ハローワールド 後編 SIDE 咲良
(咲良) 前回の話がまるっとわかりません。 そりゃそうだよね、日本語じゃないもん。 話の大事な部分、全部異世界の言語だもん。
『待て待て! こいつはまともに戦ったこともない素人なんだぞ? 魔法だって使ったことない。 戦力にならないぞ?』
《そうかなぁ? 案外才能あるかもよ?》
『何の根拠があってそう言ってる? それにお前だって知ってるだろう? 私とあいつらとの……』
《知ってるさ。 その上で言ってる。 良い機会じゃないか彼女の為にも、君とパーティーの為にもね》
『……何を企んでる?』
《別に大したことじゃないさ》
『企んではいるのか』
《まあね、悪い話じゃないよ? 素質云々の話は置いておいても彼女の存在は君たちにとってプラスになるかもしれない。 君としても言葉の通じる相手と一緒のほうがいいだろう?》
「はい?」
セリーナなる女性がこちらに向けて話しかけてきた。
「今までの話を纏めると、あなたに私たちのパーティーに入らないかと彼女が提案している。 そしてレティシアはそれに反対している。 これは過去の遺恨の為ではなく、単純に危険だから。 そしてあなたが戦力になるか不透明だから」
「た、確かに……」
昨日の吸血鬼との戦いを見れば、彼女たちがどれだけ危険な場所に身を置いてるかがわかる。
ライラちゃん、というかレティシアさんの言っていることももっともで、私に戦闘能力があるかはわからない。
少なくともそんな経験はないから、戦力になるのは難しいんじゃないだろうか……
それに、昨日のような状況になったときに私は臆せず戦えるのだろうか。
「正直、私が戦えるとは思えないです。 確かに皆さんと一緒なら言葉も通じるし楽かもしれないけど、剣を握ったこともないし、魔法も使えないので」
「魔法は使えるよ?」
「え?」
使えるの? 異世界の人間なのに?
「この世界で魔法を使えない人間はいない、というか魔力を持たない人間はいない。 あなたも少なからず魔法は使える可能性はある。 程度は判らないけど」
そうなんだ……
「昨日も言ったと思うが、自分の人生を決められるのは自分だけだ。 この提案を受けるも受けないも君次第だ」
レティシアさんが横から会話に入ってきた。
自分で決める……
「私が入りたいって言ったらどうしますか……?」
「仲間として迎え入れるよ? 言葉と剣と魔法は教えよう。 剣と魔法…… どっちかに特化して鍛えたほうがいいかもね。 うちのやつらは気のいい奴らなのでいびることはしないが、変に特別扱いもしないさ。 私もね。 仲良くやれるかどうかは君次第だが」
どうしたらいいのか、自分で生き方を決めなくてはならないはずなのに、今は結局相手の提案に乗せられるままになってしまっている気がする。
でも、断ったとて他に行くあてなんてない。
自分に何ができるかわからない。
案外すぐ死んでしまうかもしれない。
どこぞの主人公よろしく、何かの才能に目覚めるかもしれない。
遠い先のことは判らない。
数日先のことすらきっと今の私は考えることができないだろう。
これは甘えだ。
でも、それでもいい。
甘えでも何でも生きることに必死になることは悪いことじゃない。
だから
「それまでの間、よろしくお願いします」
そう言って私は頭を下げた。
「ふふふ……そうかそうか」『受けるらしいぞ、セリーナ』
《うんうん、良い答えだ。 じゃあいろいろと教えてあげたまえ。 じゃあ僕はこれで、あとは任せたよ》
そう言うと映像は物理と途切れた。
『……という訳で、新しく入った和歌山咲良さんです。 皆さん仲良くしましょうね』
(学校の先生?)
「そうだ、レティシアさんに聞きたいことがあるんですが」
「うん?」
「元の世界に帰る方法って本当にないんですか?」
「うーん。 私が知らないのは本当だよ。 ただしこの間言ったように調べたことはないわけだから全くないとも言えない。 可能性はかなり低いが…… まあ、調べるというなら手伝うくらいはしてもいい」
「そうですか……」
やはり可能性は低そうだ。
「あの…… 前にクラスメイトに会ったことあるって言ってましたよね? その人たちって……」
「教えてもいいんだけど…… 本当に教えてもいいか? はっきり言うが出会ったやつら全員が無事だったわけじゃない。 飛ばされてすぐ死んだ奴もいると思う」
「え……」
なんとなくわかっている気でいた。
私は奴隷になってそれからいろいろあって居場所のような場所は見つけられたが、そもそもあのまま誰にも見つからず森の中で死んでいた可能性もある。
吸血鬼に殺されていたかもしれない。
言葉が通じなければ街にいても生活なんてできない。
私たちがこの世界で生きていくことがどれだけ難しいのか、私がどれだけ恵まれていたのか、現実がどれだけシビアなのか。
軽い気持ちで聞いたはずなのに、ハードな現実に頭を殴られた気分だった。
「……」
「気持ちはわからないでもない。 とりあえずその辺の話はあとにしよう。 今一気にそういった話を聞くのはさすがに君が呑み込めないだろうからね」
「わかりました」
今、死人が出ているという事実すらかみ砕くまでに時間がかかってしまいそうだ。
「とにかくだ。 入ると決まったからには歓迎するよサクラ、ようこそこの異世界へ」
「よろしく」
隣のライラさんが言った。
「足引っ張ったら許さないからぁ」
クロエさんに笑いながら軽く脅された。
『レティシア様の足だけは引っ張らないようにしてくださいね』
『まあ、あんまり気にしないことだ』
『私でもやれてるんだからあんまり気にしない気にしなーい』
『頑張って……って怪我人の私が言えたことじゃないか』
「ええ……ええっと?」
まずはこの世界の言葉を覚えられるように頑張ろう……
***
私はライラちゃんとククルちゃんの部屋でベッドに横たわっていた。
トントン拍子に話が進んでしまい、居場所が決まり、なんだか夢のようで呆けてしまっている。
チームに入ったとはいえ、やはり私の為に部屋を新しくとってもらうのも申し訳ないし、二つしかないベッドのどちらかを使うわけにもいかず、そんな訳で、宿から簡易式のベッドを拝借した。
日本でも家具屋とかに売ってる物のさらに簡素バージョンである。
木の部品を組み立てて上に布団をのせるものである。
だいぶ簡素だが、メッチャ安いし、奴隷時代は床に寝ていたのだから文句は言うまい。
一旦整理しよう。
くどいようだがこの世界は魔法のある異世界だ。
そこにクラスメイトが放り出された。
何人来たのかはおそらく不明。
多分行方も不明、死人もいるんだろう。
そして帰る方法もわからない。
今やるべきことはまず、この世界について知ること。
特に言語。
これにはずっと苦労させられてきた。
同時にこの世界で生きていく方法も学ばないといけない。
それから……元の世界に帰る方法も。
レティシアさんの口ぶりだと可能性はかなり低いみたいだけど、ここまで誰も調べてこなかったわけだから可能性はないわけじゃない。
少なくとも私は元の世界に帰ることを諦めることはできない。
思いついたものをあげるだけでもやるべきことはたくさんある。
「……よっと」
ベッドから起き上がって窓辺に近寄って外を見る。
街は夕日で赤く染まっていた。
いい思い出が碌にないこの街、それでもこの景色はとても美しかった。
この世界はとても残酷だ。
奴隷はいるし、人も簡単に死ぬ。
前いた世界、特に日本と違いすぎて暮らしているかも不安で仕方ない。
でもその一方で私はワクワクもしている。
見たことも聞いたこともない世界。
そんな世界で生きていくことに不安を覚えているけれどそれをかき消すくらい楽しみで仕方ない。
あれだけ絶望していたのに、今、もうすでにこの世界に生きていくことに希望を持ち始めている自分がいた。
この美しい景色が私の新しい門出を祝っているような気がした。
私は、この残酷で美しい異世界で生きていく。
ハローワールド
ちょっとカッコつけすぎたかな。
(咲良) まだ終わらないからねー




