幕間の小話 2
彼女は生まれた時からずっと一人でした。
彼女が流す血は草木を枯らし、水を汚し、生き物を殺すのです。
誰も怖がって彼女に近寄ろうとしませんでした。
そして彼女はいつの間にか受け入れ始めました。
これは仕方ないことなのだと。
本当の自分の心を隠し、自分からも誤魔化して。
貴女がきれいだと言ったから。 SIDE シャンレイ
あれは数年前のこと、私を討伐するという女騎士がやって来た。
それも一人で。
無謀極まりない、並の相手なら五、六人相手にしても苦労しないというのに。
しかし、実際に戦ってみてこれが無謀でもないと知った。
「わかっただろう? 私は毒が通じない体質なんだ。 ほら、御覧、服は溶けてしまったが、私の身体には傷一つ付いていない」
「なるほど、私の攻撃はすべて無意味だということですね」
確かに私の毒が効かないなら少なくとも負ける見込みは少ないだろう。
自分で言うのもなんだが、腕力も無いし、剣は握ったこともない。
となれば、私にできることなどなし。
抵抗せずに両手を挙げた。
「降参です。 煮るなり焼くなり殺すなり好きにしてください」
その言葉に相手の女騎士は大層驚いた表情を浮かべたが、警戒は解いてはいないらしい。
当たり前だ。
ついさっきまで戦っていた相手が急に殺せと言っているのだ、罠か何かと考えてしかるべきだろう。
「別に奥の手なんてありませんよ? 何なら服も脱いで五体投地になりましょうか?」
「……どうやら本気のようだけど…… 私が言うことでもないけれど、潔すぎないか? そう簡単に自分の命を投げ出すだなんて……」
「別に大した理由はありません、ただ……退屈だから、でしょうか……」
「見たところここには誰もいない…… いや、いられないんだ。 君にその意思がなくてもアクシデントで流血してしまったら、それが自分の身体に触れたら、そう考えたら一緒にいられるわけがない。 そうやって君からはどんどん人が離れていった。 いや、生まれた時からそうだったのかな?」
彼女の予想は当たっている。
自分にも親はいた。
はずなのだが、物心ついたときにはいなかった。
ほかの人も私を恐れて近づこうとはしない。
魔族なのだからほかにも同じような人がいてしかるべきなのにそれすらいない。
私はずっと……ひとりだ。
「おおむねあたりです。 一思いにやってください。 なるべく痛くない方法で」
「……いや、私には君は殺せない」
「は? なんで? 今の今まで……」
「私と同じだ。 私もこんな体質だからね、ほかの人じゃできないようなことばかりやらされる。 今回のように。 当然いつも一人だ」
「情でも移りましたか? それとも同族の哀れみ?」
「それがないとは言わないが、それが理由じゃない」
「じゃあ何ですか?」
まさか無抵抗の相手は斬れないなんて言うんじゃなかろうか。
だとしたら甘すぎる、そんなんで今日まで騎士としてやってこれたのならむしろ尊敬する。
「その……一目ぼれだ」
…………………………………
おっといけない。
驚きのあまり気を失いそうになった。
しかしこの人はなんていった?
一目ぼれ?
いやそんなはずはない。
聞き違いか?
「ちょっとよく聞こえなかったのでもう一回いいですか?」
「一目ぼれだ、といった。 好きになってしまったということだ。 だから斬れない」
「正気ですか!? 仮にも敵同士でしょう? いや、それ以上に女同士で……」
柄にもなくあたふたしていると彼女が歩み寄って私の手を強く握った。
「そんなことはそうでもいい! 重要なのはそこに愛があるかどうか! ただ私が君と一緒にいたいと思った、それだけのこと! 君が私に決して解毒できない、恋の毒を盛ったんだ! 名も知らぬ魔族の少女よ、どうか私と一緒に……」
「待って待って待って! 無理無理無理! いきなりそんなこと言われても! まずはお互いをよく知ってうえで……じゃなくてぇ!!」
どうしてしまったんだ私は!
動揺しているのか?
なんだか体の芯から熱くなって……
などとあたふたしていると、彼女に抱きしめられた。
体温がまた急上昇する。
「落ち着いて。 確かに急すぎた。 もとより長期戦の覚悟だったし、まずはお互いを知るというのも悪くない。 私はエリザベート=フォン・ハインヘルツ。 君の名は?」
「チン・シャンレイ……」
「ハッ」
なんだか懐かしいような恥ずかしいような夢を見た気がする。
「むぅうう……」
眼前には愛する人がまだ夢の中、起こさないようにベッドを出て、毛布を直しておく。
暖かくなってきたとはいえ、まだまだ朝は寒い。
まして全裸では風邪をひくこと請け合いだ。
「くしっ!」
それは私もか。
とりあえずベッドの脇に脱ぎ捨ててある服を拾い上げて着始める。
その途中首筋にいくつものうっ血を見つけたけれど、何とか服で隠せそうだ。
さすがに周りにこれを見られるのは恥ずかしい。
けれど、この痕が自分が愛されている証拠だと見せつけたい気もする。
まるで自分が愛する人のモノであると見せつけているようで……
おっと、いけない、いけない。
また自分の世界に入り込んでしまった。
出会った日からというもの、私もどうやら毒されてしまったらしい。
ああ、なんて恋とは甘美な毒なのだろう。
貴女が守るといったから。 SIDE サンドラ
懐かしい夢を見た。
どこかの道を、私は妹に手を引かれ、大泣きしながら歩いている。
その妹は右目のあたりに大きな傷を走らせ、包帯を血で滲ませながら、それでも前を向いて歩を進めている。
「なぁ…… いい加減泣き止んでくれよ。 もういいじゃんか。 一緒にいてもいいって赦されたんだから」
それでも私は泣き止まない。
「えぐっ、えっぐ…… で、も…… 目が、かお…… 傷……」
「ああ、これか? いいっての。 むしろ片目潰すだけで一緒にいること赦されたんだぜ? こんなもん安い安い」
「やずぐ……な゛い……」
安いもんか!
片目がないってことはこれまでのように狩りはできない。
いや、それ以前に、傷物の女をもらうような奇特な男がいるとも思えない。
それさえなければ、笑顔のかわいい素敵な少女だというのに。
これからもっと美人になるというのに。
妹は女としての幸せを掴めなくなるかもしれない。
いまだに泣き止まない姉をみて妹はほとほと困り果てたらしく、
「いつまでたっても変わんねぇなぁ。 牢にいたころもだけど外に出たら出たで泣くしさ。 なんでそんなに泣くかね? そんなんじゃ、町にも出れやしないぜ」
「ま、ち……?」
「そうだろ? まずは宿探し、それから仕事探しだな。 王都のほうが仕事があるかな……?」
「まち、ひと…… 怖、い……」
「また泣く…… おい、サンドラ! 心配すんな! 王都で悪いやつに何かされてもされても私が守ってやる! ずっとな!」
「ハッ」
目を覚ますと傷を負った私と同じ顔が私をのぞき込んでいた……
「お、起きたか。 いやあ、焦ったぜ。 落とした瓶がお前の頭に命中するなんてさ……」
「昔の……夢……」
「見てたのか? あっはっは! それって走馬燈じゃね?」
「誰の、せい……?」
私は大爆笑している妹のこめかみをグリグリした。
私だって怒るときは怒る。
「悪かったよ! 次からは気を付ける! で? なんの夢だったんだ?」
「村……出たとき……」
「あんときか。 お前変わったな。 あの頃はお前いつもピーピー泣いてたってのに。 それが今じゃあ私を怒るくらいになったんだから」
「失敗、多い…… 反省」
「はい。 します」
そう言ってサンドロは縮こまってしまった。
自分の頭をさすればたんこぶがあった。
私を守ると言った彼女だが、なんだか逆に私を殺しそうだ。
自分が死んだらサンドロはもっと自由に幸せになれるんじゃないか。
ずっとそう思っていた。
けれどみんなが言うには、サンドロは私と一緒にいるときが一番楽しそうだと言う。
それを言い訳にして、私はいまだ彼女を縛ったままなんじゃないだろうか。
もっと自由に飛び立てるんじゃないだろうか。
そんな疑問が頭に残る。
けれども、その答えはまだ出したくない。
その答えが出たとき、私たちはどうなっているのだろう?
答えが出るその時まで、願わくば私たちにとってこの幸福なひと時が続くように……
ある村では双子は災いの象徴とされてきました。
同じ「モノ」が二つ同時に存在してはならないとされているからです。
だから姉は暗い地下牢に閉じ込め、食事を届ける以外誰の目にも触れさせませんでした。
妹は村の外へ追いやり狩りをして村を魔物から守りました。
けれども出会ってしまいました。
妹は姉と一緒にいたいと言いました。
しかし、みんなはそれに反対しました。
すると同じものがあってはならないならば、と妹は自分の顔を傷つけました。
姉妹は村から出ることを条件に一緒にいることを赦されました。
その行方は村の誰も知りません。




