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残酷で美しい異世界より  作者: 狼森エイキ
砂の城
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砂の城 15

(ライラ) 記事を書いているのは主に女性、学校を卒業後、すぐに嫁ぐ必要もなくて働きたいという女性はこの職に就くことも多い。


(咲良) 職業婦人みたい。


(トリナ) いや、あんたなんでここにいるのよ?


(ライラ) 出番がなくて……

 昼食会は特に大きな波風が立つこともなく、現在三人はデザートが運ばれてくるのを待つのみとなっている。

 

 そう、なにも起こらなかったのだ。

 もちろん三人一切会話がなかったわけではない。

 この国の将来のこと、現在起こっている内外の諸問題。

 ディーナ=ミレッジは殊勝にも貴族として先達である二人に対し、意見も求めた。

 もともと対立貴族ということもあってそういう話をすれば話が白熱しすぎてしまうのではないか、とも思われたがそんなことは一切なく、表面上和やかな昼食会となった。

 それはそれは不自然なほどに。


 (なぜだ? なんで何も言ってこない!?)


 マエストリ伯爵はずっとそう思っているのだが、口には出さない。

 この会は昼食会であるからそれが建前としてある以上その裏にある意味を問うというのは少々無礼であるから、すこしばかり言い回しを工夫する必要がある。

 相手の目的が分かっているとはいえ、それを口に出せば言外にそれを認めているようなものだからだ。

 貴族に深い教養が求められるのはこういうことがあるからである。

 マエストリ伯爵も貴族ではあるがこういう状況での攻めの方法には自信がなく、期待を込めて侯爵のほうを見てみる。

 で、ドロル侯爵はその視線に気づいたのかどうか、口を開く。


 「ディーナ嬢よ、本日の昼食会なかなか楽しかった。 親子、否孫以上に年が離れれば話も合わんと思っておったがそんなことは全然なかった。 もう少しでお開きではあるが……今後もし手助けが必要な時はなんなりと言うとよい。 父上のことで少々思うところがあるかもしれんがともに王国を発展させようという同じものを見ている同志、助力は惜しまん」


 「それはそれは、侯爵様とよい関係が築けるのであればミレッジ家にとっても吉報となりましょう。 では、そのお礼というわけでもないですが……」


 ディーナは後ろに控えていたメガネのメイドを手招きで呼び寄せ、そして折りたたまれた紙を受け取る。


 「こちらはある筋から手に入れたものです。 あ、ある筋のことが何なのかは聞かないでくださいね。 御存知の通り私は目が見えませんからこんなものを渡されても読めないのですが……これを字の読める者に見せたところ大層驚かれましてね。 伯爵に関する記事のようなのでお見せしようかと」


 ディーナより記事を受けとる。

 印刷が表一枚しかないこと、至るところに文章の推敲がみられることからまだ世に出る前のもの、いわゆるゲラという奴だ。


 そしてその記事を読んだ、正確には見出しを読んだ、たったそれだけで伯爵の眼は大きく開かれた。


 記事に書かれていたことはこうだ。


 『王国の闇! 準貴族が不当に爵位を獲得か!? 息子が伯爵位の謎!』


 『功績となった獲得領土にも疑惑の目!』


 『裏に大物貴族の影!!』


 なんともセンセーショナルで人の目を引きそうな見出しの文言か。

 人の噂は恐ろしいくらいに広まっていく。

 それは噂の内容が面白く、インパクトがあるほど広まりやすい。

 これが国中に広まったら?

 伯爵が負うダメージは計り知れない。


 恐ろしいのはもうすでに記事になっていることだ。

 記事ではなく、ディーナが口に出しただけだったならどうにでもなっただろう。

 業腹だが交渉の余地はあるだろうし、それこそ侯爵ならばうまくことを運んでくれるかもしれない。

 だが記事となれば話は別だ。

 ディーナがリークしたのか同課は不明だが、伯爵を蝕む毒は今か今かと外に出る時を待っている。

 夕刊か翌日の朝刊か。

 どちらにしろ……


 「何を意味の分からないことを…… ディーナ=ミレッジ殿、貴女はこんな三流の出鱈目な記事を信じて我々の心配をしたというのか?」


 (そうだ。 まだ証拠があるわけじゃない。 まだ噂の段階……)


「それはそうですが、それでもお二人には大きなダメージとなるのでは? こういう場合、得てして重要なのはどれくらい面白いかでしょう?」


 確かに噂といえども侯爵たちを攻撃したい者にとっては格好のえさとなるだろう。

 実際問題、この話は事実であるから叩かれればボロが出る可能性を否定できない。

 というか、そうならなくても貴族連中があることないこと言って、力わざで事実としてしまう可能性だってある。

 彼らからすればそういう疑惑があるだけで充分なのだ。

 事実かどうかは(実際は事実だが)まったく重要ではないのだ。


 「何が……」


 マエストリ伯爵が重々しく口を開く。


 「はい?」


 「何が望みかと聞いている! こうやって世に出る前の記事を見せて来たのだ! 何かの目的があってのことだろう!?」


 確かにこういう機密性の高い部屋で発行前の新聞記事、それも相手の痛いところを突いてくるもの、脅しのネタにしか思えないだろう。

 とはいえ相手に要求させる隙を与えるという大失策、彼にはもはや余裕などない。

 最早、自分の今の立場を維持するためには手段を選んでいられないのだ。

 そんな必死な伯爵をよそに、ディーナは困ったように眉をㇵの字に傾け、そして見えていないはずの両の眼で伯爵を見据えた。


 「困りましたね…………要求なんて本当にないんですよ。 そもそも、お二人は少々勘違いなさっている様で」


 「勘違い?」


 聞き返す伯爵には何のことだかわからない。

 そんな伯爵をよそにディーナは後ろに控えるメイドに顔を向ける。


 「ウルル、今何時かしら?」


 「はい、13時と半刻を少し過ぎたころでしょうか」


 「そう、つまりここに来てから二時間は経ったわけね……」


 一体何を言っているのか?

 なぜ今時間の確認なんてしたのか……

 伯爵にはまるで意味が分からない。


 しかし、その意味をくみ取った者がいた。

 人生の先達にして、老齢になってなおその強烈な野心と深い洞察力を持ち人物が。

 そしてその顔には深い笑みがこぼれていた。

 一見すると、新しい玩具を買い与えられた子供のようにも見える。


 「さて伯爵、我々はそろそろお暇せんか? あまり長居しても店に迷惑がかかるじゃろうて」


 いきなり何か?とあっけにとられる伯爵をよそに侯爵は席を立ち、ディーナを見据える。


 「子爵殿よ、此度の食事、大変に楽しませてもらった。 この会を取り仕切ってくれた者にもよろしく言っておいてもらえるかの?」


 「はい、確かに……」




***




 「ドロル候!!」


 部屋を出て、出口へ続く廊下でマエストリ伯爵が声をかけると、その相手はこちらを向きこう告げた。


 「今言いたいことは多々あるじゃろうがそう言う場合でもない。 伯爵よ、ひとまずお主の馬車はここにおいておくとよい。 代わりに儂の馬車に一緒に乗せてやろう」


 「はい?」


 「わからんようじゃな。 今自分の家がどれだけ危機的状況にあるか」


 ひとまずドロル侯爵に言われるがまま、馬車に乗り揺られながら待っていると、侯爵は先ほどの記事を渡しつつ、こう告げる。


 「その記事な、おそらくもう世に出ておる」


 「は!? そんなわけはありません! 今朝の朝刊には一通り目を通しましたがこんな記事は……」


 流し読みとはいえ、こんなものが書かれていれば流石に気づいたはずだ。

 しかしなかったのだから今朝の朝刊にはなかったのだろう。

 ということは。


 「別の出版社のものですか?」


 伯爵が読んだのは国営のものだけ、他であればあるいは……

 しかし、侯爵はその可能性を首を振ることで即座に否定する。

 

 「それもない、朝刊に出ておればもっとお主の周りが騒がしくなっておろうて。 儂とて気づけたはず。 よってその可能性はない」


 確かに、伯爵家に関するスキャンダルとなればもっと家の周りが騒がしくなってもいいだろう。

 それに侯爵のことだから、気づいた段階で何らかの手を打ったはず。

 しかし、それもない。

 ということは、


 「もちろん夕刊という線もないぞ。 まだ早すぎる」


 夕刊というくらいだから出るのは夕方、一時過ぎではあまりにも早い。

 ならばいったいどこの新聞記事か。

 そもそもなぜ、もう世に出ているなどという断言ができるのか。


 「まずもって子爵殿が儂らを呼びつけた理由、それは時間稼ぎじゃよ」


 「時間稼ぎ?」


 屋敷を出て馬車でここに来るまで一時間前後、あわせて食事会の時間は二時間、つまり我々は三時間程情報が入りにくい状況になっておった訳じゃ。


 「侯爵の仰るとおり、その間にこの記事を書き上げたのだとして、それでも世に出るのはやはり夕方になるのではありませんか?」


 そして、侯爵の影響力を持ってすれば、それだけの時間があれば握り潰せるだろう。


 「伯爵よ、もう1つ忘れておるのではないか? 三時間どころか小一時間もあれば売りに出せるもの。 中身に相応のものが求められるが、今回の一件はそれも満たしておる」


 (相応のもの? つまり大きな事件などということか? それが小一時間で?)


 「まさか号外ですか?」


 「左様、おそらく話は我々が家を出る頃には始まっていたのじゃろう。 そうして食事をし、会話に華を咲かせておった頃には、記事も書き終わり、大スクープとして王都を盛り上げておったことじゃろう。 何かあるとは思っておったが、子爵殿も手駒の1つに過ぎなかったとは…… それ読み切れなかったのが敗因かのう?」


 自分たちの置かれている状況に反して、貴族界の大物の顔はいまだにその笑みを途絶えさせては居なかった。


 「いやはや、儂をも出し抜くほどの頭の切れ……本当に会ってみたいものじゃわい」


 その余裕ともいえる態度に伯爵は頼もしさを覚える反面、どこか不気味さも感じていた。

(タニア) 侯爵が馬車に乗った。 マエストリ伯も一緒だ。 部下も載せたな。


(サンドロ) お、マジ? あの爺、警戒心強いくせにすんなり載せたじゃん。


(タニア) そんなこと言ってられないんだろう。 対策だって練らなきゃならん。


シュッ


(サンドラ) 見張り……行った……


(サンドロ) へぇ、お嬢に手出さなかったんだ。 意外。


(サンドラ) 交渉……できなくなる……困る……


(タニア) 手なんて出したらそれこそ対立は決定的だ。 取引できる余地も残しておきたいんだろう……


(サンドロ) 暗殺者置いておいてか?


(サンドラ) こっちも……同じ……


(サンドロ) 見張ってただけだし! 暗殺とかしねぇし!!


(タニア) なんだっていい、向こうも掃けたんだ、合流するぞ。


ツルッ


(サンドロ・サンドラ) あ


To Be Continued


* 三人は屋根の上で会話しています。 危ないので真似はしないようにしましょう。

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