サリアとライラの休日 2 SIDE サリア
ちなみにこの世界ではパン食が普通です。
やってきた人物を一言で評するならば「お嬢様」だ。
美しくウェーブのかかったブロンドに碧眼、きめ細やかな肌。
身体的な美しさは常日頃よりしっかりと管理されていなければ子供だろうが大人だろうが保つことはできない。
それからドレス。
パーティーに行くような豪華で派手なものではなくても、十分煌びやかで着る人間の美しさを際立たせていた。
つまるところ全身から育ちの良さをにじませているまさにお嬢様のお手本のような人物だったわけだ。
それだけに絶望的に背景と合わない。
料理は絶品の店ではあるがそこは大衆食堂。
背景になるもの言えば下町情緒あふれる寂れた壁材のみ。
およそこの場にそぐわないし、そもそもお嬢様(と思われる人物)が来るようなところではあるまい。
外食するにしてももっと高級店を選ぶだろう。
しかし、お嬢様は淀みない足取りで店内で入っていき、後ろに控えていた家令の男の引いた椅子に腰かけ席に着いた。
店主はその様子を見て、深いため息をつきながら近づいていく。
「注文は?」
先ほどの私に聞いた時よりもさらにぶっきらぼうな声音で話しかける。
しかし、お嬢様はそんなことで臆さない。
「ビーフシチューよ。 何時も頼んでいるのだからいい加減覚えてほしいわね」
「そいつぁすいませんね」
どうやらお嬢様はここの常連のようだ。
にしては店主の対応が悪すぎる……気もする。
もともと愛想のない店主だけど……ただ、それとは違う何かが……
店主が奥の厨房に引っ込むと、お嬢様はそれを視線で追いかける。
なんとも熱っぽい視線だ。
まさか?
「ねぇ、オーナー? あの件真剣に考えてくださいまして?」
「…………」
オーナーガン無視。
あの件とは何だろうか?
常連さんなら知ってるかな?
「失礼、あの件って?」
「あぁ……店主が答えてくれねぇから人から聞いた話なんだがな? なんでもあのお嬢様、店主に恋してるって話だ」
「なんと!」
やっぱりそうか、あの視線は恋慕のものだったんだ……!
でも
「あの女性、執事や身なりから察するにそれなりの出である様子……となると」
「ああ、実りようのない恋だ。 旦那はどう見たって平民、それも下町の小料理屋の店主、お嬢様がどういう身分か知らんが、貴族、そうじゃなかったとしてもそれなりの財を持った家だろう。 釣り合いようがない」
当人たちがよくたって周りが許容するか。
特にお嬢様のように高貴な家(と思われる)の場合は特に。
問題はそこだけじゃない。
「それに年齢差か、お嬢様は二十歳を超えたかどうか、店主はもう四十もいくかもしれない。 いくらなんでもその年の差は……」
「厳しいだろうな、親子ほど離れてやがる。 もっとも旦那のほうはその気はないみたいだぜ? お嬢様の一方的な片思いってわけだ」
「そうか……」
世間も許さない、当人にその気もない一方的な想い。
報われることは無いのかもしれない。
そう考えると、気の毒に見えなくもない……
私がそんなことを考えているその視線の先ではお嬢様のもとにビーフシチューが運ばれてきた。
彼女はその料理をまず一口、口に運び顔を綻ばせた。
そっかービーフシチューも美味しんだ……
すると不意にお嬢様が思いっきり立ち上がり、店主に詰め寄った。
「オーナー! やはりわたくし我慢できませんわ!!」
行った!
行くのか!?
大丈夫なのか!?
「やはりわたくしは貴方が欲しいですわ!」
情熱的!
お嬢様は肉食系か!?
「貴方のその料理の腕が!」
……腕?
料理の?
それって……
「こんな寂れた食堂ではなくて、貴方にはもっと輝ける場所があるはずです。 ここでその腕を腐らせてしまうのはあまりにも惜しい。 そうは思いませんこと?」
「別に腕を見せびらかしたくてやってるわけじゃない。 ただ料理が得意で、それで生計を立てるのが都合が良かっただけだ。 ほかに何かできるわけでもないしな」
「でも今あなたはその生活すらままならなくなっている? 違いますか?」
「…………」
店主は答えない。
確かに客足は伸びていなさそうだ。
でもそれは
「隣のお店……随分とお客を取られたのではありませんか? この際なので白状してしまいますが、あれはわたくしの家が経営する店です。 わたくしがこの店に熱を上げているのが気に入らない、というのもこれ見よがしに出店してきた理由なのでしょう。 つまりこのままではこの店は潰されるのです」
さっきここに来たときは店の外まで客足が伸びていた。
中にいる客も相当だろう。
つまりこのあたりの客が隣の店に吸い上げられているわけだ。
「それでも答えは変わらん…………」
「そうですか、残念です」
結局最後まで店主は首を縦に振らなかった。
お嬢様も今回は無理なのだろうと悟り、帰っていった。
「ご馳走様でした!」
ビーフシチューを完食して。
***
お嬢様が帰った後も私を含めた冒険者数人がいまだにとどまっていた。
「実際どうなんだ、旦那? 結構、客吸い取られてんのか?」
そう冒険者の一人が聞くと、店主は少し思案する。
「まぁ減ってはいるな……半分ってとこか」
「「「半分!?」」」
全員の声がハモる。
売り上げ半減は相当な痛手のはずなのだ。
「旦那、それヤバくねぇか? あのお嬢様のいうとおりマジで潰されるぞ?」
「そん時はそん時だ。 身の丈に合ってなかったと思って田舎にでも引っ込むさ」
「「「それは困る!」」」
全員から声が上がる。
「安くてうまい店なんてそうそうないんだぞ!?」
「常連になりたいと思う店が王都にどれくらいあるか!」
「結構愛着沸いてるしよ!」
「隣の店の奴は高くて通えたもんじゃないんだぜ!」
おやおや、思って以上に愛されて……
ん?
「失礼、なぜ隣の店の料理の値段を知っているのです?」
「……あ」
口を滑らせた冒険者の男は、こっそり隣の店に通っていたこと、それで金欠になりリーズナブルなこっちに戻ってきたことを白状した。
「この方は少々軽薄だったようですが、愛されているのは事実なのでしょう。 しかし、店主が引き抜かれてしまえばどのみち結末は同じ。 ゆえに店を続けるには隣から客を取り戻さねばなしません」
「いうのは簡単だけどよ。 何か策はあるのか?」
店主は私に聞いてくるがそんなもの私にはない。
だって食べる専門だもの。
こういうのは…………
***
「それが僕を連れてきた理由? わざわざたたき起こしてまで?」
こういうのは頭脳労働専門の分野だろうということで、ライラにお越しいただいた。
寝ていたところを起こされ、担いでこられたせいで不機嫌なようだが仕方ない。
我々の休みだってそう長くないのだ。
「ほかにいいアイデアを出せる人がいなかったからね。 どうだろう? 何かいい方法は?」
「その前に一つ確認したい。 隣の店に行ったことのある人は?」
おず……と一人手をあげるとみんなからの若干冷たい視線が刺さる。
「あなたがあの店に行き、そして通うようになった理由は?」
「なんで……きっかけはただの興味だったんだが……」
「「「だったんだが?」」」
「その……給仕してくれる子が可愛いというか……対応がいいというかなんというか……いや料理もいいんだぞ? 高級食材使ってるらしくてな? まあ、値段はこことおんなじくらいなんだがサービスはいいというか、高級店に来てるみたいで……いや別に値段まで高級店って感じじゃなくて」
「つまり給仕しているウエイトレスと食材の高級感に釣られたと? メインは前者のほう。 女八割」
「……そうです」
男は観念して項垂れた。
ちょっと気の毒ではある。
別にどこの店に行こうと当人の勝手ではあるのだし。
「ふむ……」
一方のライラは顎に手を当て何事か考えている。
「難しい……」
そして絞り出すように一言。
「難しいかい、やっぱり?」
「……うん。 彼らのやっていることはかなり効率が良いように思える。 同じ名前と看板を使い各所に店を広げる。 もともと知名度が高いから新規の客も入ってきやすい。 レティが言うには『チェーン店』というらしい。 もしかしたら料理の作り方から接客まで統一されているかも」
「じゃあ、店主が引き抜きに応じたら……?」
彼は自由に料理をすることができなくなるのだろうか?
「それは無い。 料理が統一されたものならそこまでの腕は求められない。 多少得意というくらいで事足りる」
「じゃあ、別口?」
「その令嬢は別に事業でも始めるのかも。 それより今は隣の店のほう。 彼らの戦術は単純、料理の高級感と女性ウエイトレスで人を呼び、通うのを習慣にさせること」
お客を呼ぶ餌はあるにしろ何度も通えばそれが習慣になるわけか。
「でも彼は戻ってきたよ?」
そういえば彼は何で再びこちらに通うようになったんだろう?
「大前提として両者の店は客層が似通っている。 ファミリーや女性層には人気が無く、どちらかと言えば独り身の男性、特に男冒険者なんかが多い。 彼らは女子と美味に釣られる」
「うんうん」
「だけど両者の違うところとして食材の高級感が挙げられる。 一見高級なほうが良いように思えるけれど、毎日通うかと聞かれればそうとも限らない」
それはわかる。
高級食材を毎日……なんて思う人は多くいるけれど、実際のところ飽きやすいものだ。
それよりも家庭でよく口にするであろう庶民料理のほうが舌に馴染み飽きにくいようだ。
「だからかれもすぐに帰ってきた。 今通っている客もそのうち飽きてこっちに何割かは戻ってくる。 そもそも料理の味はこちらのほうが上なのだから、今はサービスだけでブーストをかけているに過ぎない」
「え? それじゃあ……」
どのみち客が戻ってくるなら店主の言う通りそこまで気にしなくてもいいんじゃ……
「それまで店が持てば」
駄目だ。
現在の段階で売り上げ半減、一か撥かチキンレースを仕掛けるには状況が悪い。
っていうかこっちがつぶれるのが早い。
どうしようか……
「幸い料理人の腕はいいのだし……そこで勝負しようか?」
「腕って……それで今苦境なんじゃないか?」
店主の料理の腕は折り紙付きなのは初めから、それで今現在お客をつなぎ止められないでいるんじゃないの?
「そこはアイデア一つ。 あくまでも料理と土俵で勝負はするけれど一つ手を加えよう。 お客が来たいと思えるようなものを」
「具体的には?」
「僕らが考えるわけじゃない。 いるだろう? 料理が得意でかつ僕らが思いもしないアイデアを持っていそうな人間を……」
「なるほどね……」
私の脳裏に浮かんだのはあるパーティーのメンバー。
料理上手で、大っぴらには言えないが異世界から来たという過去の持ち主。
世界が違えば、食生活が違うかもしれないよね……
(咲良) くしゅん……? 誰かが私を呼んでいる?
(トリナ) ちょっと! サクラどこ見てるのよ! 今日中にあと三階層は下に行くわよ!
(咲良) 現実逃避タイムしゅりょー
※ずいぶん前のことなのでお忘れかもしれませんが、二人はいろんな種類の虫ばっか出るダンジョンを潜っています。




