マイスイート アンド ビターメモリー
今回で二章の番外編は終わりです。
今回の主人公はまさかの……
(クロエ) 番外編なのに本編より長いじゃなぁい?
護衛の冒険者たちがオーク退治に行っている間、残った者たちはけが人の手当てや復興の手伝いなどをしていた。
魔力も有限、食料や薬品も有限だが、幸運にもアルフォンソらは出し惜しみはしなかった。
もちろん自分の商売に影響しない範囲で、であるが。
そのアルフォンソは村のはずれの墓地へと足を運んでいた。
その右手には花束が握られている。
アルフォンソはある墓石の前に来て、花を供え、目を閉じて故人を偲んだ。
「あらぁ? どっかにいなくなったかと思えばこんな時にお墓参りぃ?」
その最中、どこからか横やりが入った。
祈りを中断し声のする方へ顔を向ければ、黒ずくめの女性が立っていた。
クロエさんとかいう冒険者の一人、確か魔族だったな……とアルフォンソは記憶を呼び起こした。
彼女はさも、面白いものを見たとばかりにニヤつきながらこちらに歩いてくる。
「キキョウの花ねぇ? なかなか素敵なチョイスじゃない?」
「そんなんじゃありませんよ。 薬草の原料になるので運んでいただけです。 私が個人に買い付けたものですからどう使おうと自由でしょう? 人が死にそうなのを黙って見ているわけにもいきませんし」
「別に責めたつもりはないけどぉ」
「アルフォンソさん?」
視界の右側に青年を一人とらえた。
農作業で日焼けし、筋肉質な青年であった。
「アラン君!! 大変だったね。 怪我はなかったかい?」
「ああ! このくらいでやられるほどヤワじゃないさ! 俺が向かったころには粗方オークどもは退いて数体しか残っていなかったけどな」
「生き残ってくれて何よりだよ」
「でも、仲間がたくさんやられた。 女たちは連れ去られたし、村も存続できるかどうか…… こんなんじゃ生き地獄かもな」
「別にいいんじゃなぁい? 人生、生き残ったもん勝ちよぉ?」
「? アルフォンソさん、この人は?」
「ああ、今回私たちの隊商の護衛をしてくれているクロエさんです。 クロエさん、こちらはアラン君、この村の住人でとある縁で仲良くさせてもらっています」
「縁ってぇ?」
「俺の母さんとアルフォンソさんが古い友達なんだよ。 だから、こうして村に来るたびに墓参りに来てくれるんだ」
「へぇ……」
「アラン君、畑の作物は無事だったかい? 余裕があるようなら買い取るよ?」
「!! そうか? わかった! 今持ってくる。 いつも悪いな」
そういうとアラン青年は建物の多いほうへ駆け出して行った。
「ずいぶん優しいのねぇ?」
「彼の母親が亡くなっていると言いましたが、その前にすでに父親も流行り病で亡くなっていました。 つまり彼は天涯孤独の身。 多少助けてやりたいっていうのが人情でしょう? ましてまったく赤の他人というわけでもありませんし」
「あなたってぇ、なんか疚しいこととかあると口数増えるタイプぅ?」
「え?」
「駄目ねぇ、商人が癖見抜かれちゃあ」
「別に疚しいことなどありませんよ」
そう言いつつアルフォンソは自分でも背中に冷や汗をかいているのを自覚していた。
悪さを見つけられて問い詰められているようだった。
「そぉ? 私としては結構腑に落ちたことも多いんだけどぉ」
「何がです?」
「まずはこの村に来る理由、そりゃ行商目的だろうけどぉ、それだけじゃないわよねぇ? 墓参りと、彼に会うためよねぇ?」
「……」
「『いつも悪いな』って言ってたしぃ、結構贔屓にしてるんじゃなぁい?」
「この村の作物は結構人気ですよ。 彼のもそう。 良いものは多く仕入れる、商人の基本です」
その答えにクロエはそう、とだけ返した。
アルフォンソにはその表情が読み取れない。
いたずらっぽい笑みではあるが、なかなかどうして頭は切れるらしい。
「次にぃ、あなたとこの墓の主が知り合いって話。 母親と友達ってのがねぇ……」
「いけませんか?」
「別にぃ? 無いとは言わないけどぉ、わざわざ墓参りに来るってことはぁ、ただの友達ってことでもないんじゃなぁい? ここ結構王都から遠いわよぉ」
「……」
「そもそもこの村への入れ込み具合がすごいわよねぇ? 人情で助けるのは立派だけどぉ、商人としては良いとは言えないわよねぇ?」
クロエのいうことはもっともだ、とはアルフォンソも思う。
己の利益を希求する商人にとって人情は時に致命的になりうる。
利益を無視して人情で物を出すのが悪いことではない、がそんなことを続けていればいずれ破滅する。
結局損は自分の首を絞めることと同義なのだから。
「あとぉ、これは想像なんだけどぉ? あなたとあいつ、他人じゃないわよねぇ? 耳の形似てるわよぉ? それにぃ、アランとアルフォンソって似てるしぃ」
どきり。
さしものアルフォンソもその指摘には驚かされた。
耳が似ている。
自分はそう思っているが他人が、アランですら気づかなかったことに気づけるのか?
カマをかけているのか?
いや、この人はおそらくすべてわかっている。
「お察しの通り、私と彼は親子です。 しかしそのことを知っているのは私とここに眠る彼女だけです」
それから彼は話し始めた。
自分の身の上話を。
「私は商人の家系に生まれました。 私の商売も父から継いだものです。 私は子供のころから自分が父親の後を継ぐものと信じていました」
その決心が揺らいだことは一度もなかった。
だから彼は学校に通い、必死に学んだ。
この世界のこと、算術、人との付き合い方。
そんな彼に転機が訪れた、それは自分が最高学年だった時の事、
「何というかその…… 初めて恋をしまして……」
「へぇ……」
アルフォンソはてっきり、クロエが恋と聞き、一笑に付すとばかり思っていた。
しかし、彼女は表情を変えずに自身の身の上話に耳を傾けている。
「相手は自分より三年下、彼女の父親は町で仕事をしており、裕福とは言えずとも幸せに見えました。 それからほどなくして彼女と話す機会を得ました。 しかし、私は彼女と目を合わせることもできなかった…… 商人になろうという男が、です」
甘酸っぱい青春の記憶というやつである。
しかし、そこは腐っても商人の卵、腹をくくってからは早かった。
「私は彼女に交際を申し込みました。 そして彼女は受け入れてくれた。 交際が始まりました」
その時間は今思い返しても人生で一番幸福な時間であったように思う。
しかし、それは長くは続かなかった。
「私が卒業してからも交際は続きました。 彼女が卒業してからも。 しかし、彼女が王都で職を見つけるころには私はあっちこっちを旅して行商をしていました。 彼女と会える時間もまた減っていきました。 お互い結婚なんかも考え始めたんですが、自分のことで精いっぱい、とても切り出せなかった」
アルフォンソにとって商人になるのは夢、それにまい進するのに一生懸命すぎた。
そして彼女が卒業してから三、四年がたったころ、
「あるとき、私が王都に帰ると、彼女がいなくなっていました。 近所の人に聞いたら田舎に帰ったと言います。 父親が亡くなったとも」
いつもすぐそばにあると思って疑わなかった。
近すぎて、なくなるかもしれないことに気づけなかった。
気づいた時にはもう、そこにはない。
「彼女の田舎がどこにあるかはわかっていた。 けれども追うことはしませんでした。 仕事が忙しく、何より彼女に捨てられたのだと思って……」
きっと自分は彼女を大切にしなかった。
捨てられてもおかしくはない、仕方ないと思っていた。
その一方で、仕事に専念できると何とも浅ましいことを思ってもいた。
「それから十数年、同窓生から結婚したこと、子供をもうけたこと、夫に先立たれたこと、そして彼女が亡くなったという話を聞き、この村を訪れました。 そこで彼、アラン君と出会いました。 さすがに驚きました。 貴女も気づかれましたが私と彼の耳の形がよく似ていた。 一目で私の子だとわかりました。 アラン君は私がアルフォンソという人物だとわかると、彼女が書いた手紙を渡してきました」
その手紙を読むまでアルフォンソは彼女の本心を知らなかった。
知ろうとしなかったと述懐する。
「手紙に書かれていたのは、王都を離れることになった経緯、それに対する謝罪、それから私を待てなかったことへの後悔などなどなど。 アラン君はやはり私の子供でした。 私が行商に出ている最中に子を宿していることに気づいたそうです。 同時期に父親が亡くなり母は田舎に帰るという。 相当悩んだのでしょう、結局私には何も言わずに行ってしまった。 私の重荷になりたくないと、母を一人にはできないと……」
彼女は謝罪こそすれそれ以上のことを何も書いていなかった。
アランもアルフォンソのことを知らなかったし、きっとアルフォンソと自分のことは自分の胸の内にしまったまま逝ったのだろう。
「あなたはあのボウヤに父親と名乗り出ていないのね」
その声に反応し顔を見上げると、クロエは先ほどとは違い真剣な眼差しを向けていた。
「……言えると…… 思いますか……? 仕事に取り組むばかりで彼女の事をロクに見ていなかった。 重荷になりたくないからと何も言わず去り、そして私に会うことなく死んだ。 とてもじゃないが私に父親を名乗る資格はない」
「あの子を一人にしてでも?」
「本当の父親がこんなロクでなしだと知るよりかは幾分マシかと」
返答しないアルフォンソに対しクロエは目の前に歩み寄り片膝をついて跪き、両手を胸の前で組み瞳を閉じた。
「アルフォンソ殿、あなたは今まで、恋人とご自分の息子のためにたくさん苦しまれました。 それはご自分の犯した罪、すなわち大切な方を大切にしなかったことによるものです。 しかし、その罪はあなたの苦しみにより私、ビアンカ・クロイツェル=ゼラフィーネの名のもとに赦します。 あとはどうかご自分と、息子さんの幸福のために生きてくださいませ」
クロエの背中から生えているのは禍々しい黒い羽根、服も黒く、その真っ白な肌はいっそ病的な気味悪さすら感じる。
しかしどうしてだろう。
アルフォンソには彼女がすべての罪を受け止める天使に見えた。
「幸福のため…… どうしたらいいでしょう?」
そう問うと、クロエはいつもににんまりとした表情に戻り、
「それくらい自分で考えなさいよぉ、最も、答えは出てそうだけどぉ?」
そう言ってクロエはどこかに行ってしまった。
「あれ? さっきの人、もう行っちゃったのか?」
一人立ち尽くしているとアランが戻ってきた。
その両手には作物が抱えられている。
もう答えは出ている……
その言葉を一人心の中で反芻する。
「アラン君、少し話をしてもいいだろうか?」
キキョウの花言葉:Endless Love 「永遠の愛」
ほかに従順、誠実など




