砂の城 16
(ディーナ) とりあえず候爵は身内派閥の対応で大忙しでしょうから、しばらく身動きは取れないはず。 さて、どんな手でイジメようかしら?
(ウルル) 年寄りをいじめると罰が当たるよ?
(ディーナ) その怪我どうしたの?
(ウルル) いや……
ドロル侯爵の馬車に乗せられ屋敷へと戻ったマエストリ伯爵。
執事筆頭の男だけが出迎えにやってきた。
これが普段ならば屋敷のメイドや執事数名が出迎えたことだろう。
それが自分が仕えている主への敬意を示すことにもなるのである。
それが無いということは、
(それどころではないほど対応に右往左往しているか、私への敬意などすでに無くなったか……まあ後者だろうな)
自分の爵位が親から伝わったものではないのは周知の事実とはいえ、その立場に疑いがあるとなれば……ということなのだろう。
「キースとフランはどこにいる?」
伯爵がそう聞くと、出迎えた男は困ったような表情のまま、重々しく口を開いた。
「おそらく中庭でしょう……いつものように訓練をしているものと……」
男の言葉を最後まで聞かず、中庭の-のあたりで歩き始め、中庭へと向かう。
***
中庭に行けば、二人は今この家で起こっていることなど知ったことなどないばかりに喧しく剣を打ち合い汗を流していた。
ある意味で悠長ともいえるその態度に伯爵はまた苛立つが、いまはそれどころではない。
「キース! フラン!」
子供の名を叫ぶと、二人はそこで初めて自分たちの親を認識したようで、剣を下ろし体を正面に向ける。
その表情に動揺はない。
対して、伯爵のほうは実の子供らに対するものとは思えない憎悪を込めた表情を向けている。
「単刀直入に聞く。 新聞社にわが家の秘密を、具体的には私の父上の手記を売ったのはお前たちだな!?」
新聞記事には、伯爵の父親であるツェットが本来冒険者ですらなく、竜殺しの手柄を、実際討伐した冒険者から殺して奪ったこと、侯爵(大物貴族と伏せられている)と取引し、準貴族になったことが書かれていた。
またその情報のリソースとして載っていたのは、そのツェット本人のものだという手記だった。
しかし、この手記の存在を伯爵は知らず、知らなかったがゆえに侯爵も把握ができず、対応が後手に回ったのである。
とはいえ、だ。
さすがに身内以外からこんな手記がこんなタイミングで出るということもあり得まい。
ということは、
「お前たちしかいないのだ……こんなふざけた記事の片棒を担げるのは……」
「ふざけてなどいません」
長男が言い切る。
「お父様、その記事ではお祖父さまのした行動のみが書かれていますが……」
そう言うと、フランが歩み出て、自らの父に数枚の紙束を渡す。
「それがお祖父さまの書いた手記のすべてです。 それは複製ですから処分しても無意味ですからね」
書かれていたのは記事にあるような自分がしてしまったことを告げる内容、そしてそれに対する懺悔と自分の子孫への謝意が合わせられていた。
「こんなもの……私は知らない……受け取っていないぞ!」
子孫というなら自分は直属の息子、存在を知らないこと自体おかしいのではないか?
そもそも二人は自分たちの祖父と対面していない。
生まれる前に病死しているからだ。
ではどうやって受け取ったというのか?
「父上では見つけられますまい。 ですが、私とフランであればすぐに見つけることができました。 どこだと思います?」
「そんなの分かるわけ……」
「倉庫の中、正確には武器の貯蔵庫ですよ」
「!」
貴族は本来自分の領地にいて、有事、例えば魔物の発生や他国の侵略に対して先頭に立って対処しなければならない。
もちろん、領主に高い戦闘能力を求めないにしても、多少なりとも剣術は修めていることが良しとされているし、魔力もあればなおのこといいだろう。
しかし、マエストリ伯爵は修める云々の前にそういったことを徹底して遠ざけてきた。
剣もろくに握っていないし、当然訓練もしてきてはいない。
しかし、伯爵の態度は度を越しているとはいえ、長いこと戦争のないこの国では貴族は戦いに備えることはせず日々悠々自適に暮らしているし、そんな野蛮なこと人間のすることではない、などという本末転倒も珍しくない。
とはいえ、だ。
教養程度に剣術を学ぶ貴族は普通にいるし、学校でも必須科目になっている。
ゆえに普通であれば伯爵もこの手記の存在に気づけたはずなのだが……
「我々にはお祖父上が父上に悟られないようにあのような場所に仕舞ったように思えます」
「それで? お前たちはそれを手に入れて、私に知らせることもせずずっと隠し持っていたばかりか、こうしてわがマエストリ家を潰す切り札にしようとしているというのか!? 私がこの家を今の地位に押し上げるために、そして維持し高みへと上らせるためにどれだけ腐心したと思っている!? この国の貴族として列せられる素晴らしい家を潰し今の地位をも捨てようというのか!? どうしてそんな愚かなことができる!? 気でも狂っているのか!?」
「狂っているのはこの家です、父上」
キースはあくまでもハッキリ言い切った。
「そもそもお祖父上の爵位自体本来あるべきものではなく、この家が持つ伯爵位もあの土地も本来この手になかったものでしょう!?」
「違う! この家は私の力で勝ち取ったものだ!! あんな父親の卑劣な手段で得たものではない!! 侯爵の推薦を得て国王陛下から賜ったもの! 誰にも借り物と嘲させたりはしない!」
その言葉は確実に自分たちの子供に言ったはずなのに、どこかほかの誰かへの言葉であるようにも聞こえた。
そしてキースとフランの二人はそれが誰のことであるのかも知っていた。
「お父様……記事にしないように頼んだので書かれてはいませんが……お祖父様の手記にはお父様のことも書かれていました。 学校で貴族の子息からは見下され、一般庶民の方々には蔑まれた」
伯爵の眼が大きく開かれる。
遠回しな肯定だ。
彼は少年時代を学校で過ごした。
マエストリ伯爵はかつては準貴族の息子だった。
準貴族であるから一代限り、すなわち伯爵に継承権はない。
それゆえに学校では貴族の子息からは成り上がりだの、偽者だの借り物だの、庶民が貴族の真似事をしているだの、兎に角馬鹿にされて来た。
一方、庶民のなかには、高圧的でいつも自分たちを見下している貴族に嫌悪感を持つものも少なくない。
そんな貴族に庶民が成ったということで裏切り者、正確にはその息子であると距離をおかれた。
どちらも道理というより心情的な問題だが、人というのは得てして心情を何よりも一番に置いてしまうものなのである。
そんな学生時代ゆえに、準貴族であるという身分にコンプレックスを抱き、それは日に日に大きくなった。
やがてコンプレックスは虚栄心へと変わり、貴族の地位に執着するようになった。
それが父親の死後、ドロル侯爵に取引、いや最早脅しにも近い手段を取るというあまりにも命知らずの行為に走らせた要因である。
家のためだ何だと言っているが結局のところ自分の見栄のためでしかなかったのである。
「ですがそれもお仕舞いです父上。 この家もあなたのプライドも中身を伴わない只の張りぼてに過ぎないのです。 それが崩れるのが今だっただけのこと。 もう誰にも止められないのです」
無情にも自分の息子から言い放たれた絶望的な言葉、伯爵はその場に膝を付き、ブツブツと何かを言い続けている。
屋敷の上の階の窓から覗いていたシャーロットことシャルには聞こえなかった。
尤もそんなに聞く気も無かっただろうが。
その日の夕刊、其処でマエストリ伯爵の隠居と息子、キース=マエストリの伯爵家就任が報じられた。
冗談みたいに狙ったようなタイミングであったが、今度は一紙の独占スクープではなく、あらゆる新聞に報じられた、ゴシップなどではない、大真面目なニュースである。
次で今章は終わりです。
終わるはず、
終わらせたい。
終わるよね?
誰に聞いてんねん。




