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残酷で美しい異世界より  作者: 狼森エイキ
ディア・マイ・フレンド
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その裏にあるもの

(咲良) そういえばローブの色の流行りってどうやって決まるんでしょうね?


(ベル) どうやってみんなが同じ色を着るようになるか、ではなく、みんな流行りの色を知ってから着出すんです。 その結果みんな同じ色を着るので本当の流行の色となります。 服の流行りなんてそんなものですよ。


(咲良) ファッション雑誌で流行りを見ていた私は……


(ベル) 踊らされていただけということですね。

 その日の深夜、ベルはレティシアの部屋を訪れていた。


 「以上が今日起こった出来事の顛末です」


 「盲点だったな、まさか王都にいたとは。 それでいて今日まで出会わなかったんだから、世界は広いのやら狭いのやら」


 「私たちは彼女たちの顔を知りませんし、向こうもレティシア様の顔を知りません。 すれ違っていても気づかないかもしれませんね。 もしくは今までほとんど外出していなかったとか」


 「そうだな。 独学でこの世界の言葉を習得したようだから、それまでは外出しないほうが身のためかもしれないな。 それで言うと、そいつの主人はずいぶん目をかけていたようだな」


 この世界において、福利厚生という概念はない。

 正確に言うと、就職するときに採用する側は労働者に最低限の生活の保障をする義務はある。

 しっかり休みを取らせること、賃金の保証、産休など。

 しかし、その手厚さは現代日本に及ばないし、義務とはいえ法律でも何でもないから、破ったとしても究極、咎められることはない。

 まして、貴族の使用人ともなれば役立たずを雇うことはまずない。

 そういう観点でいえば、大和理名の主人は言葉が通じない少女を雇い、言葉を教え、仕事も教えて、とかなり面倒を見てきたことになる。

 

 「まあ、そういうことを平気で行う好人物も貴族にはいるのだがな」


 貴族というとプライドが高く、独善的な考え方をするものが多いがそうでない者も確かにいる。

 それこそディーナ=ミレッジなどその好例だろう。

 だからそういうものだとレティシアは自分を納得させようとしていたのだが、


 「その彼女の主人なのですが、おそらくレード伯爵ではないかと」

 

 その言葉にレティシアはわずかに顔を顰めた。


 「レードとはバリック=レードのことか?」


 「はい、彼女のメイド服についていたバッジ、その家紋がこん棒とナイフを交差させたものでした。 レード伯爵家のものと一致します」


 「あいつはドロル侯爵のお友達じゃなかったか? はあ、なんだか一気にきな臭くなってきたな」


 レティシアがため息交じりに嘆きたくなるのも仕方ない。

 貴族社会において、自らの権威を知らしめるものはいくつかある。

 自分の領地の広さとそれに伴う経済力。

 自らの家の歴史、当然深いほうがいいに決まっている。

 そして派閥。

 いつの世、どこにおいても権力者というのは徒党を組んでいるものである。

 それは異世界も変わらない。

 この国においては主に二つの派閥が存在する。


 一つは、王都やその周りの領地を多く持つ派閥。

 所謂主流派なのだが、こちらは家の歴史も深く、やや領地は小さめのところが多いが、力も強く、国への影響力を持つものも少なくない。

 国の中枢に近いだけあって我らが国の中心としてこの国を支えているという強い自負を持つ。

 その筆頭がドロル侯爵家現当主マルコ=ドロルであろう。

 齢七十二歳にしていまだに現役の貴族としてその辣腕を振るう老獪な人物である。

 国といくつものパイプを持ち、冗談抜きで国政に口出しできかねないような男でもある。

 バリック=レード伯爵もこの派閥に所属している。

 

 もう一方は王都から離れた土地に領地を構える派閥。

 いうなれば傍流派となろうか。

 辺境にあって常に外敵からの侵略の可能性にさらされているためか、武力による実力主義を唱えるところが多く、我らこそ国を守っている砦であるという自負を持つ。


 と、わかりやすく言うと王都周辺に領地を構える、由緒正しき貴族と辺境に領地を構える脳筋貴族の二つの派閥があるということである。

 エリートとたたき上げといった方がいいかもしれない。


 さて、ではディーナ=ミレッジはどちらの派閥か?

 どちらかと聞かれればどちらでもない。

 そもそも、本人は実家が「貴族だった」というだけであり、家を継ぐ気にもなれなかった。

 長男、次男が家は継ぐだろうし、姉も嫁に行った。

 本来ならば自分も嫁ぐところなのだが、選りによって冒険者になった。

 レティシアと同じパーティーである。

 というのも、貴族の派閥の抗争などがめんどくさいというか嫌いだったのだ。

 父親も父親で豪放磊落な人物で「好きにしたら良い」と笑顔で送り出してくれた。

 そのあと、彼女は仕事中の事故で目と足が不自由となった。

 そんな彼女に対して父親は王都での国と地方にいる実家との橋渡しを任せた。

 しかし、彼女が自分と対立することにならない限り、かなり勝手にさせている。

 辺境に領地を持つミレッジ伯爵は当然、王都の主流派とは対立しているが、その娘はそんなことに興味がないのだ。

 しかし、それを聞いて「はい、そうですか」ともならない。

 娘の懐柔、篭絡、瑕疵を負わせる。

 彼女を起点に父親にまで手を伸ばそうという者は多く、結果ディーナは本人の意思とは関係なく派閥抗争に巻き込まれてしまっているのである。

 当然、ディーナがかつて冒険者であることも、彼女がどこにいたかもすでに調べがついていることだろう。


 「まさか、今回の再会も仕組まれたもの……なんてことはないよな?」


 やや穿った見方ではあるが、その場合冒険者になって、それ以前にこの国、この世界に来て日が浅い咲良からこのパーティーの切り崩しを考えていることになる。

 さすがに、異世界から来たということを信じられているとは思えないが、言葉を覚えたばかり、この世界の常識を知らず、当然、貴族間の関係も知らないと簡単に想像できる咲良という存在は付け入る隙としてはあまりに大きい。

 そんなレティシアの危惧をベルは首を横に振ることで否定する。


 「少なくともヤマト=リナはサクラさんの存在を知らないようでした。 演技ということでもなさそうです。 あの店にいたのもお使いの帰りの寄り道で本来の予定になかったようなので、少なくとも今回の一件に関しては何者の関与もないと思っていいでしょう」


 「今までは……だろ?」


 「一応リナさんにはサクラさんとの関係をみだりに他人に明かさないように釘は刺しましたが、気取られるのも時間の問題でしょう。 やっと再会できた友人のことを秘密にするというのはいささか不自然ですし、それ以前に店の中で騒いでしまいました。 早晩バリック伯爵の耳に入ることでしょう。 それ以前に彼女がごまかしきれるとは思いません」


 「むしろ面倒なのはこれからか。 しかし、あまり関わるなとも言えないしな……」


 何も起こらないでほしい、そんな叶いそうもない希望的観測を心の中で唱えながら更けていく夜の街を眺めるのだった。



――――――――――



 「フーン、フフ―ン、フフ―ン」


 「ずいぶんとご機嫌ですね。 リナさん」

 

 「あっ! すいません婦長様!」


  鼻歌交じりに食器を片づけていた理名の前にレード家のメイド全員を取り仕切る、メイド婦長が現れた。

 このメイド婦長は理名に言葉はもちろん、礼儀作法やここでの生活、仕事、この世界に生きるためのすべてのことを彼女に教わった。

 彼女にとって婦長はバリックと並ぶ恩人である。

 と、同時に理名が最も恐れる人物である。

 理名の出自に関係なく、仕事には一切の妥協は許さない。

 何か粗相でもしようものなら容赦なく叱責が飛んでくる。

 しかし、理名が彼女を憎むということは決してなかった。

 仕事だったからとはいえ、何も知らない自分に根気良く付き合ってくれて、ここで働けるほどに引き上げてくれた。

 決して諦めて見捨てなかった。

 それがどれほど大変か、自分には察するに余りあるというものである。

 だからこそ、理名も慣れない仕事にも一生懸命取り組んできたのである。

 だからこそ鼻歌交じりはちょっといただけないのだが。


 「別に楽しんで仕事をするのは良いことです。 しかし、ご主人様やお客様の前で同じことはしないでください」


 「はい! すいませんでした!」 


 「楽しそうなのは今日のお使いの寄り道でのことですか?」


 「ハイ! ……あ! すいません……」


 急ぎのようではないとは言え、寄り道は褒められた行為ではない。

 そのことを咎められているのだと思って理名は勢いよく頭を下げた。


 「わかればよろしい。 で? あの方たちが前に話していた友人ね?」


 その問いに答えるべきか理名は逡巡した。

 それはベルからあまり咲良との関係を明かさないように言われたからなのだが、しかし、この屋敷の人間のほとんどは理名の事情も友人と離れ離れであることも知っている。

 今更否定するのは苦しいとも思う。

 ベルは絶対明かすなと言っていたわけではないし、婦長やご主人様に教えてくくらいならいいのではなかろうか。

 ということで。


 「ええっと、人族の方はそうです。 獣人の人はその子の冒険者仲間というか……」


 「そう…… よかったわね……」


 それだけ言って婦長はどこかに行ってしまった。

 そのそっけない態度に何か間違えたような気がしたが、それを確かめる手段もなく、食器の片づけへと再び意識を向けるのだった。

来週の投稿はお休みします。

申し訳ありません。

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