異世界の言葉をマスターしよう SIDE 咲良
(咲良) 異世界の言語が話せるようになったので私視点の異世界語でも「」になります。 ただ、日本語との区別が必要な時もあるので、その時は逐一報告するということで。
○月△日
今日から日記をつけることにした。
この世界の仕組み、常識は、地球のそれとはだいぶ違う。
それをすべて覚えるのは難しい。
学んだこと、起こった出来事、それらを記録しておくことで後で思い出せるようにしておこう。
それに、単純に私が体験したことを思い出として残しておきたいというのもある。
今日から本格的にこの世界のことをいろいろと教えてもらうことになった。
まずはこの世界の言葉の勉強から始まった。
この世界では種族もたくさんいて、国もたくさんあるから、とりあえず、共通語である人類語を勉強するらしい。
基本的にどの国のどの種族の人も人類語は話せるんだとか。
てっきりレティシアさんが教えてくれるものだと思っていたけれど、教えてくれるのはクロエさんらしい。
曰く、レティシアさんは一人で勉強でも何でもできてしまうので、教えるのは大層下手なんだそうな。
勉強の内容としては、最初は使う文字とその発音、アルファベットを覚える感じなんだと思う。
クロエさんの教え方はとても上手でとてもスパルタだった。
いま入院している四人全員が退院するまでにマスターするとか無理じゃないかと思う。
…………
○月×日
今日でひと段落着いたらしい、これで私も進歩したかと思ったけれど、この教本、五歳児が使っているらしい。
多分、幼稚園児がひらがなの勉強をするのと同じ感じなんだろう。
つまり、私の言語能力は就学前なわけで……
まだまだ、人類語を話すまでには至らない。
ということで、人類語による会話と読み書きの勉強も始まった。
読み書きでは単語を覚えつつ、人類語の例文を読みつつ日本語に訳しつつ、と英語の授業みたいだった。
会話は勉強と言いつつ、みんなの会話を聞いてその内容を当てるというもの。
これは無理。
…………
○月◇日
人類語の会話を本格的に勉強し始めて一週間が過ぎた。
とりあえず簡単な会話ならできるようになったと思う。
でも読み書きがあまり出来ない。
中学生の時の塾の先生が、「学校で習う英語だけで英会話はできるようにならないよ」と言っていたのを思い出す。
先生、その通りでした。
…………
△月○日
今日から、人類語で日記を書きます。
何故なら、クロエさんに人類語の練習をするやうに言われたからです。
今日はシャルさんとハリィさんが帰ってきますた。
二人と人類語で話しました。
二人は私の言っていることがわかると言っていました。
でも、私はまだ二人の話していることがあまりわかりません。
やうに→ように
きますた→きました
まだまだ勉強が足りないからもっと精進なさい。
クロエ
△月×日
皆の会話が大体わかるようになってきました。
会話もできているので、きっと人類後の会話はできるようになったんだと思います。
読み書きも大体できるけどまだたまに誤字脱時が多いと言われました。
でも、トリナさんが帰ってくるまでには話せるようになりそうです。
人類後→人類語
脱時→脱字
言ってるそばから間違えてる。
それから、なんだかおカタい文章よねー。
もう少し肩の力を抜いた文章になるようにしないとねー。
知り合いに書く手紙がこれじゃあねぇ。
シチュエーションによって文章の書き方も変えられないとだめよ。
クロエ
…………
△月◇日
トリナさんが帰ってきた。
本来はもう少し早く帰ってくるはずだったのが一週間伸びたらしい。
どうもずっとベッドの上にいるのが我慢ならなかったらしい。
で、まだ許可が出ていないうちに勝手にうろちょろ動き始めてしまったんだとか。
それでククルちゃんに帰って来てからこってり絞られていた。
ヒエラルキーは彼女の方が上なんだろうか。
とりあえず、三人とも退院できたということで、この街から出ることになった。
出発は明日。
明日にはこの街を出て新しい世界に旅立っていく。
新しい旅の始まりだ。
とりあえず文章に関しては及第点ねぇ。
だから明日最終試験ね。
クロエ
***
「でもそんなことより日記の最後何なのぉ? 無駄にポエミーで寒―い」
「冷静に考えると人様の日記を見るっていうのもどうかと思いますけどねぇ!!」
「気づくのおそぉい。 今までそれに疑い持たなかったわけぇ?」
「いやまぁ、人類語の文章を書く練習としては効果ありそうだったので」
「で、見られてるのを知っててあの文言なんだとしたら貴女もう詩人を通り越して痛々しいわぁ」
「やめてー! 合格点貰えて舞い上がってたんです! そこは掘り下げないでください!」
「あはははは!」
結局クロエさんにここぞとばかりに笑われた。
改めて思う、この人はかなりレベルの高いドSであると。
思えば勉強中もそうだった。
どこか間違えたところがあると「こんなのもわかんないのぉ」だの「笑っちゃうわぁ(勿論大爆笑してらっしゃいました)」だのここぞとばかりにいじられた。
それでいて教え方がうまいからことさら腹が立つ。
一時期はこっちの反骨心を煽って頑張らせようとでもしてたのかとも思ったけれど違うな。
きっとマジで笑ってた。
教える能力はあっても教師に向かないタイプだ。
「あー笑った笑った。 じゃあ最終試験の内容を言うわねぇ。 これから街に出てこのメモに書いてある物三つを買ってくることぉ。 ハイコレ、買い物メモ。 じゃあ頑張ってねぇ」
えぇっと何なに?
買ってくるものは、ゲジゲ○ン、ボン○ーロ、〇マインゲアー……
「これすべて何なのか分かんないんですけど」
「知ってるぅ。 だからぁ、店員さんとか知ってる人に聞いてみなさいってことぉ」
「実在しますよね? 間違っても誰かのテストの珍回答とかじゃないですよね。 そして一般人が買えるものですよね」
「当たり前でしょぉ。 お金はこれで足りるはずだけど足りなそうだったら値切ってくることぉ」
「ハードル高すぎるでしょ!? 値切るという高い話術が必要そうな行為は!」
「いいから行け」
有無を言わさぬその目に何も言えなくなってしまった。
私ってホント小市民。
にしても何を買ってくればいいんだ?
食材なのか雑貨なのかジャンルすらわからないぞ。
なんか発掘しないといけないような気がしてくる。
畜生、曇ってやがる。
太陽よ、ちゃんとしろよ。
よーし!
和歌山咲良、異世界で初めてのお使い。
みんな、どうにかなるよね!
……多分。
***
とりあえず、買うべきものが何なのかを知るべく、街ゆく人に聞きたいところではあるが、やっぱり初対面の他人、それも異世界人相手に話しかけるというのはどうしても気後れしてしまう。
などと迷いながら道を歩いていると、憲兵隊だという人たちが歩いていたので、話しかけてみることにした。
憲兵隊というのは、いわゆる警察みたいな組織らしい。
迷子が頼るべきはその辺の人よりやっぱりお巡りさんだろう。
「すいませ~ん」
***
ドタドタ! バン!
「全部海産物なんじゃないですか!! これ全部食べれるの? ゲテモノでしょ?」
一応食用とは言いつつ、一つは気味悪い魚で、一つはデカい貝で、もう一つに至っては虫みたいだった。
一時期はやったダイオウグソクムシみたい。
食べるの? 食べれるの?
「お帰りぃ。 お金たりたぁ?」
「足りましたとも。 お釣りきましたよ。 ビビらせないでくださいよ!」
「つまんないのぉ、もう少し苦労したらいいのにぃ」
なんてこと言うんだこの人は。
やっぱりこの人はドSだ。
「買ってきていただいたものをお預かりします」
「あ、はい」
ベルさんに買ってきたゲテモノどもを渡す。
「買ってきていただいたって言いました? 聞き間違いですか?」
「いいえ、もともとこれらの食材は私が欲しかったものです」
そうですか。
つまりこれを調理して美味しくいただこうとしていると。
どこぞの秘境の民族に取材に言って現地の料理を食べるというのはこういう気持ちなのか。
「とりあえず、人類語はマスターしたんだな?」
同じ部屋にいたレティシアさんが尋ねる。
「はい。 この通りです。 話せてますよね?」
「ああ、おおむね完璧だ」
「よろしい。 ありがとうクロエ。 よくここまで指導してくれた」
「お礼は高いお酒でいいわよぉ」
「帰ったらな。 さて、サクラ。 人類語が話せるようになったわけだし、本格的にパーティのメンバーとして活動してもらう」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
私はレティシアさんに頭を下げる。
そうだよね、勉強を教えてもらうために一緒にいたわけじゃないしね。
「詳しいことは追々教えていくつもりだ。 とりあえず今日は、だ」
「君の歓迎会だね」
「とりあえず入隊の洗礼でも受けてもらおうかの」
「え?」
いつの間にやら、サリアさんとハリィさんに両脇を固められていた。
歓迎会とか洗礼とはどっちの意味なんだろう。
人類語をマスターしてもなおわからない。
(咲良) これ全部食べられるんですね。
(ベル) ええ、レティシア様も初めは遠慮なさっておられましたが、いまではすっかりお気に入りです。 残さず食べてくださいね。
(咲良) が、頑張りまーす。
(クロエ) 新しい世界に旅立つんだからこれくらいで尻込みなんてしてられないわよぉ。
(咲良) もうそこイジらないで!!




