砂の城 13
いまなんて?
私がそう聞くと目の前の絵画のごとき少女はこともなげに
帰った。
とただ一言だけ告げた。
それの意味するところ、私の師匠は私をこの場に置いていくつもりらしい。
しかも、この少女が言うには端からそのつもりだったようだ。
これも修行らしい。
と目の前の少女が言った。
私は師のもとを離れ自らの力のみで研鑽し、目の前の少女はお友達が増える。
ああ、なんとも収まりのいいことだよ。
「愛は人を狂わすって言うけどねぇ……」
「人の愛は剣よりも強いといいます。 それで国が傾いたなんて話も決して本の中の出来事だけではありません」
「そんで死んだ後まで生きてる人間に面倒かけるなんて幽霊として化けて出てくるよりも厄介だな」
「同感ですね。 さて、次話になりましたので話を変えましょう。 今度は貴女の父君のことです」
「そっちも当たりがついてるってこと?」
***
「それで咲良、そのツェットという冒険者もどきがどうやって爵位を手に入れたかはわかったよ? けれど伯爵は? そもそも準貴族は世襲できないし、彼の爵位は伯爵だ」
そうサリアが聞くと咲良は手で顎のあたりに触れ、首をかしげる。
「う~ん。 こうなっちゃうと完全にわたしの予想だけれど、やっぱり伯爵自身が侯爵と取引したと考えるのが普通でしょうね。 あの夜会でしかお目にかかってませんがだいぶ貴族であるということを鼻にかける性格だったから、父親の死後に平民に戻るのが嫌だったとか?」
「別に準貴族はほかの貴族並みにいい暮らししてるわけじゃないぞ。 家族を養うくらいの食い扶持はあっただろうが。 伯爵だって本当なら成人後は働きに出なきゃならんくらいだろうし。 それはどこも一緒か」
そう言うレティシアに対し、ベルが挙手をする。
「レティシア様、その件ですが、ツェット氏は冒険者を引退後、国から貴族に支払われる給金と王都を守護する騎士の仕事をして稼いでいたようです。 平民よりはいい暮らしでしょうがやはり、王都のほかの貴族と比べると……仕事をしていた分懐は潤ったでしょうから、男爵位くらいでしょうか?」
「私が言いたいのはベルが調べたような経済的な話じゃなくてね? もっと心情的な話だよ。 名誉職なんでしょ? その名誉を享受できないことが許せなかったんだね」
ようは利があるかどうかではなく、本人からすれば「貴族」であるということがなにより重要であったようだ。
「流石になんの脈絡もなく貴族にはできないと思うけど……例の平原の平定のため、とかかな? 侯爵もだいぶご高齢だからそう何度も王都と行き来できないから、代官置くくらいならいっそ爵位と土地をあげてもいいと思ったのかもしれない。 そうして伯爵を満足させて不満を持たせない分には過去のいろいろが表に出ることはない」
「一蓮托生だな」
そう言ってレティシアは椅子の上で足を組みなおす。
「で、だ。 お前の推理はすごいよ。 現状何の証拠もありはしないが筋は通ってるし、破たんもないように見える。 けれど肝心なことを忘れてないか?」
「忘れてるだなんてそんな。 ちゃんとそれも考えてますよ」
それとはすなわちシャルを取り戻す手段のことだ。
「これはかなり悩みましたよ。 何せ向こうの言い分にはおそらく大きな嘘はなく、かつ理に適って正当性もある。 第三者から見れば、正義は向こうにあるように見えるでしょう」
伯爵や夫人、家の人間がシャルの母親であるステファニーにしたことは問題ではあるが、それもそうするだけの事情があったからであり、特別悪であるとも言い切れない。
それほどに貴族にとって世継ぎの問題は大事なのだ。
問題はシャルが亜人との混血である点だが、長男はいるし、生まれた順番などいくらでもごまかしがきく。
そこから生まれる憂いは侯爵家にシャルが嫁ぐことで解決できそうだ。
さらに言えば、その後死んだと思っていた生き別れの父娘の再会、そして引き取るという宣言。
こちらも正当性はあるし、世間だって伯爵の行いを良いほうに評価するだろう。
もしかしたら亜人云々の話も万が一外に出ても、民衆の間では物語がごとき展開ゆえにそれほど問題ないのかもしれない。
あれだけ、シャルを溺愛しだした伯爵だ、きっと他の貴族連中から守るだけの気概はあるだろうし、過去のことを考えれば侯爵も味方するかもしれない。
「つまり正当性が完全に向こうにある以上こっちも正面切ってシャルを取り戻す方法が無いわけです」
そうはっきり宣言した咲良にトリナが言い寄る。
「ちょっと咲良……!」
そんなトリナに対し、咲良はあくまでも冷静に人差し指で彼女の唇を押さえ制止する。
「まあまあ、最後まで聞きなよ。 正攻法がないだけで方法が無いわけじゃないんだよ。 例えば――――――」
***
「まじかよ……」
ベルの口から語られた方法、それを聞いてシャルは驚き、何も言えなくなる。
「結構大ごとになっちまうな。 うまくいくのか?」
「うまくいくかどうかは神のみぞ知る……というか、タイミングがかなり重要であると思っております。 明日からその準備にかかりますが、シャルさんはもう数日ここでお待ちください。 決して気取られることのないように……と言いたいところなのですが、実はサクラさんより言伝を預かっております」
「なに?」
「伯爵のお子様たちについて聞いてきてほしいとのことでした」
「ああ、キースとフラン……そっか、そういうことか……」
「何かわかりましたか?」
「メイドが言うにはここじゃ先代……ツェットって言うんだっけ? そいつのこと言うのタブーみたいなんだよ。 伯爵、先代のこと毛嫌いしているみたいでさ……」
「そう言えば伯爵は冒険者という職業を嫌っていましたね。 もしかすると先代のことがあるからでしょうか」
「かもな、秘め事というにはあまりに卑劣な行いを知ってか、それとも自身の貴族としてのプライドか…… それはまあ、どうでもいいや、問題は兄妹のほうだよ」
「何ですか?」
「今日アタシにこう言ったんだ『貴族に列せられるべきじゃない。 ただの罪深いろくでなしどもの作った家』って。 これってさ」
「十中八九先代と伯爵のことでしょうね。 竜殺しが嘘となれば当然不当に爵位を得たことになります。 そうなれば伯爵位だって得られたか……」
「いつ知ったんだろうな。 アタシや長男が生まれるころにはもう先代夫婦は死んでるらしい。 伯爵が話したとも思えないし……」
「この際そこは置いておきましょう。 問題なのはあの兄妹が知ってたということです。 どうやらお二人は貴族という地位にいる現状をよく思っていない様子。 それが本気であるならばそこから崩せるかもしれません」
「…………」
***
翌朝、まだ朝食前だというのに庭では男女の息を切らす声と木刀が空を切る声が断続的に聞こえる。
そんな二人に近づく者が一人……
「おうおうやってるねぇ。 やっぱり朝から素振りか、やってると思った」
現れたのは、昨日、正確に言えばおとといの晩からこのマエストリ伯爵家の子女として迎えられているシャーロットであった。
ちなみに心から彼女を歓迎しているものは存外多くないことも明記しておかねばなるまい。
「何の用だ? お前も素振りか?」
初めに目が合った妹のフランが話しかけてくる。
妹も妹でだいぶ男勝りの口調の様だ。
これも伯爵の頭を痛くしている原因なのかもしれない。
「いや~、アタシあんまり素振りしないんだよね。 どっちかっていうと居合いかな?」
居合いとはいままさにシャルが実演しているように、鞘に納めたままの剣を抜く動作、そしてその動きで攻撃を行う方法のことである。
よくある真上から振り下ろす剣の素振りでは、体重が軽く、腕力に乏しいシャルでは軽い一撃にしかならず、実用的ではなかった。
なのでまったく素振りをしないわけではないが、専ら自主練の時には居合いの練習をすることが多かった。
動体視力や一瞬の判断に天賦の才を持ち、剣の受け流しや扱いに関しては天才と言われるシャルのスタイルに合ったのだろう。
「成程、俺の剣が流されるのも道理か」
キースが言うのは昨日、いきなり彼がシャルに襲い掛かってきたときのことだろう。
結局なすすべなくシャルに攻撃を受け流されたのだが。
「まあね」
本当はなかなかいいセンスをしていたのだが、ここでは言わないことにした。
いまシャルが言っても嫌味になりそうだし、そもそも剣術の話をしに来たわけじゃない。
「それよりも、だ。 昨日あんたらの言ってた貴族に列せられるべきじゃないって話…… あれってひょっとしてあんたら……まあアタシもか。 そのお祖父さまに関する話……」
ガギン!!
シャルが話し終えるよりも前にフランの剣がシャルを襲う……が、彼女に勢い任せの攻撃は通じず、受け流される。
脇を見ればキースのほうも臨戦態勢ではないか。
流石に二人同時に相手にするのは厳しいのだが……
「貴様!! どこでそれを知った!! まさか……」
「落ち着け脳筋兄妹。 前にも言ったろ、私は元いたところに戻りたいの。 もし二人の考えがアタシの想像と同じなら……」
正確に言えばシャルの想像ではない、咲良のものだ。
ベルにはあのあと一度戻ってもらい、咲良の意見を聞きに行ってもらった。
そしてその中でいくつかの行動指針と、それから起こりうる想定を聞いたのだ。
「同じなら?」
フランが先を促す。
「ようやく兄妹仲良くなれそうじゃん?」
けれどもし違うなら…………?
『手のひら返しでいいと思いますよ? 痛いとこ抱えてるのは向こうなんですから』
だそうだ。
恐ろしい子だな、とシャルは苦笑いした今朝の記憶を思い出した。
(是非とも友好的に行きたいけれど……)
そんなことを思っていると、シャルにいまだ向けられたままだった剣が力なく下された。
(とりあえず第一段階クリアっと……)
シャルは心の中でほっと胸をなでおろした。
とりあえず、手のひら返ししてややこしいことになるなんてことはなさそうだ。
来週はお休みします。




