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残酷で美しい異世界より  作者: 狼森エイキ
第一部 ハローワールド
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静寂の夜と騒がしい奴ら

大したことはないと思いますが、人が死ぬような残酷な描写があるので気を付けてください。

アズールの放った刺客はこれまでも暗殺、誘拐などなど影の工作を行ってきた。

しかし、その相手はライバルの商人やその家族がほとんどで、レティシアの予想通り冒険者は初めてである。

加えて、工作活動は戦闘を伴わない。

暗殺とは戦闘になる前に、決着をつけるものであるから、護衛もこちらに気づく前か、最低限、相手が攻撃する暇を与えないうちに行うものである。

つまり、暗殺においては先制攻撃をすること、相手に主導権を取らせないことが理想である。

さて、それを踏まえて西側の雑木林。

シャルとライラの担当はライラの出る幕すらなかった。

これでも奇襲は成功していたのだ。

相手が、刀を抜く前、魔法を繰り出す前には暗殺者たちのうち三人はナイフで切りかかっていた。

にもかかわらず、刀を抜いたシャルに奇襲は無効化されてしまった。

暗殺者のナイフをシャルが刀で受け止め、それを受け流した。

当然、暗殺者のナイフはシャルには届かない。

理屈は簡単でも、刃物同士が触れ合う一瞬の間に力のかかる方向を変えるのは難しいし、まして三方向から来る攻撃をいなすとなれば、とんでもないことである。

何を隠そう、シャルという少女はこと剣術、特に居合い術においては天才であった。

ちなみにだが、相手の攻撃を受け流したとなれば、相手には隙が生まれる。当然シャルとしては反撃のチャンスだったわけだがそうしなかった。


「あんたらもうちょっとやると思ってたんだけどな~」


そういいつつ、シャルは両手をひらひらさせる。

当然、隙をついて一撃あたえられそうなものだが、そんなの通用しないのは先ほど十分味わわされた。

どうやって相手に一太刀入れるか、もはや暗殺ではなくなったが、しかし、今更引けるとも思えない。

少なくともそんな甘い相手ではなかった。

この三人にとっては。


(相手はあいつらに注意が行っている。

今なら仕留められる)


暗殺者たるもの隙があれば突くものである。

そのためなら仲間も餌とする。

そんな覚悟も無駄であった。


「音立てないところは高評価なんだけどね~」


そう言って木の陰から現れた暗殺者の正面を向いて刀を構える。

そして、鍔迫り合いになると、シャルは半歩下がる。

これによって不意を突かれた暗殺者はつい前につんのめってしまった。

その隙を今度は見逃してはくれなかった。


ヒュッ


片手で軽く刀を振るったにもかかわらず、暗殺者は簡単に首をはねられた。

それでいて、シャルには全くの返り血がない。


二度の不意打ちの失敗。

普通なら撤退するような状況である。

が、それは出来なかった。

いくら相手が手練れでも暗殺できず逃げ帰りましたでは、この先、暗殺者としてはやっていけない。

まして、今はアズールの子飼いなのだから失敗しましたとなればクビは確実、間違いなく消される。

だから、勝ち目はないとわかっていても退けなかった。


「うおおおおお!!」


三方向からまっすぐシャルに襲い掛かる。

経験でわかる、万に一つもない可能性に賭けて。




「んーと、これで何人だ?」


シャルの問いかけにライラは杖を脇に挟んで指折り数える。


「この三人までで七人目、さっき逃げようとした二人はボクが倒したからあと二人だ」


(杖を離した、今なら!)


杖はその手に握らないと魔法が発動しない。

脇に挟んで手が離れた今は絶好の好機。

片方だけでも始末できれば……

そう考え、ライラに的を絞り飛びかかったわけだが


「《アイスピラー》」


暗殺者たちの足元で魔法が発動する。

空中では避けることも叶わず、暗殺者二人は氷漬けにされた。


「聞こえてないだろうけど教えておくよ。

別に僕らは杖がなきゃ魔法が使えないわけじゃない。

使うとしたら威力、射程、発動速度の上昇、それから複雑な魔法の展開のときとか。

身もふたもないことを言えばただの補助さ」


暗殺者たちがその声に反応することはできなかった。






東側の路地裏ではすでに決着が付こうとしていた。


「あんたたちの得物は全部折った。

逃げるなら追わないよ」


「ナメるのも大概にしろ!

そう簡単に引き下がれるか!」


「ナメたんじゃなくて事実。

 わかってるでしょ?」


男は強気で返すが実際、旗色は非常に悪かった。

屋根の上から美しい金髪碧眼、そして犬の耳と尻尾を持った獣人。

その美しさというかかわいらしさに気を取られたのか、彼女が抜いた剣の一閃で三人が切り捨てられた。

仲間が殺されたことに気づいて、得物を取り出したが、それも剣でへし折られた。

その時点でもはや彼らに勝機はない。


「じゃあ、その刃先のないナイフで戦う気?

命を無駄にするだけじゃない?」


「このような仕事をしているのだ。

命なぞあってないようなもの。

いまさら躊躇なぞしない」


「そう……

じゃあ、いいよ。

命を賭ける覚悟があるなら。

私もそれに応えるだけ。

でも本気で来るっていうなら加減も容赦もしないから」


そういって、トリナは暗殺者たちを一人ひとり斬っていった。

暗殺者も折れたナイフで正面から向かうが、やはり勝てるはずもなく、一人残らず地面に膝をつき、そして果てるのだった。


「何が『覚悟はできてる」よ……

背負わなきゃならないこっちの身にもなれっての……」


トリナは一人呟いて剣についた血を払い、鞘に納め、宿へと帰るのだった。






宿から川を挟んで反対側の家、そこは空き家だったが、今はある男たちがそこに潜んでいた。

今、家にいるのは二人の男、レティシアたちの後を追い、暗殺の成功までを見届ける……はずだったのだが、現実はそうならず、むしろ最悪の方向へと進んでいった。

後ろのほうから急ぎ足で階段を上がってくる音が聞こえる。

足音は部屋のドアの前で止まり、ドアをコンコン、コンコンコンと合図通りに叩いた。


「いいぞ」


部屋の男がそう言うと、ドアが開き、男が入ってくる。


「マズいぞ、東側のやつは全滅だ」


「西側もだよ。

こりゃ虎の尾を踏んじまったかな……」


「どうする?

このまま帰って全滅しましたって言うのか?」


「どのみち俺たちじゃ奴らを殺せない。

はじめっから無謀だと思ってたよ、冒険者殺すなんて。」


「いまそれを言ったって仕方ないだろ。

例の奴隷だけでも連れて来れれば許してもらえる目もあるかな」


「どうかな、宿に入る前に殺されそうだけどな」


「ん? なんだあれ?」


素っ頓狂な声を出したのは窓際で宿の様子を探っていた三人目の男である。

その手には望遠鏡が握られている。

望遠鏡といってもかなり性能の低いものであまり長い距離は厳しいが、かろうじて宿のあたりは見える。

で、男は何かを見たわけだが


「なんかあったのか?」


「いや、なんか光ってみえ……」


中途半端に言葉を止めた男を不審に思いそちらに視線を向けると


「ひっ……」


男は殺されていた。

右目のあたりを弓矢に貫かれて。

一体誰がどこから?

望遠鏡を取り上げ宿のほうに目線を向ける。

この望遠鏡は距離はそこそこいいのだが、その分範囲が狭くなってしまうので、探すのも一苦労である。

そして、目線を屋根のあたりに向けたところで、男はあるものに気づく。


「なっ……」


人がいた。

それはいい。

しかし、その人は、矢を弓に番え、矢に何らかの魔法をかけたのか、魔法陣を展開した状態でこちらに狙いを定めていた。

そして、男が驚いている間に弓が放たれ、男の頭部を貫いた。

残った男は、腰が抜けてただ目の前の二つの死体を見ていた。

ふと、おかしなことに気づく。


(なんで弓はまっすぐ来た?)


男の記憶が正しいなら、弓はほぼまっすぐの状態でこちらまで来た。

しかし、弓とは本来放物線を描くものである。

距離が離れれば離れるほど、それは顕著で本来なら斜め上から来るはずだった。

つまり


(ただの矢じゃない。

魔法も発動しているのか?)


狙いを定めるのも相当集中しなくてはならないのに、そのうえ魔法による軌道の調整、川の向こうにいるのは何なのか。

純粋に疑問に思い、望遠鏡をもって屋根のあたりを見ると、そこには美しい女のエルフがいた。

暗くて見えにくいがそれは間違いない。


「はは、女にあの世に送られるなら幸せかな」


女エルフが矢を放つところで、男の意識は消えた。




「全滅を確認、あの家にいたのは今ので全部です」


「そうか」


サリアの報告にジュリは頷き、右目の眼帯を戻した。

彼女の右目は、ライフルのスコープのように遠くを見ることができる。

しかし、左目は普通のため、視力差がありすぎるので、普段は眼帯で隠しているのだ。

また、今回のように狙撃に使おうにも遠くが見える代わりに見える範囲が狭くなる。

なので、もともと視力のいいサリアにサポートしてもらっているのである。


「よし、戻るぞ。

どうせ明日もうひと波乱あるんだろうからな」


「だろうね」


二人が部屋に戻ると、街には静寂が戻った。


何人もの死人が出たこの夜、しかし、そのことに気づく住人はおらず、ただただ夜は更けていく。


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