崩壊の足音 SIDE 咲良
前回のあらすじ
(レティシア) 感動の再会は、感動なままであってほしいものだよな
「というわけで、昨日買った服を着てみたんだけどどう?」
私は、アパートの庭先で昨日買った服をライラちゃんとレティシアさんにお披露目していた。
ちょうどいたし、やっぱり魔法師の服装は魔法師に評価してもらいたい。
そうはいっても、上着もシャツもパンツも実用的でおしゃれは二の次なデザインだから、正直お披露目するほどでもないな、という気はする。
唯一、おしゃれに見えるのは魔法師用の薄紫色のローブである。
ダボダボしていてあまり好きではないけれど、何かの時に役立つかもしれないから、一応買っておいた。
で、そのククルちゃんの感想はというと。
「さっぱりわからない」
おっと、これは想定外。
もうちょっと女子っぽいやり取りを想定してた。
ちなみにレティシアさんの意見はというと、
「服装はどうにもならんからな、アクセサリーとかで、そのあたりのアピールをだな……すまんそれっぽいことを適当に言った」
案の定、おしゃれという概念がない冒険者さんからは実のあるご意見は頂けない。
特に、レティシアさんはそういうことに疎いようだし
「そもそも、僕が解ると思う?」
「「思わない」」
ライラちゃんのローブは青っぽいグレー、これはたぶんくすんでしまったと推察される。
加えて髪型は無造作、寝癖もある。
容姿に気を配る人とは思えない。
「フッ、普段から見た目に気を配らないからそういうことになる……」
そう嘲笑うククルちゃんはサッと分厚い本を取りだした。
「それは魔導書?」
いつぞやライラちゃんから渡されたもの……だけれど少し装丁が違う。
「ククル、それってスリーミニストリー出版の?」
「そう、ライラの持ってる本当に魔法の呪文しかないロックウェーブ書店のものとは違う」
そういって魔導書のページをペラペラと捲った。
「ホラ、このページの特集とか見てごらん?」
「『今、紫がアツい! ロングローブでみんなの視線を独り占めしちゃお!』 なにこれ?」
「『スリーミニストリー出版魔導書、第37版 21刷』」
「なにこれ?」
「そう、よくある魔導書も出版社によって個性が出る。 特にそれは各国の魔法師が重用してきたベストセラー」
「じゃあ、ライラちゃんのは?」
「魔法とその呪文しか書かれていないお堅いもの」
魔導書ってそういうものじゃないの?
「教科書と資料集くらい違うな。 必要なことしか書いていないか、読者に興味を持ってもらえるような工夫がされているか、ってところか」
レティシアさんの例えはわかりやすい。
やっぱり同じ世界にいた経験があるとこういう時助かる。
「いろいろ書いてあるよ? 例えば手旗信号のやり方」
そう言うとククルちゃんは白衣の内ポケットから白い旗を二本出して、上下にせわしなくはためかせる。
なに? 解読しろと? ええっと……
「「トリナはおととい、チンピラに絡まれ半殺しにした」」
早いな!
こっちが本を見ながら解読しているうちに二人が解読してしまった。
これは、動きに対応する言葉を覚えたほうが早いや。
「というか、また揉めたのか。 懲りないな、チンピラも」
「そうだね、喧嘩吹っ掛けちゃダメだって、学習しないのかなチンピラも」
トリナさんをどうにかすることは諦めているらしい。
まあ、トリナさんがその辺のチンピラとやりあったら正当防衛を主張できない。
過剰防衛すら怪しく、下手すると喧嘩売られたのに暴行罪になりそうだ。
女の子なのにちょっとかわいそうだけど仕方ない。
「では第二問」
いつの間にかクイズ大会になってしまった。
まあいい、覚える練習になる。
何々?
き、の、う……く……ろ
あ、わかったかも
「「「昨日、クロエが……」」」
「?」
「「うわぁ!!」」
「なんだクロエ来てたのか」
「まあねぇ」
いつの間にやらクロエさんが来てバックをとっていた。
まったく気配を感じなかった。
なのでいきなり、話しかけられてみんな驚いてしまったわけだけど、レティシアさんだけはその素振りを見せなかった。
何たる強心臓。
でも、一般人には心臓に悪いから遠慮してほしい。
「で? 私が何だっていうのぉ?」
まずい。
先の話から察するに中身は知らないけれどたぶん、クロエさんの恥ずかしいエピソード的な何かなんだろう。
しかし、それがバレた場合、彼女がどんな反応をするのか……
たぶんいつもの数倍はおっかない黒い笑みになることは想像に難くない。
「いや、僕らがじゃなくてククルが手旗信号で君のことを」
「言ってないよ? 昨日黒のパンツを咲良が買ってたよねっていう話さ」
「「あ! ずるい!!」」
「ふぅん…… それが昨日買ったていう?」
「はい、似合ってますか?」
クロエさんはまだ引っかかっていたようだけれど何とかして話題を反らすことができた。
「ちょっとダサくなぁい?」
「冒険者なんてこんなものだろう。 ゴスロリで野を行き森を行くお前のほうがどうかしてる」
「ふぅん…… でもねぇ…… どうしてうちのパーティーはこう飾りっ気がないのかしらぁ? リーダーのせい?」
「知らん。 人のせいにするな」
「よし、決めたわぁ。 アンタちょっと付き合いなさいな」
そういうと、クロエさんは私をお姫様抱っこして大空へと飛び立った。
「え? え? ええええええええ!?」
――――――――――
クロエさんが降り立ったのはとあるお店の前だった。
洋服店なのだけれど、前に私が行ったところとは違ってお高いお店。
それも私の手持ちで買えるかどうかレベルのグレードで……
「別にいいわぁ。 あんたのその芋っぽい恰好が気に入らないから私が勝手にやってることだものぉ」
ということでそれから小一時間、私はクロエさんの着せ替え人形になった。
「別に普段着ろなんて言わないわよぉ? でも、たまにはそういう格好もしなさいって話。 服は人の内面を移すっていうでしょぉ? ダサい服ばっか着てると性根もダサくなるわよぉ?」
「肝に銘じておきます」
ちなみに黒ばっかり着ている貴女はどうなんですか?
腹ん中真っ黒ってこと?
『あ! 咲良じゃん! 思ったより早く会えたね』
後ろから話しかけてきた声の主は理名だった。
今日も今日とて彼女はメイド服。
またお使いの帰りとかかな?
などと考えていると、
「誰ぇ、この女?」
『誰? このきれいな人』
双方向から同じ質問が飛んだ。
さて、不味いことになった……
――――――――――
案の定というべきか理名、クロエさん、私でお茶をすることになった。
場所は理名に案内されたオープンテラスの喫茶店。
なかなかオシャレなところを知ってるじゃないか。
などと感心するが、しかして、お茶会のその裏には理名が、私を安心して任せられる仲間かどうか確かめるという目的が隠されている。
何故、理名が親のような目線なのかが気になるところ。
「で、貴女から見て咲良はパーティーに馴染めていますか?」
家庭訪問の親か。
「大丈夫じゃなぁい? 子供じゃあるまいしぃ。 上手いことやってるんじゃなぁい?」
ええ、何とかね。
「なるほど。 因みに貴女は咲良のことをどう思っていますか?」
恋人の両親からの質問?
「べつにぃ? 邪魔だとは思ってないわよぉ?」
言い方に毒がある。
「昨日も思ったんですけど、咲良っていてもいなくても、って思ってます?」
直接的に聞くなよ。
「そうねぇ…… まぁパーティーに来て日が浅いしぃ? 戦力としては勘定に入ってないわよぉ」
そろそろ私泣くぞ。
「咲良はどう? 正直パーティーにいたい?」
「え?」
迷っていると三人分の飲み物が運ばれてきた。
パーティーにいたいかどうか。
そもそも私が何故冒険者をやってるかというと、単純に食い扶持がなかったからだ。
当時はこの世界の言葉をわからなかったわけで、そうなると、就職活動どころの話ではなく、その日の暮らしにも苦労することだろう。
ゆえに日本語がわかる人がいて、かつ事情も分かっている人がいる今のパーティーにいるわけだ。
では今はどうか。
言葉がわかるから、ほかのところに就職は不可能ではないかもしれない。
住居も、住み込みの仕事があるし。
しかしだ。
私は一口飲み物を飲んでから、
「できるならパーティーにいたいと思うよ。 今でも」
「へぇ……」
「そうなの」
クロエさんは嬉しそうな顔を、理名は険しそうな顔をした。
「そっか、それは残念」
残念?
冒険者が嫌だと言ったら、ウチで働かない?とか言ってくれたんだろうか。
住み込みメイドか。
住み込みは魅力的だけど、ディーナさんのお屋敷のメイドさんを見ると、結構……大変そう……
……何?
……急に……意識が……ふらつく……?
瞼が重い……
力が入らない……
「あんた…… 何入れたのよ……!」
隣にいたクロエさんも同じような状態になっている。
座っていることさえできず、両腕で何とか体を支えている。
しかし、それも叶わず、私はテーブルに突っ伏した。
そして意識を失うその今わの際、理名を捉えたが、その視界は歪み彼女の表情を窺い知ることはできなかった。
(咲良) よかったんですか? 結構高そうな服だったんですけど?
(クロエ) 意識改革のための投資よぉ。 一人ずつそうやって服装への意識を変えて外堀を埋めるのよぉ。
(咲良) 外堀? 最終目標は何ですか?
(クロエ) レティシアにゴスロリ着せること。 似合いそうでしょぉ?
(咲良) ……わかる。
―――――
(レティシア) わかるな!!
(ククル・ライラ) !?




