盗賊を対処しよう SIDE サリア&咲良
(前回のあらすじ)
(ククル) 今まで体験したことのない感触だった。 ふへへへへ。
(ハリィ) ヤバい! 何かに目覚めかけとる!?
(クロエ) あんたが引きずりこんだんでしょぉ。
曰く、狙撃においていちばん必要な能力は冷静さらしい。
しかし、普段のコイツ―――ジュリを見ていれば案外そんなことないんじゃないかとも思わされる。
いつも、レティシアたちにこれでもかと振り回されている。
もう少し気楽にやればいいのに生真面目すぎるんだな。
ところがどっこい、戦闘、特に狙撃になるととても普段の印象からは想像ができないような表情になる。
焦ったり慌てたりするようでは狙撃なんてできないんだろう。
私は前に出る派だからよくわからないけど。
馬車の後方、私とジュリのほか≪天駆の鷲≫の人が二人、≪蒼の守護者≫が一人いる。
一応、後方の見張りという役割が与えられているけれど、正直、桁外れの視力を持っている私一人で事足りてしまうので、ほかの人たちは暇をもて余していた。
そんなとき、前方の馬車が止まった。
しばらくして報告しに来たベルによると盗賊が現れたんだとか。
でも、前方にいた戦力で十分らしいからフォローはしない。
それよりも、こっち側からも攻撃が来ることへの警戒した方がいい。
ほら、なにか来た。
「こっちにも盗賊が出たよ。 数は7から8、馬に乗ってる」
「わかった。 私が対処する」
ジュリが馬車の屋根の上に弓と矢を持って上がってきた。
「私も手伝いますよ」
同じく弓士(弓を使って戦う人)のディーヴァ嬢も上がってくる。
「わかった、だが問題ない」
そういってジュリは右目の眼帯を外し、弓を番えた。
それを見て私は盗賊の数を数え。
「数は8、全部馬に乗ってる。 射程に一番近いのは先頭の馬、真ん中から少し左寄り」
指を口に含んだ。
「風は北東から少し弱めに吹いている」
「わかった」
それだけ言ってジュリは弓を放った。
ジュリの右目は実は義眼、それも魔法具だ。
それで遠くの距離を見ることはできるけど、それに比例して視界も狭くなってしまう。
それに魔法があるからって長距離を弓で打ち抜くなんて正気の沙汰じゃない。
だから私のような誰かの補助が必要になる。
私?
私は視力が調整できるだけ。
何でかはまた別の機会に。
なぜなら。
「盗賊の先頭、馬の右前脚に命中。 騎手は落馬。 馬は……もう走れないな」
「そうか…… 次だ」
「道の右端の……」
そういってジュリはまた弓を番える。
私も次に狙いを定める。
「す、すごい……」
後ろでディーヴァが驚いている。
無理もない。
いくら見えているからと言って、この距離を弓で射抜けるかといったら、できるヤツなんてそうそういないはずだから。
まして、ジュリは落馬をさせようと馬の足を狙い、命中させた。
こんなの化け物だ。
相手も相手でこちら側を認識しないうちに倒されている訳だからもはや気の毒に思える。
「ディーヴァだったか、できるだけこちらで始末するから、私が射ち漏らした分を頼みたいんだが」
「分かりました、お任せください!!」
そう言うとディーヴァは自分の胸を思い切り叩き、そして思い切りむせた。
***
視点チェンジ サリア→咲良
意気揚々と馬車から飛んだトリナさんに対し、盗賊の先頭にいたリーダー格(話しかけてきた奴)が右腕を突き出し、火の玉を発射した。
トリナさんはそれを剣の腹で防ぎ、リーダー格の前に着地した。
リーダー格は驚きつつも右腕をトリナさんの前に突き出そうとして、
「遅い!」
トリナさんに右腕を斬りおとされた。
次いでそのままリーダー格の右わき腹から斜めに斬った。
リーダー格の男は切り口から大量の血を吹き出しながらそのまま後ろに倒れていった。
よもや、こんな少女に身内がこんな派手に殺されるなんて思っていなかったんだろう、盗賊たちは反撃するでも逃げるでもなく、ただ立ち尽くしていた。
それでも命のやり取りを何度もしてきた盗賊たち、すぐに正気に戻る。
「く、くそ!! お前ら!!」
全員が一斉に魔法の発動を準備するが、それより早くトリナさんは相手の懐、密集しているところに飛び込んでいく。
その姿を目で追い攻撃を加えようとするが、トリナさんの動きに身体がついていけない。
「戦い、それも剣などのような接近戦の場合、相手とのやり取りの中で一瞬で状況は変わる。 相手がどう動くかによって自分が取るべき行動は変わっていくからな。 それを判断し、それについて行かなくてはならない」
レティシアさんが言った。
「盗賊共は最初に仲間がやられたことで、動きが止まり、トリナはそれを見逃さなかった。 それこそ一瞬の隙だろうが、それによって生じたズレはなかなか引き戻せない。 展開が速すぎて修正する暇がないままズルズルと押されていく」
トリナさんは盗賊たちの密集しているところに突っ込んでいくとまず、目の前の男の身体の真横に剣を走らせ上下真っ二つにした。
すると、トリナさんの左右を挟む形となった盗賊二人がその腕をトリナさんに伸ばし、魔法を展開する。
そして、魔法が発動され火の玉が放たれた瞬間、トリナさんは身体を屈めそれを回避した。
盗賊の腕輪から離れた火の玉はもう一方の盗賊の男に命中し、二人そろって焼かれてしまった。
「何してんだこの間抜け!! おい!! 剣だ!! 魔法具はもう使うな!!」
「正しい判断だな。 一対多で敵が一なら却って遠距離攻撃は味方を巻き込むから危険。 数に任せて格闘戦に持ち込むのは正しい選択だ」
と、レティシアさんの解説。
レティシアさんはもう剣を鞘におさめている。
剣で戦うことにした盗賊たちは四方八方からトリナさんに一斉に斬りかかる。
トリナさんは真上に飛んでそれを回避。
ついでに盗賊の一人の頭を踏み台にして。
そのまま振り返り踏み台にした男を切り捨てる。
この時点で相手の盗賊は残り四人、その数を当初から半分に減らしていた。
頭数でいえば圧倒的だったにも関わらず、だ。
四対一でそれでもトリナさんが不利なはずだけれど、現状、むしろトリナさんがペースを握り、圧倒している。
私は剣術というものをよく知らないけど、自分に一切ダメージを負うことなく相手を次々切り捨てていくところを見ると多分相当強いんだろう。
戦いの最中なのにニヤける余裕すらあるみたいだ。
そのまま剣を真上から振り下ろし盗賊の男をまた切り捨てる。
それから別の盗賊に斬りかかろうとして鍔迫り合いになる。
力は互角、押されはしないけど押しきれない。
すると、トリナさんは盗賊に頭突きをかました。
頭突きを食らった男から鼻血が吹き出し後ろによろめく。
剣術がどうとか言いつつ殴るわ蹴るわ頭突きをするわでチンピラの喧嘩みたいだ。
優れた剣術に加え、それにとらわれない戦い方。
終わってみれば、トリナさんは無傷で8人はいた盗賊に勝利していた。
トリナさんの足もとには盗賊の死体が転がり、大量の血が地面に吸いとられず、水溜まりのようになっている。
「終わったわよ!! ほかのところは?」
「ベルが確認している。 問題ないだろうけどな。 顔の返り血拭いたらどうだ?」
レティシアさんがハンカチを渡す。
顔を拭きながら私に向かって。
「で、どうだった!? 剣も悪くないでしょ!?」
と、トリナさんが聞いてくるけど、実のところ今の私にそんな余裕はなかった。
というのも、
「う」
「「「う?」」」
「うぇえええええ……」
盛大に吐いてしまった。
***
「まあ、無理もないよね。 サクラのいた世界はこんな簡単に殺し合う世界でもないし、そもそも殺された死体を見る機会もなかったと聞くし。 派手に地味流れていたしね」
「悪かったわよ……」
私は馬車のなかで横になっていた。
ライラちゃんに介抱されて。
人が沢山殺されたのもさることながら、血がしこたま流れた事も刺激が強すぎたんだろう。
流石にトリナさんもやり過ぎと思っているらしく馬車の隅っこで正座で座っている。
いつもピンとしている耳と尻尾も元気がない。
「大丈夫です。 まだちょっと慣れてなくて……」
「そんなこと言ってもいずれは慣れないといけないんだからね!」
トリナさんはそう言って口を尖らせた。
慣れ……か。
この一件で私の気分が悪くなった理由は、大量の死体と血を見たからだけじゃない。
なんとなくわかっていたけど、この世界の人の命は結構軽い。
日本じゃ盗賊なんていないけど言ってみれば強盗だ。
殺したかどうかで強盗殺人になるが、少なくとも強盗だけで死刑になることはない。
翻ってこの世界での盗賊の対処は基本は殺すし、戦力に余裕があったときくらいしか捕縛はない。
そして、それを責める人はいない。
盗賊は殺されて当然だとみんな思っている。
だから、盗賊を殺すことに抵抗も罪悪感も持たない。
でないとこちらが盗賊に殺されてしまうから。
私が盗賊と相対したとき、私は盗賊を迷わず殺せるだろうか。
殺すしかないだろう。
慣れなくてはならない。
人を殺すことに。
慣れることができるだろうか。
人殺すことに慣れてしまっていいのか、私の頭の中でその疑問がずっとグルグルしていた。
(レティシア) こう言っては何だが主人公、しかも少女がリバースというのはどんなもんかと思うがな。
(咲良) どんどん黒歴史が増えていく……
(ライラ) 思った通り、剣は厳しいね。 やっぱり魔法を……
(トリナ) まさかこれを見越して……? アンタいい性格してるわ。




