。 が、それを守らない奴らも少なくない。 まして人の目が入りにくいダンジョン内部ならなおさらだ」
「なんでそんなこと……?」
この世界に来てややしばらく経つとはいえ、咲良はこの世界での命の軽さにはなかなか慣れないし、というか慣れたくないというのが本音である。
しかし、現に人は人を簡単に殺してしまう。
今回のように。
なぜそんなことができるのか、咲良には理解ができなかった。
「そればっかりはわからない。 ギルドとしてもどこまで把握できていることやら」
「だとしたら殊更わからんぞな。 かえってギルドが情報出したほうがいいんじゃなかろうか?」
「ギルドが冒険者に対して下手に出られないからさ。 ギルドは冒険者をしっかり御して、依頼主にも毅然と対応できなきゃいけない。 けれど、今回冒険者が同業者にヤンチャしてそれに対してほとんど対応策がないと知れたら? 荒くれ者ぞろいの冒険者はギルドのいうことなんて聞かなくなるさ。 だから未熟な冒険者が死んだだけって思わせておいたほうが都合がいいんだろう」
「見栄っ張りよねぇ…… ま、わからないでもないけどぉ」
「それともう一つ」
そう言ってレティシアは人差し指を立てた。
「ギルドがまだ情報をつかんでないと思わせておけば、犯人は味を占めてこの地にとどまるかもしれない。 そうすれば被害も増えはするがひっとらえるチャンスにもなる。 加えて私たち」
「?」
全員の頭の上に再びクエスチョンマークが浮かぶ。
「私たちは名乗りさえしなければ若い少女のパーティーだ。 犯行が最近だったことから私たちのことを知らない可能性がある。 知ってても若い少女たちってことで油断は誘える。 実績も実力もあるから餌には十分ってわけだ」
「つまり、誰にも悟られないようにしながら情報収集、犯人を始末しろ、ということでしょうか?」
「そういうことだ」
「まあ、いいじゃない、魔物を狩りながら対人戦もできる。 いい練習だわ!」
「トリナ、腕を組みながら宣言するのはいいんだが、相手だってそこそこの腕はあるはずだからな?」
「わかってるわよ、そんなこと」
「あの……」
先ほどとは打って変わって自信無さげにおずおずと手を挙げる。
「どうした」
「対人戦って…… 人を殺す練習もするってことですか?」
その問いかけに一同は「あー」と言った声を上げる。
何だかんだ咲良は人が死んだ場面を見たことはあっても殺した経験がない。
というか異世界からきた彼女にとって人を殺すというのは簡単なことではない。
しかしだ、
「どうしても無理だというのなら無理にやれとは言わない。 でも、冒険者として生きていくなら避けられないぞ。 盗賊とかと戦うこともあるんだ」
「ですよね~」
冒険者なら避けられない問題。
されど咲良はすぐさま受け入れて、実行するだけの度胸も潔さもなかった。
結局、この場では咲良は苦笑いで誤魔化して、問題を先送りにするしかできなかった。
一方そのころ
(ククル) これはどこに置けばいい?
(ライラ) それはこっちで……
(ククル) やっと整理つけられたね。
(ライラ) うん、ここまで部屋が整頓されたには久しぶり。
(ククル) 掃除するとやっぱりいい運動になるね。 部屋はきれいになったし。
(ライラ) ここまでしっかり掃除したのも久しぶり。
お察しの通り彼女たちは行き詰まって大掃除をしていた!!




