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残酷で美しい異世界より  作者: 狼森エイキ
間章 2
35/125

幕間 モンド・グロッソ

モンド・グロッソ:イタリア語で「大きな世界」

 「ここで降りろ!? どういうことだよそれ!!」


 ギルド内に若い男の声が響く。

 しかし、ギルド職員の女性たちはやや顔をしかめるだけで、客である冒険者連中は見向きもしない。

 そもそも冒険者は己の実力のみで成り上がっていく職業、だからなのか荒くれものも多い。

 よって、取り分、先述の相違、その他もろもろ結構怒号が飛び交うこともある。 

 もっとも数分以内にはギルドの女性たちが鎮圧してしまうのでそうそう大きな騒ぎにもならない。 

 ギルド職員恐るべし。

 さて翻って、建物内に大きな声を響かせた若き剣士、名をボルトというこの青年は今、お仕事を首になりそうになっていた。

 

 先だってオークの討伐に向かった彼らは、同行したシャル達を出し抜き、自分たちだけで退治しようとして、返り討ちにあった。

 被害として二名が死亡、一名が片腕をなくし、一名が精神的ショックで再起不能となった。

 当然パーティーとしての存続は無理という話になってくる。

 別に個人で活動している者もいるから活動できなくはないのだが……


 「はっきり言う、お前ひとりいたところで足手まといにはならないだろうが、かといって戦力にもならない。 そんな奴に給料払わせるなんて論外だ。 先方に余計な金を払わせるってことだ」


 ボルトやレティシアよりもこの稼業に就いて長いシルヴァは厳しく、突き放すようにボルトに告げる。

 ボルトをこのパーティーから外すべきと判断したのも彼である。


 「でもあの二人は連れていけない。 どうするんだ? 『役に立たないからお前たちはクビだ。 俺のパーティーから出ていけ』とかいうのか? まあそれも間違いじゃないがちょっと薄情だよなぁ」


 えてして旅は負担が大きいものである。

 心に傷を負うものが長旅をすればその負担は殊更大きくなる。

 それが周りに影響するとも限らない。

 片腕をなくしたものが長旅をすれば体力の消耗は無傷の人間の比ではない。

 冗談抜きで命にかかわる。

 ましてこの世界では長距離を移動すれば盗賊やら魔物やらに出くわす確率が上がる。


 ボルトは何も言い返せなかった。

 実際彼も戦いを経て自信を無くしていた。

 自分一人でなんでもできるというのは驕りだ。

 自分ではその辺のチンピラにも勝てないのではないか。

 そんな考えが頭をよぎり、剣を握ることすらできなくなっていた。

 そしてトドメがシルヴァの一言。

 とどのつまり、ボルトを戦力とみなさないということである。


 「……出発は明日の朝だ。 それまでには腹決めろよ」


 そういってシルヴァはギルドの建物から出て行ってしまった。

 後に残るのは悩める青年だけであった……




 少しボルトという青年の生い立ちについて話をしよう。

 彼は南方スパーニャ王国の貴族の四男として生を受けた。

 長男は学生時代生徒会長を務めるなど、高いカリスマ性を持ち、多くの人を惹きつけた。

 使用人、仲間など多くの人と関わる貴族の、それも当主となりうる長男としては理想的といえるだろう。 次男は学者肌でやや理屈っぽいきらいはあるものの豊富な知識を持ち、学校の教員すら唸らせるほどだった。

 三男は所謂脳筋であった。

 学業はそれほど振るわなかったが、剣術の腕は高く、騎士団に登用されると三年で小隊の副隊長を任命されるに至った。

 翻ってボルト少年は彼らと比べ何もなかった。

 器用貧乏というべきかオールラウンダーというべきか、文武ともに平均的といえた。

 元々幼いころから剣や魔法の指南、種々の勉強をしていたため、ほかの学友と比べれば能力は高いのだが、上の三人の兄のために何の誇りにもならなかった。

 そもそも貴族の長男はそのまま父の後を継ぎ、次男は長男に何かあった時のためのいわば控え、三男四男となるとその控えだが、そこまで回ってくることはあまりない。

 ゆえに四男たるボルトの取れる選択肢はどこぞのほかの貴族の家に婿に入るか町に出て職を探すかしかない。

 で、ボルトは王都で職を探したわけだが、彼が選んだのは冒険者だった。

 本人が単純に冒険者のような己の身一つで成り上がる生き方にあこがれていたというのが一つ。

 そして、どの分野においても勝つことができなかった兄たちを見返したかったというのが一つ。

 しかし、結局彼は成り上がることも、兄たちを見返すこともできなかった。

 それどころか、戦力外通告を受けてしまったのだから。


 ギルドを出たボルトは当てもなく町を歩いた。

 そうしているうちに自分が情けなくなって走り出した。

 そして


 「うわ!!」


 「おっと!!」


 誰かとぶつかった。

 前を見ていなかった自分にも過失はある。

 しかし、


 「いてて……ちゃんと前見て歩けよ!!」


 叫ばずにいられなかった。

 これは紛れもない八つ当たりというものである。

 自分でも自覚しつつ相手を見ると、ぶつかった相手は女性だった。

 女性にぶつかったうえ相手を非難した。

 褒められた行動ではないが謝罪はできなかった。

 相手をボルトは知っている。


 トリナという獣人族の女、チビ女のパーティーにいる剣士、容姿は端麗、そしてキレやすくすぐに手が出る性格。

 今も眼前に彼女の拳が……


 ——————————


 「大丈夫か?」


 目を覚ました彼の視界に入ってきたのは黒いマントを羽織った銀髪のダークエルフ、コイツもあのチビ女の仲間だったか。


 「いきなり殴って悪かったよ。 でも、お前の言い方も悪かったからな。 何にいら立っていたのかは知らんが、まだしばらく旅を続けるんだ。 あまり仲間内で軋轢は生まないほうがいい」


 「別に生んだっていいさ。 もう二度と会うこともないだろうさ」


 「何?」


 ジュリは不思議そうに、それでいてこちらを心配するように眉をひそめた。

 ボルトは全て話した。

 この町で護衛任務から外れるよう言われたこと。

 それから自分の生い立ち。

 兄への劣等感。

 関係ことなのに全部話してしまった。

 話したかった。

 聞いてほしかった。


 「そうか……」


 ジュリは励ますでも謗るでもなくただ目を閉じた。

 

 「自分の弱さを知ることができたものは幸運だ。 ほとんどの場合、自覚した次の瞬間には死んでいるからな。 だが弱さに気づけたなら、まだまだ強くなれるかもしれんぞ。 駄目になったやつらはたくさんいたが、やり直せたやつもたくさんいた」


 まるで見てきたかのように言う。

 いや、ダークエルフは基本長寿、実際見てきたのだろう。

 だからといって納得もできないが。


 「鍛えなおせたとしてどうだ? 強くはなれるのかもしれない。 でも強くなったとしてもまだその先がいる。 圧倒的な才能、力、最初に持っているものが違うんだよ! お前のところのリーダーだってそうだろ!? 犬女も目の細いチビも俺なんかよりよっぽど強かった! お前だって弓の腕は相当だろ!! そいつらを束ねてるあいつは何だ!? 世界最強の戦士か何かか!?」


 「言いたいことはわかるが、別にあいつらのようになれというわけではないから……落ち着け! その剣をしまえ!!」


 「何を言ってる? 剣なんて抜いてないぞ?」


 と、不審に思いつつも後ろに何者かの気配を感じ後ろを振り向くと、トリナが立っていた。

 その手には剣が握られている。


 「抜きなさい」


 「は? なにを?」


 「剣に決まってるじゃない。 剣に迷いがあるなら、剣で振り払うしかないでしょ」


 トリナの言わんとしていることはボルトもわからないでもない。

 スランプの時に剣を交えることで解決できたりすることもある、と聞いたことはある。

 ボルトとしても体を動かして心のモヤモヤをすっきりさせたい気分ではあった。


 「女でも加減しないからな」


 「余計なお世話よ」


 剣を構えて対峙し、同じタイミングで足を前に踏み出した。

 結果はボルトの惨敗。

 一瞬の決着だった。

 ボルトが上から振り下ろした剣を躱し、剣の腹で彼の脇腹を打ち、逆手に持ち直して柄でボルトの剣を打ち付け吹き飛ばす。

 

 「こんなもの?」


 「!!」


 その一言が彼の心に確かに火を点けた。

 相手は格上だとか、自分は未熟だとか、技術とか経験とか、そんなものは今の彼には関係なかった。

 真っ向から戦って手が出なかった。

 その悔しさこそすべて。

 子供じみたような意地で彼女に挑みかかった。




 「だからってそれだけで勝てたら苦労しないよなぁ」


 結局ボルトは一勝もできなかった。

 一太刀入れることすらかなわなかった。

 それどころかトリナに手加減すらされた。

 こちらが受けた攻撃はすべて峰打ち、だからといって体にダメージがないわけでもない。


 「せっかく治したのに、さらにひどい怪我にするなよ……」


 結果彼の体には全身に打撲ができた。

 それもジュリがため息交じりであきれるほどの。

 一方のボルトはあれだけ一方的にやられたにも関わらず、むしろ清々しい気分でいた。

 手も足も出なかったことで、かえって諦めがついたようである。


 「世界って広いなぁ……」 


 自分より圧倒的に強い相手がいて、それでもその上がある。

 この広い世界ではどこまで行ってもなお上がいる気がする。

 結局自分は自分の知る世界の中のことしか知らないのだ。


 「そうだな。 ちなみにレティシアが手も足も出ない奴もこの広い世界にはいる。 そしてその上もだ。 まだ会ったことすらないかもな」


 「そうだな…… いるかもしれない、ってやつのことを考えてればキリがない、か」


 そういうとボルトは起き上がった。


 「ああ、それからな、お前は二度と会うことがないと言っていたがな。 そんなこともないぞ、お前がそこそこ名を上げれば会える確率は上がる。 何も最強である必要すらない」


 ジュリとしてはやや皮肉を込めた言葉であった。

 怪我を癒した先から怪我をしたことへの意趣返しであったのだが。


 「そこそこ……ね。 ま、せいぜい足掻いてみるさ」


 そういってボルトは走り出した。

 日暮れが近づき、太陽が遠くの空へ消えていきそうな時であった。

(ジュリ) うわぁぁああああ!! 私はなんて嫌味なことを言ってしまったのか!! 


(トリナ) 前向きになれたんだし、いいんじゃない?


(ジュリ) つまり私は青年の前向きな心に付け込んで気づかれないように皮肉を言ったのか!? なんて卑怯なことを!!


(トリナ) めんどくさ!!

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