罪と赦し
(ライラ) 暇だ……しかし、退路は守らなくてはならないし……
ワオォォォォン!!
(ライラ) 遠吠え? ! まさかトリナ?
ワオォォォォン!
(トリナ) どこかで狼が吠えてる。 ! 今何か失礼なことを言われた気が……
やはり野生の勘には優れている模様。
山賊の親玉は陥落、子分たちも全滅、残すところは理名ただ一人。
彼女にレティシアたちをどうこうできる力などあるはずもなく、相手に一切痛手を負わせることも出来ずに、完敗した。
「クロエ、とりあえずこれでも着ておけ」
そう言って、レティシアはコートを渡そうとする。
しかし、
「いらなぁい。 アンタのだったら小っちゃすぎでしょ~」
と、茶化し半分でそれを固辞したクロエ。
それに対し
「……出がけにハリィにまだ外は寒いだろうからと寄越された。 まったく、あいつの気遣いには涙が出るよ!」
そう言うレティシアの顔は何とも不機嫌で、その結果何とも言えない空気になってしまった。
さしものクロエですら何も言わずにコートを受け取り、それを着た。
言うまでもなく、レティシアとハリィの身長差ではコートがブカブカなのは確定的に明らかなのだけれど、たぶん悪意はなく純粋に気を遣った結果なのだろう。
だから、レティシアも怒りこそすれ、責めることも出来なかった。
「レティシアさんたちはクロエさんがこの状態でも生きてるってわかってたんですか?」
「ああ、天魔族は基本的に不老不死、首が飛んだくらいじゃ死にはしない」
首が飛んだくらい……かなり大事であるし、実際どれほど傷の治りが早い生き物でも首と胴が分かれれば大概死にそうなものである。
つまり、クロエはその点でいうとかなり非常識な存在であるといえよう。
「だったら言っておいてくださいよ。 感づかれたらどうするつもりだったんですか?」
「気づかれなかったじゃなぁい? それにぃ、まさか私がこんな状態で生きていられるなんて考えもしないわよぉ。 まあ、さすがに瞬きしているのがバレたら不味かったかもだけどぉ?」
「瞬き?」
「ああ、それでやり取りしたんですよ。 まあ、一方的に指示されるだけでしたけど」
「指示って瞬きでどうやったのさ。 おお、お嬢これ結構面白いぞ?」
シャルが遊んでいるのは≪踊る蛇≫、先ほどまで咲良たちの命を脅かしていたその紐は最早只の玩具になってしまっている。
それはともかく、咲良とクロエが言葉も交わさずコミュニケーションをとれた理由、それは
「手旗信号ですよ」
「手旗信号?」
「今日見てたあれか。 ククルの魔導書に載ってたやつ」
「はい。 手旗の動きを瞬きと目の動きで表現したんです」
手旗信号は左右の旗の上げ下げや左右への振りで文字を表す。
それを目の動きに対応させたわけである。
「へえ、すごいじゃん、今日見たやつもう覚えたのか」
確かに先刻覚えたものを今すぐ使えるというのはなかなかすごいものである。
「そういえば二人はどこに隠れてたの? 全然気づかなかったけど」
暗がりだったし、周りに気を配っていられる状況でもなかったのだが
「私のはこれ」
そういうとシャルは刀を抜いて、軽く振った。
彼女の刀は振ると水が迸るのだけれど、それがシャルの目の前で壁のように広がっていった。
するとシャルの姿がぼやけて見えにくくなった。
「これも水の型の一つでな、水の膜の裏側にいると反対側からは見えなくなるんだ」
「私はただ気配を消していただけです。 そういうのは得意ですので」
「……ちゃんと正規の目的で使ってます?」
咲良はベルがその特技を邪な目的で使ってないか気になった。
たとえば覗きとか、その一方で深く聞きたくもないなぁと思ったのも確かだが。
「さて、いろいろ疑問が解決したところでこいつらの処遇を決めるとしようか」
「決めるって言っても、子分は全部お嬢が焼いちゃったしねぇ」
「首領に関しては……だいぶ呆けてらっしゃいますしおとなしくついて来てくれるでしょう。 あとは……」
後に残ったのは理名だけだ。
「あの…… 理名ってどうなるんですか?」
「……その前にディーナとあいつの主人の因縁について話しておこう。 この国の貴族は二つの派閥に分かれている。 あいつの主人、レード伯爵が所属しているものと、ディーナの父親が所属しているもの。 ひいてはディーナもレードと対立しているわけだ。 今回の一連の事件もそいつが仕組んだことだ。 私たちをディーナから遠ざけ、その隙に攻勢をかける。 少々荒っぽすぎたが」
「そんな派閥争いに巻き込まないでほしいですね」
と、口に出す咲良ではあるが、まあ、ああいう手合いは使えるものはなんでも使うだろうが、とも思っている。
少々達観しすぎである。
「つまり何が言いたいかというとな。 この件には貴族が絡んでる。 それも大元をたどっていくと大貴族にまで届くほどにだ。 さて、それを踏まえた上で、だが、こういった場合の罪人の末路を教えよう」
罪人、と言う言葉に少しどきりとした咲良であった。
普通に考えればその通りである。
しかし、親友がその罪人になってしまったというのは胸を締め付けられるものがある。
「まず、その場で斬り捨てられる。 本来は良くないことだが、半ば黙認されていて咎めるものはいない。 ましてや誰も寄り付かない洞窟だしな。 ただ、さすがにこれは我々としても憚れるのでナシだ」
最後の言葉に咲良はほっと一安心した。
いくらなんでも理名が殺されるところは見たくないし、殺されるというのも受け入れがたい。
「次、罪人だとして通報し裁きを受ける。 雇い主の貴族との関係が明るみにできれば酌量も期待はできる。 しかし、その可能性はないな。 何せレードの所属する派閥のトップは国の中枢にも発言できるだけの力を持つ大貴族。 たぶん真実は握りつぶされ、こいつが主犯格としてつるし上げられるだけで終わるな。 その場合は死刑……にはなるまいが投獄か奴隷落ちか」
「それじゃあ、理名を助ける方法は……」
「もう一個だけあるじゃん」
そう言うのはシャルである。
≪踊る蛇≫で遊ぶのには飽きた様子である。
「もう一つとは?」
「お嬢さ、クロエが首だけになって怒ったよな? 頭に血が昇ったよな?」
「? いや、それほどでも……死んでないって知ってたし」
「まあ、そりゃ怒るよな。 仲間傷つけられたら」
「聞けよ」
「例えばさ、仲間を傷つけられた怒りで大暴れした、ってのはどうよ? 周りの人間を焼き尽くして仲間と親玉だけを救い出した。 いや、それは不自然か。 仲間だけ助け出したって方が自然かな」
「それはいいアイデアねぇ。 この子もその時に死んだってことにしましょう? 遺体も残らないほど燃やしたらあとは確かめようもないわぁ。 そうすれば口封じに殺されることもなければ、罪に問われるものもないわねぇ?」
「しかし、その場合、レティシア様は怒りに任せて暴れまわり、重要な証言者を殺したことになりますね? らしくありません」
「別にいいじゃん。 お嬢だってまだ十代も半ばだ。 取り乱すこともあるさ」
「勝手に決めつけないでもらいたいが、まあアイデアは悪くない。 尤もそれを選ぶのはあいつだ」
そう言うレティシアの言葉に反応し皆が理名の方を見る。
当の本人はいまだに呆けているままであるが、自分が話題に上り、かつ選択肢が示されていることにも気づいたようで、
「私は……この場で死んでもいい……どのみち、行くところなんてない……」
「いや、ダメ」
理名の意思を拒絶したのは咲良だった。
「前に話したこと覚えてる? 『羅生門』のとき。 例え悪になるとしても自分が生きていく道をとる、って話したとき、理名ってこう言ったんだよ? 『私は悪に染まってしまうのは嫌だ』って。 でも結局、人を蹴落としてでも生きようとしたでしょ? だからさ、たとえどんなに汚くても、見苦しくても、生きる道を選んだ方がいいと思うよ? 私にできることなら協力するしさ。 あ、でも、あんまり、ヒドイことはしないでね?」
「咲良……なんでそこまで」
「友達だからね」
「咲良……咲良ぁ」
そういって理名は声を上げた泣いた。
咲良はずっと理名を抱きしめていた。
ずっと。
ずっと。
(レティシア) 裏切られても……それでも許すか。
(シャル) 理解できないか? 人を愛するってことがさ。
(レティシア) 愛?
(シャル) ちょっとロマンチック過ぎたか? でも言い得て妙な気がしないか?
(レティシア) 愛……ね。 人を愛するなんて、生まれてこのかた、知らないな。
(シャル) それって、どっちの人生で?
(レティシア) ……さぁね。




