迷宮
ついに五十話到達&新章開幕!
まあ、今回はプロローグみたいな感じですが。
キャラがいつもとテンションが違うような気が……これも暑さのせいに違いない!
「忘れがちではあるが我々は冒険者である!」
その日はそんなレティシアの一言から始まった。
その一言に対して、《銀色の狼》の面々はキョトンとした。
この世界に来てから日が浅く、まだ冒険者になったばかりの咲良だってわかるようなことであったからである。
「そんなことは誰だってわかるよお嬢。 っていうか私たちも忘れてないし」
シャルがその先を促した。
いきなりそんな当たり前のことを言うはずもないのだから、その先に何か言いたいことがあるのは明白である。
「最近の……そうだな、咲良が来てからの私たちの行動を思い返してみろ」
「え? サクラが来てから…… 口封じに宿に来た奴ら倒して、あの証人とつるんでた地元のマフィア潰して……吸血鬼と戦って…… 町に帰るときに盗賊とか魔物とかと戦って……」
「最近だと、どこぞの貴族のお抱えのチンピラと事を構えたな。 なんだこれ? 人とばっかり戦ってるじゃないか!?」
「お嬢のそれって何ギレ?」
「つまりレティシア様は、もうちょっと冒険者らしいことをしようじゃないかと言いたいわけですね?」
「そういうことだベル」
確かに冒険者の主な仕事は森などに立ち入ってモンスターを退治したり有用な植物や鉱石を回収するというものである。
ちなみに面白いところでは貴族のペット探しや遺品整理なんてのもある。
護衛任務もあるから対人戦がないわけではないのだが、少しずれていると言えなくもない。
「いいわねえ……それで具体的にどうしよってわけ?」
トリナが待ってましたとばかりに獣のような笑みを浮かべる。
「なんてことはない、ダンジョンに入ろうかと思ってな」
「ダンジョン?」
思わず咲良が聞き返した。
ダンジョンのことを知らないわけではない。
地下や洞窟に広がるお宝やらモンスターやらがしこたまいる迷宮のことだろう。
この世界はRPGのそれに似ているからあっても不思議ではないとは思っていた。
とはいえダンジョンという如何にもなものの存在を聞くとやっぱり聞き返したくなるものだ。
「そうだ、ちょうどいい、咲良の特訓も兼ねようか」
「へ? 私の特訓?」
急に会話の矢面に立った咲良であった。
今回は話の中心になるまいと主人公の分際で思っていたのだが、やはりこうなるのは避けようもないらしい。
「ほいほーい、お嬢。 ダンジョンと言っても一体どこに行くぞな?」
「いや、ハリィ、まずは私の特訓について……」
「そうだな…… そんなに時間をかける気はないし……『精霊樹の虚穴』あたりかな」
「ねえ、ちょっと」
当人の意見を無視しつつ話が勝手に進んでいく、これもまた主人公にはよくあることである。
―――――
精霊樹の虚穴———幹の太さは約十五メートル、高さは七十メートルもある大木でその幹の根元には人が一人入れそうなほどの大きな穴が開いている。
そして、その穴に入った先には明らかに幹の中には収まりようもないほどの空間が広がっている。
つまり、穴をくぐった先はどうも別の空間とつながっているらしいのだ。
「もっとも、これについてはどのダンジョンでもほぼ共通している特徴です。 ですからダンジョンの内部は森では見かけないような強力な魔物も潜んでいますので特訓や材料採取にはうってつけというわけです」
などと、ベルたちが咲良にダンジョンについて教えつつ、一行はダンジョンに行く前に冒険者ギルドの扉を叩いた。
冒険者ギルドとは冒険者に与えられる仕事を斡旋しているところである。
冒険者の仕事は先ほど言った通りである。
国、町や村、商人などから依頼を受け、それを冒険者に仲介する。
報酬は依頼主が出すわけだが、たまに難癖つけてその報酬を渡さないなどという不届き者もいるので、そうならないようにするという役目もある。
同時に冒険者が基本的に誰にでもなれる職業であり、そして死亡率の高い職業であることから冒険者と仕事を正確に管理する必要がある。
そんなわけで冒険者になるためにはギルドに登録しなければならない。
そしてギルドで冒険者の実力や経歴に見合った仕事を斡旋するのではある。
つまり、ギルドに登録していなければ冒険者じゃないのである。
咲良もアイタール王国でギルドに登録している。
というわけで、
「《銀色の狼》、精霊樹の虚穴に潜ります」
「了解いたしました。 それではご武運を」
これでギルドからの依頼を受理したことになる。
魔物の討伐と言っても、先刻の村を襲ったオークのように人里に現れ被害を出す場合もあれば、普段は森に潜み、こちらからアプローチしない限り遭遇することもない場合がある。
前者の場合、オークを討伐してしまいさえすればそれで依頼は完了だが、後者の場合は常時依頼と言って、好きなところで好きなだけ狩ってきてくださいというものである。
その手の生き物はほっといても人里に影響することは少ないし、数を減らしても勝手に増えるが増えすぎるのは困る、言ってしまえば魔物の間引きである。
依頼に期限も期間もないから常時依頼と呼ばれており、大体緊急度も難易度も低く、駆け出しが受ける以来である。
ダンジョンもこれに分類されるのだが、こちらはダンジョン内部に強力な魔物も少なからずいるので森でのそれと比べると難易度は上がる。
ちなみにダンジョンの魔物は何者かの手引きがない限り外に出てくることはない。
「と、まあこれが冒険者とダンジョンに関することだな。 何か疑問は?」
「難易度が上がるらしいとか言ってましたけど私でもやっていけます?」
「大丈夫だろ。 浅い階層は若手の練習場になってるし」
「階層?」
「精霊樹の虚穴は上下に広がっているんだ。 深いところに進んでいけば行くほど厄介な魔物とも遭遇するが、浅い階層なら…… そうだな、強くてもセンチピードとかかな?」
「なんですかそれ?」
「むかで」
「それはまた別の理由でお断りなんですけど」
「誰もが通る場所だ。 でかい百足やらでかいカエルにおびえてたらやってけないぞ」
「か、カエル? ……はぁ……サンショウウオと言いカエルといい、なんでこの世界の両生類は大きいかなぁ?」
「虫も爬虫類もでかいけどな」
「もっとヤダわ」
「嫌でも慣れるようになるさ」
「そうそう、サンショウウオに齧られたり、カエルの粘液でグチョグチョになったり…… 今となってはいい経験だわ……」
そういうトリナの目が若干濁って見えたのは咲良の気のせいだろうか……
きっと気のせいに違いない、そう言い聞かせて自分を誤魔化した。
何せ咲良も割と巻き込まれ体質であるので。
「さぁ、行くぞ」
レティシアの号令で《銀色の狼》の九人はダンジョン、精霊樹の虚穴に向かうのだった……
…………
「あれ九人?」
「ライラとククルは研究で忙しいらしいわよぉ」
「……ククルがいないって誰かが怪我したとき危なくない?」
サリアの一言で時間と一同の思考が停止した。
「怪我しなければいい話ですよ」
「そうやの、もしもの時はアロエでも塗っておけばいい話ぞな」
「民間療法を頼りすぎですよー!!」
案の定、咲良のその声は誰にも届くことはなかった。
一方そのころ
「くしゅん!」
「? ククル、風邪?」
「誰かが噂してる…… 誰か怪我でもしたかな?」
「そういえばレティ達ダンジョンに行くって言ってたね。 僕らがいないのは不味かったかな」
ククルが治療係なのはもちろんのこと、ライラも治癒魔法を多少使えるのである。
つまり現状、治療係が二人いない状態になっている。
無理する気はないらしいので、あまり怪我の心配はないだろうが、万一がないとも限らない。
「…………私たちに頼りすぎるのもよくないと思う」
「…………そうだね」
しかし、二人は自立を促すという体で放っておくことにするのだった。
(レティシア) ちなみに民間療法の中には効果が保証されていないものもあるので注意するように。




