砂の城 17
お嬢が生まれ変わる前、つまり男だったという頃の知り合いがパーティーの仲間になった。
お嬢の過去は大体聞いている。
あいつは特に何もしなかったようだが、何もしなかったらしなかったでそれもまた許しがたい。
とばっかり思ってたんだけど、お嬢は思いのほかあいつ……サクラだっけ?のことを受け入れていた。
ククルも気に入ってるみたいだし、トリナも気にかけてるし……案外気にしなくてもいいのか?
ま、奴隷になったっていうのは確かに気の毒だし、頑張ってるし……
で、お嬢本人に聞いてみたら
「いい加減過去ばかりを振り返るのはやめる……とかそういう前向きな理由じゃないけど、いちいち引っかかっているのも疲れるしな。 あの時までの私は死んだんだ。 そう思うことにしてる。 向こうも負い目はあれどそれ以上特に悪意は感じないしこれでいいのさ」
一回死ぬとこうも切り替えられるもんかね?
経験したことないかわかんないや。
経験したくもないけど。
「今回のミソは侯爵にとってマエストリ伯爵はどの程度付き合う価値のある相手かってところです」
作戦決行前夜、パーティー≪銀色の狼≫およびミレッジ家の主人のディーナ、そしてそのメイドたちが屋敷で一堂に会していた。
「伯爵と侯爵は互いにやましいことを抱えあっている仲、ある意味で運命共同体。 かなり重要度は高いように思える」
と挙手して答えたライラに対し、咲良はそれを否定する。
「伯爵からすればそうかも、でも公爵からしたらどうだろう? 家の格は伯爵だけど今一代目だし歴史なんてない。 領地は持っていてそこそこ重要っぽいけどそもそも侯爵があげた土地だよね。 そういえば伯爵に爵位をあげた理由って何なんでしたっけ?」
「侯爵が例の領地の領主代行にマエストリ伯爵を……当時は伯爵ではありませんでしたが任命、その後どこかの国の兵団がその領地に侵入、指揮を執って追い払ったという功績だそうです。 どこの国なのかは不明。 ちなみにふつうはこれで爵位をもらえるはずがないと貴族の間ではもっぱらの噂だったそうです」
「ただの実績づくりなんだろうけど侵略してきたほうもちょっと怪しいな。 とにかく、ライラの言う通り侯爵と伯爵の間にはのっぴきならない事情があるのは確かだ。 伯爵の地位に就いた経緯もそうだが、伯爵の父親が竜殺しを偽りおそらく隣国が得るはずだった領地をなし崩し的に分捕ってその見返りに準貴族を…………あ」
「レティシアさんは気付いたみたいですね。 貴族云々で目がくらんでましたが、この話国益でいうと伯爵の父親、つまりツェットっていう冒険者が行った行為ってむしろ称賛なんです。 それどころか糾弾しようものなら例の領地の所有権も絡んできて、道理的に自分たちの土地だと主張するのはかなり厳しいものになってきます。 よって表立って竜殺しの嘘を裁くことはできません」
「だとしたら話が振出しに戻るぞ? これを新聞社に持ち込む理由はなんだ?」
そうレティシアが聞くと咲良は何とも悪い笑みを浮かべた。
「表向きはって言ったでしょ? 侯爵が相手してるのは何も他国や対立派閥の人間だけとも限らないんだよ。 出世に貪欲な貴族の中には侯爵を追い落として新しく派閥の盟主になろうと狙ってる人もいるんじゃないかな?」
「つまり?」
「侯爵に何かしら処分が下ることはないだろうけど、求心力が低下する可能性は大いにある。 そして侯爵と伯爵の間にあった秘密の取り決めは明日、白日の下になる。 侯爵からすればマエストリ伯爵を守る理由がなくなったうえ、自分の立場を考えれば何かしらの手を打つ必要はある。 一番は『実は私も知りませんでした』って言い張ることかな? 十中八九マエストリ伯爵は侯爵から切られる」
「まさか爵位のはく奪か? そんな権限は侯爵にはないぞ?」
「前に一度やったじゃないですか? 理名の時に」
「え? 私?」
急に話題に上り混乱する大和理名を尻目に、一同は得心がいったようだ。
「当主交代か」
「表向きなんの処分もできないのは伯爵のほうも一緒。 でも貴族派閥の引き締めはしたいし、何よりマエストリ伯爵とあまり仲良しであると思われるのは良くない。 体面上は身内派閥のポカを侯爵が処罰しましたよっていう体裁が必要だからね。 ついでにキース君なるご子息に伯爵位を継がせるという恩を着せることで秘密がこれ以上漏れることも防ぐ。 まぁ、身内の貴族連中からすれば自作自演に見えるだろうけど実際、首を切れるって見せることで影響力を誇示できればそうそう大っぴらに攻撃はしてこないよ。 それでも侯爵はしばらく好き勝手できないと思うのでその間はディーナさんが好き勝手してください。 その代わりに時間稼ぎは任せます」
「はい、任されました」
ディーナの瞳は咲良を捉えていないはずだが、それでも咲良のほうを向いてお辞儀した。
どっちが身分が上だかわかったもんじゃない。
「しかしながら」
と、決まりかけていた流れを止めたのはベルだった。
「お子二人はどうにも貴族という身分にいることが不服のご様子、伯爵位の継承を受けるとは思えません」
確かに、伯爵という地位にいる父親が不服だからこうして裏切りにも近い手段をとっているのだ。
それが伯爵の地位を受け継げ、と言われて素直に聞き入れるものなのか?
「そこが面白いところ……というか、そういう性格であればこそシャルを取り戻せるんだよ」
「…………」
空間の時間が停まった。
「え? なんで静寂?」
「シャルのことなんて忘れてるとばかり……」
レティシアたちは咲良が伯爵や侯爵を攻撃することばかり注視しているので、シャルのことを忘れていると思ったようだ。
「失敬な! ちゃんとわかってますって! いいですか? キース君は自分の父親が伯爵なのをよく思っていない。 当然爵位を受け継いだってそれを承服しない。 けれど、すこし見方を変えてもらうようにシャルさんにアドバイスさせてもらいました」
「アドバイス?」
聞き返したレティシアは内心きっと、またなんか入れ知恵したんだろうなとは思っていた。
それ自体悪いことだとは思わないし、むしろここまで読み切っていることにひっそり称賛する。
「『自分の父親の爵位をもし不当に得たものだと思うなら、それを国に返してこそはじめてけじめをつけたと言えるんじゃないですか?』って」
「つまり爵位を返還させる気か?」
「可能ですよね? ディーナさん?」
「自分に貴族としての責務、例えば領地経営が難しいと考えれば返還自体は可能よ? 病気になってしまってほかに任せられる人がないとかね。 けれど普通はやろうとする人はいないわ。 かなり異例のことになるわね」
貴族というのは出世欲や功名心の塊だ。
普通であれば逆にその地位に是が非でもしがみつこうとするものである。
「きっと騒ぎになるな。 当主交代でもいろいろ想像されそうなのに、息子が伯爵になった途端その地位を放棄しようっていうんだから」
「咲良」
ライラが再び挙手をする。
「何?」
「侯爵が爵位の返上を阻止する可能性はない?」
「現状、侯爵がキース君とフランさんに対して持ちかけられるような手札はないから平気。 これ以上侯爵に困る話が出てくることもないから多分暗殺もない。 でも別口で狙われることはあるかもしれないし、一応国外に出てもらったほうがいいかも。 レティシアさん警護お願いますね」
「ああ、それで伯爵としての地位がなくなればさっき言ったように平民に戻る。 そうすればシャルは戻ってくるってわけか……」
「そういうことです。 ということでみなさん、各自自分の役割を果たしてシャルさんを取り戻しましょー」
おー
とは誰も言わなかった。
***
数日後、結局咲良の思惑通り、マエストリ伯爵が体調不良を理由に伯爵位を退き、息子にその爵位を委譲、そして新たなマエストリ伯爵はその日のうちにそれを国王に返還した。
面白いほどに咲良の言ったとおりに事は運び、そして最初にディーナが時間を稼いだ以外こちらサイドは一切何もしていなかった。
そして
「あー、いや、なんていうか……いろいろご迷惑とご心配をおかけしまして…………」
漸くパーティーに戻ってきたシャル、ほぼ不可抗力とはいえ迷惑をかけたという自覚はあるようで、随分低頭平身な態度であった。
そんな彼女をいつものアパートの門で出迎える。
「お帰り、シャル。 いやシャーロットと呼ぶべきかな?」
「勘弁してよお嬢。 ただでさえむず痒いんだから。 これまで通りシャルで頼むよ」
戻ってきた嬉しさからか軽口が随分多い二人。
今は違うとはいえ、元は従者と主人の間柄だったのだが、どうやらその関係は従来のそれとは違うようだ。
そんなに二人の間に入っていったのは咲良である。
「シャル、あの二人ってもしかして?」
「おお、サクラ。 お前がいろいろ考えてくれたんだってな? ありがと。 あの二人は私の兄と妹だよ。 国を出て冒険者になるんだとさ」
シャルからそう聞くと咲良は今度は二人に歩み寄った。
「お二人がキースさんとフランさんですか。 この度はシャルさんの奪還にご協力いただきましてどうもありがとう」
咲良がそういうと、二人は驚いたように目を見張った。
何とも上からな物言いもさることながら、彼女の一言で二人は悟ったのだ。
この目の前にいる少女がこの一件を解決に導いたことを。
しかし、ふたりが驚いたのはそこではない。
彼女のことを一切知らなかったからある意味では仕方なかったのだが、この道筋を描いていたのはもっと高齢、それこそ自分の父親くらいの男性だと思っていたのだ。
それが自分たちと同年代と思しき女子、しかも彼女からは強者の風格を一切感じない。
強者か否かで物差しを測るのもいかがなものかとも思うが、とにかく予想外だったのだ。
「それでですね? お二人にお聞きしたいことがありまして」
「なん(だ・でしょう)?」
「あなたたちのお爺さん。 いろいろ調べてもらったんですがどうにも情報が出てこないんですよ、特に準貴族に列せられる前の話が。 どこで何してたのか全く分かりませんどうしてでしょう?」
咲良が聞くと、一気に二人の表情は厳しくなった。
「…………何が聞きたい?」
そんなキースの返答にある種の確信を持つ咲良、しかしそれでも止まらない。
「単純に隠したという可能性はあります。 しかし、特に瑕疵がないなら隠す必要はないでしょう。 となれば隠したくなる理由があったか、もしくは|そもそも存在しない人物か《・・・・・・・・・》……どっちでしょう?」
我ながら底意地の悪い質問だなぁ……と咲良も思う。
でも気になっちゃったので聞いてしまった。
さて、当人たちの返答はといえば、
「その先は我々が……家族だけが知ることを許されることだ。 踏み込むことは許さん。 では失礼する」
そう言って一礼し、二人は咲良から離れていった。
「行っちゃった」
「何の話してたのサクラ?」
「トリナ。 実は……いや、やめとくよ」
「は?は? ひとりで話完結させないでよ?」
トリナはどうにも何かはわからないが、何かを秘密にされたことそれ自体がお気に召さなかったらしい。
なんとも正直で真っ直ぐな彼女らしい。
「何で手柄を偽ってまでって思ってね? 三女くらいだったらワンチャン平民でも結婚できそうじゃん? 人柄次第では婿にとってくれるかも。 それがなかったのは、余程二人の結婚を反対されたか、もしくは…… 身分に執着するのにもそれなりの理由があるってこと」
「……全然わかんない」
「わかんなくていいの。 さ、行こう。 みんなでシャルが帰ってきたお祝いするんでしょ?」
結局咲良に諸々をはぐらかされつつ、背中を押されトリナは皆の輪の中に戻っていく。
崩れた砂の城を掘り起こす必要はまったくないのだ。
全ては虚像という砂のなかで永遠に眠り続けるのである。
***
「なんとも底の知れない女だったな」
揺れる馬車の中、キースがぼそっと呟く。
「あの黒髪のお嬢さんですか?」
「ああ、幸運だったのは、彼女が自分の知りたいことにしか興味を示さなかったことだろうな」
「やはり気づいていたのでしょうね。 一体何をもってそういう結論に至ったのやら」
そう言うフランの膝の上には小さな箱が載せられていた。
その箱のカギのダイヤルを回し、蓋を開ける。
中には例の祖父の手記がそしてその下には首輪が置かれていた。
成人男性が嵌めるのにちょうど良いサイズだ。
最も真実に近づいたあの少女、彼女の首にもつい数ヶ月前まで存在していたことを二人は知らない。
きっとこれからもそれを知る機会は無いだろう。
次週はエピローグ、そのあとに次章へと進みます。
え?エピローグってことは今回で終わりじゃないじゃないかって?
でもほらエピローグってことは話が終わったから出せるわけで……




