表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷で美しい異世界より  作者: 狼森エイキ
ディア・マイ・フレンド
44/125

密約 2

前回のあらすじ:お酒は適度に飲みましょう。


(ディーナ) 一晩で瓶一本くらいは……


(ウルル・シノブ) 多い多い。

 嵌められた。 

バリックはディーナが何を言ってくるのか、そしてそれに対してどう対処するかばかりを考えていた。

しかし、その前段階で口を滑らせ、相手に援護射撃を送ることになってしまった。

 普通に考えれば、冒険者同士のイザコザはいろんなところにあるが、メイドがそれを見聞きしたというのであれば、やはり町中と考えてしかるべきであったと言えるだろう。

いや、話自体はその前から始まっていたのだから、完全にバリックの油断であると言える。

 酒が入ったことで判断力が鈍ったのかもしれない。

とにかく、こうなった以上、今更関与を否定するのは難しいだろう。


 「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。 この件は私とて人づてに聞いた話、訴えたところで証拠にはなりません」


 確かにならない。

そもそも、ここは公の場ではないうえ、第三者の証言がない以上ここでの会話が外に出ることもないし、証拠能力も低い。

 よって、バリックが裁かれることはまずないと思っていいだろう。

 公には。

 事をこの場だけで決着しようとした場合、話はその限りでなくなる。

 貴族の政争などのそのほとんどが水面下の当事者間でしか進まないことがほとんどである。

 よって、バリックの発言はとんでもないミスだし、それをディーナがフォローのように声をかけたというのは、つまり自分に有利となるように話し合いを進めると宣言したようなものである。


「で、何がお望みか?」


 すでに話の主導権はあちらに移っている。

 ここから主導権を取り戻せるだけのカードを彼は持っていない。

 これが長年貴族の座についてる先人たちであれば、あるいは言葉一つで盛り返す手があったのかもしれない。

 しかし、三十を過ぎているとはいえ、まだバリックは若手の部類に入るのだ。

 そんな老獪な術は残念ながら持ち合わせていない。

 ここはひとまずあちらの話を聞くところから始めることにする。

 

 「別に要求などありませんわ」


 「なんだと?」


 「その前にあらかじめ言っておきます。 今回の一件に関わっていた盗賊の首領、それからそちらのメイドさん、どちらもまだ私の手元にあります。 正直どちらか一人で良い気もしますが」


 「脅す気か?」


 「切り札が手元になければ切りようもないということですよ。 そうですね…… ではせっかくですので政治っぽいことも少しはしましょうか」


 あの二人がまだ生きているということは彼としても想定の範囲内ではあった。

 考えうる限りで一番最悪なパターンに違いないが。

 だから内心毒づきたくもなる。

 何が怒りに任せてか、しっかり押さえているべきところを押さえているではないか。

 そもそも例の冒険者の女について聞いている情報では、よく言えば常に冷静沈着、悪く言えば不愛想で無感情。

 レティシアの評価はそんなところである。

 仲間は結構大事にするそうだが、少なくとも怒り任せて暴れまわる性質ではないのだろう。

 そんなことは最早どうでもいい。

 今は目の前のやり取りである。


 「政治っぽいこととは?」


 「取引ですよ。 まず、盗賊の首領はお返しします。 そちらで好きなようになさってください。 その代わりこちらには手を出さない。 というのでどうでしょうか?」


 裏工作をするな、ということだろう。

 想定の範囲内の要求だし、証拠を一つ返すというなら悪くない取引といえる。


 「メイドの方は?」


 「そちらもお返ししても良いのですが…… ご存知の通り、私が懇意にしている冒険者の中に彼女の友人がいますので。 せっかく再会したのに永遠の別れ、なんてことになったらかわいそうでしょ?」

 

 あくまで友情のためなどと言うが、そもそもこの計画のかかわりで言えば彼女の方が深い。 

 そちらをキープされるというのはつまり証拠を握られ続けるということで、彼女がいる限りバリックはディーナに手出しできない。

 しかし、ここでその条件をどうこうできる材料を彼は持ち合わせてはいなかった。

 結果、彼はその取引に応じるほかなかった。




 「では、わたくしたちはそろそろ失礼させていただきますね」


 「そうですか、本日はあなたのような方とお食事ができて良かった」


 「こちらこそ。 それでは失礼いたします」


 そう言ってディーナとメイド二人は部屋を後にした。

 あとに残った男二人はというと。


「準備は出来ているな?」


「はい、滞りなく。 あの三人が外に出ますれば町の窃盗団に出くわし、襲撃される手筈になっております」


「そうか…… それは何とも不幸な話だ」


まったく懲りていなかった。

当然と言えば当然である。

ただ相手の思うがままにされたのではプライドも何もあったものではない。

だからと言って些か強硬手段が過ぎるのだが。

とにかく、このまま帰したのでは、こちらの完敗。

しかも二連敗である。

プライド云々を差し引いてもレード家の立場や今後を考えればやはり何らかのダメージを相手には負わせたかった。

のだが。


「旦那様…… こちらが仕込んだ者たちの姿が見えなくなりました」


「見えなくなった? 逃げたのか?」


「いいえ、恐らく消されたものと……」


「またか……」


これで三度目だ。

こちらがいくら仕込もうとそれを先読みし、的確に対処されている。

いくら策を労しても効果が無いようで、あの女貴族の先の見えなさに深くため息をつくのだった。




「お帰りなさーい。 準備出来てるわよ」


「ヘックス、お嬢様にそのような口の利き方は……」


「べつに構わないわ。 ヘックス、敵の排除は?」


「済んでるに決まってるじゃなーい。 私にかかればイチコロよ」


色っぽくも人懐っこい話し方のメイド、ヘックス。

この会話の間、彼女は雇い主を前にして爪を手入れしている。

ふつうならとんでもないことだが、それでも彼女がクビにならないのは、ディーナの寛容さゆえか。

いや、それだけではない。

 いろいろなところに潜んでいた曲者を一人で制圧できたように、彼女その実力をディーナは高く評価いているのだ。

というかどうもディーナの周りの使用人は実力行使が得意な者が多すぎる……気がしないでもない。

 ディーナとメイド二人が馬車に乗り込み、シノブが馬を操作する。

 

 「お嬢様、一つお聞きしてもよろしいですか?」


 「? どうしたのウルル?」


 「先ほどのレード伯爵とのお話です。 ……なんというか……その……」


 「なんでヤマト=リナ嬢が生きていると教えてしまったのか、かしら?」


 「はい、確かレティシア様からは死んだことにしてほしいとのことでしたが…… 申し訳ありません。 差し出がましいことを」


 「いいわよ。 なんてことないわ、その方が効果的だったから」


 「効果的?」


 「まず、盗賊の首領だけど……彼は私たちの手元に置いておいても邪魔なだけだわ。 証人にしてもいいけど……そうなったら黒幕が出てくるわ。 正直面倒なことになる。 よって彼らに返した方がいい」


 確かに裁判だなんだとなれば更なる大物貴族が出てくるだろうことは想像に難くない。

 そうなればかなり面倒なことになるし、勝算も決して高いとは言えないのだ。


 「けれど、レード伯爵からの攻撃は押さえておきたい。 だから彼女には人質になってもらう。 また茶々を入れてくるようだったら、次こそは黙ってないぞ、って示さないとね。 そのためには彼女の存在を知らしめる必要があったのよ」


 「しかし、その場合ヤマト=リナを消しに来るのではないですか?」


 「あら、そんなもの貴女たちなら突き返せるでしょ?」


 「確かにその通りです。 しかし、それでも100%彼女が安全だとは言えません。 ずっと屋敷に籠るわけでもないですし。 それにレード伯爵が手出ししてこなくても、同じ派閥のほかの貴族が黙っていないとも考えられます。 そう考えると彼女はずっと刺客の脅威におびえることになるのでは?」

 

 「少なくともほかの貴族に関していえばその心配は無用だと思うわ」


 「はい?」


 「トキの調べだとレード伯爵の存在はおそらく派閥の優先度的に重要じゃない。 もちろん仕返しは考えるだろうけどこの件を蒸し返そうとまでする人はいないでしょう。 それに……」


 といったところまででディーナの表情がいつものぽわぽわした穏やかなものから、真剣な真顔へと変わった。


 「そもそも彼女は友人を裏切り犯罪行為に手を染め、そのうえでさらに裏切って無罪放免で赦されようとしている。 なかなか都合のいい話だと思わない?」


 「確かに、ずいぶんと運のいい子だわね。 そういう立ち回りがうまいのかしら?」


 「そんなことはないだろうけど…… そうね、しいて言えば、サクラさんのおかげ、ってところかしら。 彼女が赦さなければ彼女は下手をすれば自ら命を捨てていたかも。 こうして伯爵にうまく立ち回れたのもサクラさんのおかげね」


 「しかし、友人とはいえ、自分を殺していたかもしれない相手をゆるすとは、なかなか寛容なお方ですね」


 「彼女はこことは別の世界から来てるもの。 きっと考え方からして違うのね」


 「そうかしら? 前までのあなただったら同じようなことしたんじゃない? 昔は可愛げがあったもの。 私を見つけるとトテトテ歩いてきちゃって」


 そう言ってヘックスは昔を懐かしんだ。

 それは十年以上昔のことなのだがそのころから彼女は老けることなく若々しいままである。

 実を言うと彼女は魔族で、ディーナが幼いころからミレッジ家に仕えている。

 そのころから気まぐれで無礼極まりないのだがどういうわけか誰も暇をやらないのである。

 立場はうえでも後輩にあたる生真面目なウルルはそれがわからなかった。


 「その通りかも知れないわね。 いつの間にか随分と狡賢く、物事をひねくれた受け取り方しかできなくなってしまったわ」


 「でも、昔も今もずっと素敵よ。 お嬢さん」


 「お嬢様、だろヘックス!」


 「サクラさんには…… 変わらないでいてほしいわね。 この美しくも残酷な世界に染まらずに」

(シャル) 冷静沈着…… まあそうだな。


(ハリィ) 無愛想…… まあその通りぜよ。


(シャル・ハリィ) でも無感情じゃないよなあ?


(レティシア) なんだよ?


(ハリィ) ウチがチビって言ったらどうする。


(レティシア) 本気で泣かす。 たとえ大人げないと言われようとも泣くまで追いかけまわす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ