シャルとクロエの休日 2
新年あけましておめでとうございます。
咳はちっとも止まりませんが、今年も「残酷で美しい異世界より」をよろしくお願いします。
コツ、コツ、コツと駒を動かし、ボードに置く音だけがバー内に響く。
あれだけ騒いでた男たちも一言も発することなくただ目の前で繰り広げられている戦いを見届けることに腐心していた。
皮肉、と言っていいのかマスターが望んでいた環境である。
そんな二人の対局を取り囲む人だかり、その最前列を陣取っていたシャルはある違和感に気づく。
が、それを訪ねていいものか少々迷っていた。
なんとも静かで重苦しい空気であるし、実際に聞いてみて初歩の初歩である、と小馬鹿にされるのもなんだか癪だ。
と言ってもゲームの展開が一切くみ取れないのも面白くない。
結局隣にいた冒険者風の男に声をかける。
この中では穏やかそうな部類に見えた。
輪からは少し離れているので静かに話せば声が聞こえることもなく、気を散らせたりしないだろう。
もっとも、二人とも相当に集中しているようだから、周囲の雑音の入る余地もなさそうだが。
「なぁ。 全然戦ってる感じがしないんだけど何で? もうちょっとこう駒の取り合いとかあるんじゃないの?」
シャルは自分が対局する、ということはないが対局を見たことは何度もある。
その記憶では、もっと駒を取り合ったり、相手の陣地にどんどん入っていった気がするのだ。
「戦い自体は始まってるさ。 自陣の防御を固めつつ相手のスキを突いて攻め時をうかがう…… 隙が無いから両軍がぶつからないんだ。 二人とも相当にレベルが高い」
「へぇ……」
どうやらクロエはシャルが思っていた以上に強者であったようだ。
と
コツ
「「おお!!」」
エドの一手に場がわく。
おいて行かれたのはシャルただ一人。
「え? 何々?」
「エドが先に仕掛けてきた!」
「あ、そうなの?」
そこからの展開はめまぐるしかった。
互いに駒を奪い合い、攻めては守り、攻めては守りの繰り返し、激しく入れ替わる攻守とそこから繰り出される妙手の数々に、観るものは魅了され、興奮し、されど冷静に対局を見据えていた。
…………シャル以外は。
「なぁ…… どっちが優勢?」
なんとも的外れというか、あんまりな質問だが、冒険者の男は丁寧に教えてくれた。
「正直どっちが優勢ってのは言えないな。 かなり拮抗している。 少しでも隙を見せたら一気に流れが傾く……そんな絶妙すぎるバランスでこのシーソーゲームは続いている」
「まじか……疲れそう……」
「実際、二人とも見えはしないが疲弊してるだろうな。 こういう手番が交互にやってくるゲームは常に相手のことも考えて動かなきゃならん。 手番なんていくらでも可能性があるのに、それを読み切るなんて至難の業なんだが……」
「二人はできてると?」
「ああ」
コツ
ざわ……ざわ……
「賭博〇示録かっての。 で、何?」
「わからん…………」
「はい?」
一瞬揶揄われたのかも、と思ったが、男の様子を見るにそうではなさそうである。
ということは……
「どゆこと?」
「正直俺にはまったく意味のない手に見える。 いや、周りを見るに全員わからんのか。 打ったところでなんの影響もないし、単に一手無駄遣いしただけに見える…… いったいどんな意図が?」
隣の男をはじめ周りを囲んでいた人間は一様に考え込むし、手が止まったところを見るとクロエも同じのようだ。
いや、クロエは傍目には同じように見えるが、シャルには何となくわかる。
きっと普段から表情がコロコロ変わるようで決して本心を悟らせまいとしているからこうやって崩れた時を見分けやすい。
「クロエのやつ相当焦ってんな…… 意味がない手だったらそこまで考える必要が……」
そこでふと考えてみる。
これは戦争を模したゲームだ。
では実際の戦争や戦いだった場合はどうだろうか?と考えてみる。
何も意味のない(ように思える)動きを敵がしたらどうだろう?
普通に考えれば……裏にあるだろう意味を考えるだろう。
それこそこの場にいる全員のように。
つまりブラフだ。
「じゃあ、なんだ? あのエドって男はただ嬢ちゃんに考えさせるためにあんな意味のない手を打ったってのか?」
そう聞いてくる男にシャルは、自信は全くないけれど、とした上で、こう答えた。
「ウォーゲームって打てる手がいっぱいあるだろ? でもそれらすべてを見切って優先順位をつけるなんて不可能だと思うんだよね。 制限時間もあるみたいだしさ。 だからどんな奴でもある程度『ない』手を排除してるんだと思う。 それは実際の戦争だって同じ、けれど負けるときはいつだって自分の想定を裏切られた時だ。 想定外のことが起きた時にすぐに正気に戻れたらいいけどさ」
制限時間という縛りがあるなかで、思考停止や余計なことに気を取られるのは命取りだ。
ましてそんなことに気を回せるような相手ではないのである。
「これがただのブラフで、自分のしていることが間違っていないと思いきれるならいい。 でも、そうじゃないなら……疑心暗鬼が生まれたならそれは隙にしかならない…… そうならなきゃいいんだけど……」
しかしながら、シャルの希望的観測は残念なことに、そのとおりにはならず、ゲームはここから一気にエドのほうへと傾いていった。
***
「そろそろ一時間か…… 一時間近くずっと攻め込まれて嬢ちゃんもよく耐えている……」
男がため息交じりに呟く。
エドが放った一手はすさまじく効果的だった。
実のところ何の意味もないのにそこに意味を持たせるという妙手によってクロエは一瞬のスキを突かれて一気に崩れてしまった。
一度崩れてしまうとそこから取り戻すのは容易ではなく、その焦りがまたピンチを招くという悪循環に陥っていた。
それでも何とか耐えているあたりは流石だが、綱渡りのような状況は変わりなく、いつ負けてもおかしくはない状況だった。
対局が始まってから一言も発しておらず、表情も変わらないが、現在は指の爪を噛む、という形でその苛立ちが表出してきており、やはり心理的に余裕はないことをうかがわせる。
(おいおい…… そうやって感情を表に出すなよ。 相手をつけあがらせるだけだぞ?)
さすがに口には出さなかったが、シャルは心の中でそう叫んだ。
一対一の戦いで精神的な優位性は馬鹿にできない。
自分で「追い詰められています」と正直に言おうものなら相手はこれ幸いにと攻勢を強めるだろうし、それは自分の首を絞めるということでもある。
もはや趨勢は決まった、仕留められるのは時間の問題……そう思われた。
それでもエドは攻勢を弱めることはしない。
それが相手に対する敬意だと思ったからである。
一方のクロエ
相変わらず爪を噛み、下を向いていた。
「いくら強気の嬢ちゃん消沈しちまっただろうな…… 気の毒に。 なまじ強いばっかりにここまで叩きのめされれば心が折れたって不思議じゃねぇ」
その感情は読み取れずともどう考えてるかは明白だろう。
そう取り囲む男たちは思ったのだが、
「どうかねぇ? アイツって諦め悪いから最後まで足掻くと思うよ? どんだけみっともなくても」
異を唱えたのはシャルだ。
そしてその言葉を裏付けるようにクロエがバッと顔を上げた。
その顔をみたエドは背筋にゾクリと走る感覚を味わった。
今までの無表情な鉄面皮ではない、自信に満ち溢れ、瞳は猛獣のようにギラついている。
明らかに自分が苦境に陥っているのにも関わらず、だ。
一体何を目論んでいるのか。
しかして、その答えはすぐのクロエの手番で出た。
コツ
もう何度目かわからない場内のざわめき。
「この取り残されてる感すげぇ嫌なんだけど。 で?何?」
そしてシャルの困惑。
「嬢ちゃんが攻めた…… 自分の守りをかなぐり捨ててだ。 つまり」
「自分が詰まされるよりも先にってことか?」
シャルの言葉に男は首肯で応じる。
「かなり賭けだな。 嬢ちゃんはすでにその首に刃を突き立てられているようなもんだ。 攻めきれないで、凌がれたら一気に負けるかもしれねぇ。 無茶苦茶だな」
「無茶苦茶だろうけど、そもそもアイツに守りに入るなんて性に合わないのさ。 どのみち綱渡りなんだ、でも守ってるうちは勝機なんてない。 あながち握手でもないんじゃない?」
派手なことを好むクロエだからこそ、地味な印象のある守りよりも攻めに転じたほうが彼女らしい。
見る見るうちに攻撃の手を増やし数で押し切っていく。
守りなんて計算に入っていないような戦いぶり、しかし徐々にではあるが流れもクロエにわたっていく。
今まで余裕だったエドにも若干その表情に硬直が見える。
しかし、次の瞬間には硬直も解けてまた目の前の一戦に集中する。
攻めに全集中をかけるクロエと守りつつも攻めの機会を逃すまいと大局を見据えるエド。
どちらの手が相手の首に掛かるのが早いのか……
誰もが息を呑んで見守った。
そして
コツ
エドの一手によって対局は幕を下ろした。
「両方の王が自陣から抜けた?」
「みたいだな? それってどうなんの?」
相変わらずわかってないのはシャルのみである。
「引き分けだ…… もう一度最初から再試合になる」
「仕切り直しかよ!?」
ざわつく外野を尻目に二人はというと、
「なかなかやるわねぇ…… もう一回やる?」
「いや、この後用事があってな、思いのほか時間がかかってしまった。 ここで失礼する。 また機会があれば」
エドがそう言って席を立ち、クロエは手を振って見送る。
エドが去ったバーは静まり返っていた。
あまりにすさまじい対局を見たがゆえにその余韻に浸っていた。
それを破ったのはシャルだった。
「何が『なかなかやるわねぇ』だよ。 負ける一歩手前だったじゃねぇか」
「結果引き分けだから問題ないわよぉ。 なかなか面白い試合だったでしょお?」
「何が起こったのか全然わかんなかったよ。 やっぱ私こういうボードゲームって性に合わないわ」
シャルはそう言いながらカウンターに戻り、グラスに残っていた酒を飲み干した。
***
「エドワードさん! どこに行ってたんですか! 探しましたよ!」
バーを出て道を歩いていたエドに話しかける女性がいた。
「ああ、悪い悪い、ちょっとな」
「お酒臭い…… 飲んでたんですか!? 困りますよ!? これから名人戦だっていうのに」
「問題ない。 キャリアだけのご老体なんかよりよほど厄介な相手なんかと一戦したからな。 酒に酔うことも忘れてたよ」
「酔う酔わないの問題じゃないんですよ! そもそもご老体って何ですか!? 相手は十五年も…………」
その後もクドクドと女性の説教は続く。
クロエもシャルも、バーのマスターも冒険者たちも知らない。
エド、本名エドワード=ベインズという男がこれからウォーゲーム国内王者への挑戦をこのあとに控えていることを。
すなわち、王国内でも指折り、というか最強クラスの男であったということ。
それと引き分けたということがどういうことなのか。
知るものは居ないだろうし、今後も現れることはあるまい。
すべては夏のある日の、酔っ払いどもの狂想でしかなかったのである。
次回予告
(???) 私はお父さんみたいにならないから!!
(???) 頼む……娘を救ってくれ……
(ジュリ) 任せろ!!
(ハリィ) ウチらに任せるっす!!
(ジュリ) 任せるっす!?




