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残酷で美しい異世界より  作者: 狼森エイキ
ディア・マイ・フレンド
43/125

密約 1

一話でまとめるはずがまた前後編に……

これで何度目だ……

 王都パリエのほぼ中央、王城の近くにホテル「ル・プラーナ」はある。 

 その豪華絢爛な内装外装に違わず、一泊当たりの宿泊費も高く、まず庶民には縁のないところである。

 上階は人が泊まるところだが、一階はレストランとなっており、そこは一般にも開かれているところで、食事だけする人も少なくない。

 そのレストラン、基本時には大きな部屋に幾つものテーブルと椅子があり、各々席についての食事になるのだが、それとは別に個室も存在する。

 個室は少し小さい部屋で中の様子は外に聞こえなくなり、完全に密室となる。

 ついでに言うと、ホテルの従業員の客に対する守秘義務は徹底されており、利用客の情報が外部に漏れ出ることは無い。

 ゆえに、その個室はただ食事をするためだけに利用されることというのはまずなく、機密性の高い会談などに使われる。

 例えば、貴族間のおいそれと人様には聞かせられないような話しなど、である。

 さて、今回その個室、通称VIPルームを利用するのは二人の貴族、一人はディーナ=ミレッジ子爵。

 父親のミレッジ辺境伯が王都からはるか遠くの自身の土地を治めていることもあり、その父親と王都との橋渡し役に任ぜられている。

 今回はメイド長であるウルルともう一人、おかっぱで黒髪のメイド―――シノブがそばに控えている。

 他所の、それも敵対している貴族との会談なので、ボロのでなさそうな落ち着き払った二人を控えさせている。

 その対面にいるのはバリック=レード伯爵。

 早くに病で亡くなった父親の跡を継ぎ二十五歳でその伯爵の座に就いた若手貴族である。

 それでいてそこからの七年間滞りなく仕事を行えているのだから、なかなかどうして優秀な青年であると言えよう。

 しかし、今の地位にいられているのは残念ながら本人の力だけではない。

 派閥工作や領地の切り崩し、相手が若く経験に乏しいほど老獪な年長貴族の付け入る隙を生み出しやすい。

 とはいっても一概にそれが悪いこととは言えず、彼に関していえばドロル侯爵と仲良くなったことで、国の一大派閥の仲間入りを果たせただけでなく、その侯爵の威光によって自分に茶々を入れてくる者はだいぶ減った。

 もっとも、その代わりに今回のように面倒ごとを押し付けられることも少なくはないが、そういう面倒でリスクのある役目は若手の務めのようなところもあるので仕方ない。

 自分と自分の家が頭数には入っていても優先度の高いものではないことをバリックは知っている。

 ゆえに、旗色が悪くなった場合、侯爵も派閥の人間も迷わず自分を切り捨てるだろうことは想像に難くなく、ここでの立ち回りがレード家の行く末を決めるといっても過言ではないだろう。

 ちなみに彼の後ろには父の代からの古参の執事が控えている。


 両者が席に着いたことを確認すると、まずはディーナが口を開いた。


 「まずは、お忙しい中このようなお食事に招待したにも関わらず、遅れてきてしまったこと、心からお詫び申し上げます」


 そういってディーナと二人のメイドは頭を下げた。

 対立する貴族同士の会談、それだけでも重苦しいというのに、ディーナは言うに事欠いて遅刻してきたのだ。

 といってもおよそ十分も遅れてきていないし、そもそもこの世界は現代日本のように時刻にうるさいわけではない。

 もちろんできる限り時間には正確であるべきだし、遅れたら謝意を示すのは当たり前のことなのだが、馬車で移動してくるわけだから時間通りに来れないことなどままあることである。

 だから、この程度の遅刻は誤差の範囲と言えなくもない。

 なので、


 「いいえ、お気になさらず。 顔を上げて下さい。 せっかくの食事の席です」


 と相手も許すのがマナーというものである。

 内心苛ついていても、食事の席でそれを表に出すわけにはいかない。

 もっとも、お互いただ微笑ましく食事をしに来たわけでは決してないのだが。

 

 「本当に申し訳ありません。 家のほうで少々問題がありまして」


 「ほう、問題……ですか?」


 「先日、私のお屋敷にコソ泥が入りまして…… まあ被害が出る前に処理したので問題ありませんでしたが、結構屋敷の中やら庭やらが散らかってしまいまして」


 「ほう、それはお気の毒に」


 もちろん、コソ泥とはレードが放った刺客のことだろう。

 しかし、それを首謀者が認めるわけもなく、そもそも関わったという証拠などあるはずもないのだからバリックは知らぬ存ぜぬで通す気でいる。

 

 (それにしても、遅刻の謝罪という自然な流れからこちらに揺さぶりをかけてくるとは…… やはり聞いていた通りただの貴族の箱入り娘ではないらしい……)


 得てして貴族の令嬢というのは知識はあっても世間知らずな面があるのだが、ディーナに限って言えばそれはないらしい。

 過去に冒険者として活動した経歴ゆえか。

 いずれにしても盤外戦術という形で、すでに水面下では戦いが始まっているらしく、バリックは心の中で気を引き締めた。

 すると、そのタイミングを見計らったかのように料理とワインが運ばれてきた。

 給仕とソムリエが料理とワインについて説明をしながら皿を運び、ワインをグラスに注ぐ。

 そして二人が下がると今度はウルルが主人の元に近寄った。 

 目が見えないディーナのためにグラスを彼女の手元まで運んだのだ。

 そのワイングラスを受け取るとディーナは少し困ったような顔をした。


 「さて…… 今日は何に乾杯したら良いのでしょう?」


 「二人の若き貴族の未来に…… ではどうですかな?」


 「ではそれで」


 ディーナはグラスを高く上げ、バリックがそれに自分のグラスを軽く当てた。

 それからは他愛のない会話が続いた。

 それらは大したことのない話に聞こえるが、一体どこにどんな仕掛けがあるのか、バリックは二十年物のワインに酔いしれながらもしっかり頭を回転させる。

 その時点でディーナのペースに乗せられつつあると言えなくもないのだが……

 

 「そういえば…… この間わたくしの家のメイドが面白いものを見たようですよ?」


 「面白いもの?」


 「ええ? なんでも冒険者同士のイザコザだとか。 憤慨した冒険者の片方が凄まじい火柱を上げて相手方を焼き尽くしてしまったとか……」


 「そ、それは知りませんでした…… まあ、冒険者どものイザコザなど日常茶飯事と伺っております。 さして珍しい話とも思えませんが、何が面白いのでしょう?」

 

 それ以前に人が丸焼きになったなどという話を食事の席でしないでもらいたいところである。

 しかし、バリックはそれを指摘しない。

 何せ今、この令嬢がしている話はまさにこの間の出来事のことであり、おそらく、この席の本題ともいえる話だからである。

 バリックは自分の家の使用人と相手方の冒険者のパーティーのメンバーの一人が顔見知り、いや親友であったということを聞き、この計画を練った。

 リナを使ってそのメンバーを引きずり出し、それを人質にしてパーティーのほかのメンバーやリーダーを捕らえ、殺す。

 さすがにリナに人殺しをするだけの度胸はないだろうから、裏で雇った山賊にこれまた非正規で入手した武器を渡して。

 リーダーを殺せればパーティーは存続の危機になるし、メンバーが死ねば、所詮少女らの集まり、精神的なダメージを与えられるだろう。

 ついでに彼女らをディーナの屋敷が遠ざけることでディーナへ、ひいてはミレッジ家への攻撃を容易くする。

 別に暗殺したいわけではないし、返り討ちになる公算もあったが、相手に損害を与え、派閥へ敵対することへの警告ができれば目的は果たせたと言えるだろう。

 しかし、結果だけで見れば物的損失は多少あってもほぼ無傷でこちらを壊滅させられるという形になった。

 この結果を鑑みるに、彼の見通しは甘かったと言わざるを得ない。


 「面白いというか…… 美しかった。 という感想のほうが正しいようですね。 なんでもその火柱が絵画の『地獄の炎龍』にそっくりだったとか。 残念です。 私も目が平気なら視てみたかった」


 『地獄の炎龍』とは三十年ほど前に発見された油絵である。

 およそ三百年ほど前の絵画であるとされ、詳しい背景はおろか作者すらも不明であるという謎の作品である。

 詳しいことがわからない以上鑑定して価値を確かめるということができないのだが、絵に描かれている、一面に広がる禍々しい赤黒い地獄の炎とそこから逃れるように天へと逃れる龍の力強さゆえに多くの人を魅了している。

 バリックも何度か見たこともある絵なのでおおよそ、どんな情景だったのか想像できた。

 

(さて、ここから話をどう膨らませていくのか……)


 基本スタンスは知らぬ存ぜぬだが、もし向こうが何らかの譲歩を持ち掛けた場合には暗に肯定、こちらも何らかの譲歩をして両者痛み分けというのも悪くない。

 もちろん、あくまでも向こうが下手に出ることが大前提だが。


 「確かに残念でしたな。 私もできるものなら見てみたかった」


 「ええ、まあ、傍観者でいられるから美しいなどと言っていられるのですが。 運悪く巻き込まれた人がいなかったようで何よりです」


 「確かに。 まあ、人も寄り付かないような洞窟ですからな」


 「へぇ…… 洞窟ですか? それは初耳です」


 「え? しかし先ほど……」


 「言ってませんよ? 何処で、なんて?」


 「ではどこかで聞いたのを聞き間違えたんでしょうな。 聞きかじるとこういうことになる」


 「先ほどは知らなかった、と仰っていましたが?」


 ちょっとした話の矛盾から一気に畳みかける。

 バリックはそのスピードに押され、考えをまとめる余裕さえなくなっていた。

(ウルル) 言うまでもありませんが、いつものようにお酒をガブガブ飲んではいけませんよ?


(ディーナ) そんな!? 貴女は私の最大の楽しみを奪うというの!? なんてひどい!


(ウルル) 貴族間の公式な場なのですから楽しみは我慢してください。 その代わり、ワインはそこそこお高いものをオーダーしておきましたから。


(ディーナ) お酒は質より量でしょう!?


(ウルル) 貴族の淑女のセリフとは思えないのですが!?


(シノブ) まるで町の酔っ払いオヤジじゃな。 もう少し美味い酒の味という物も学んでほしいんじゃがのう。


シノブ、初台詞がまさかの後書き。

ちなみに彼女は「のじゃっ娘」

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