砂の城 12
(シャル) やべぇ迷子だ…… 部屋はどこだ?
(リズ) あ、お嬢様!
(シャル) あ、ちょうどいいところに! ここは……
(リズ) ここはどこなのでしょう?
(シャル) ズコー!
「疲れた~!」
そんな心からの叫びとともにシャルは自室のベッドに頭からダイブする。
いくらシャルが貴族の令嬢らしい振る舞いができるといっても、無理をしていることには変わりなく、そのストレス感から来る疲労たるや凄まじいものがあった。
まして、父親はシャルのことを溺愛しているようだし、それに対する母親の反応、というか視線は胃が痛くなるほど、兄妹も朝に比べればマシになったようだが風当たりはまだ強そうである。
そして最もしんどいのは、まだシャルがこの家に来てからまだ一日しかたっていないことである。
「こんな中で暮らすのか? やってらんないな……」
仰向けになって足を組み、両手は後頭部で枕替わり、少々家の人間には見せられない姿である。
「まったく、貴族の子女ともあろうものがなんともだらしない姿ですね」
「!! ベっむぐ……」
ここにいるはずのない戦友にして旧友の兎の獣人の姿、つい大声でその名を叫びそうになるのを一瞬で回り込んで口をふさがれる。
「ぷはっ! 悪い、つい。 で、どうしたんだよベル、こんなところで?」
「どうした、とはご挨拶ですね。 もっと我々のことを恋しんでいると思っていましたが……」
「恋しんでるって…… まぁ、寂しさは感じてたけど……」
と言うが、実際のところシャルは一日会ってないだけで随分パーティーのメンバーのことを思っていた。
もう会うのは難しいと思っていたし、環境がこうも劇的に変わればそれまでいた場所を恋しく思うのも無理からぬことであろう。
「まあ、そういう無駄な話はおいておきましょう。 まず我がパーティー全体のスタンスを申し上げます。 といってもそんな仰々しいものではありません、あなたのことの取り戻す、というのがパーティーの総意であり、そのために皆さまいろいろ動いております」
「マジ?」
「何を驚いているのですか? むしろほっとかれたままになると思っていたほうが不思議です」
「あ、いや、まあそうね……」
その可能性をシャルも捨てていたわけではないのだが、低そうだと思っていた。
そう思えるほどにどうすることもできない状況だと思っていたからだ。
「で? ベルは何しに来たの? 私に会いたくなって我慢できなかった?」
「随分と口が軽くなりましたね。 いや、軽くなったのはむしろ気のほうでしょうか?」
「そう?」
気が軽くなったように見えるならそれはきっと仲間が自分を助けようとしてくれていることを知ったからだろう。
「先ほどの質問にお答えします。 もちろんただ貴女に会いに来たわけではありません。 言うなれば情報収集でしょうね、私の得意分野です。 サクラさんはどうもこの家の歴史が気になっているようですよ?」
「サクラが?」
シャルにしていれば予想外の人物の名が挙がった。
この世界のことを碌に知らないこともあって、いつも誰かに物を聞くか、そうでなければ、聞くこともせずに人に言われたままに行動するか……少なくとも頭脳労働者とは思えなかったのだ。
「ええ、とりあえず今日の夕方にあった作戦会議のことをお話ししましょうか」
***
「帰ったわよぉ……」
昨晩、どこかへと飛び去って行ったクロエが戻ってきたのは翌日の日も沈んだころであった。
「お帰り」
出迎えたのは彼女の一番の旧友と言ってもいいダークエルフのジュリであった。
彼女の右頬には昨日まではなかった絆創膏が貼られていた。
「なぁに? あんた怪我でもしたわけぇ?」
「ちょっと暴漢に襲われてな」
「あらまぁ、そんなのに傷負わされたわけぇ?」
「正確に言うと締め上げた後にな。 連行しようとしたんだが何分一人だったんで抵抗されて抑えきれなかった」
「情けないわねぇ…… 私じゃそんな苦労もないけどぉ…… まぁいいわぁ、いくわよぉ」
「ああ、いつもの大部屋か?」
「いいえぇ…… ここ」
クロエが指さしたのは異世界からやってきた新入りの部屋であった。
不思議に思いつつもその部屋に入れば、床に散乱する紙紙紙。
そしてその隙間を縫うようにレティシアたちは待機し、部屋の住人は壁に貼られている紙を行ったり来たりしている。
「サクラ……お前片づけ下手だったのか……?」
「今だけ今だけ。 そんなことよりお二人の調査結果も教えてください」
と、部屋に入るや否や咲良が言うので、二人はきょう一日のことを話した。
咲良はそれに対しうんうんと相槌を打ちつつ、また紙になにやら書き込んでいく。
やがて二人が話を終えてからややしばらく、突如咲良はそのペンを止めた。
「何かわかったのか?」
「う~ん、やっぱり伯爵の父上は竜殺しなんて成し遂げていない公算が高そうですね。 クロエさんが見つけたお墓の主が本当の竜殺しで、その手柄をブン捕っただけかな?」
「まぁそうだろうな」
なかなかの衝撃な事実ともいえるが、レティシアはあくまでも冷静であった。
これまでの状況証拠からその可能性が高く、咲良が改めてそれを言ったところで特段驚くことでもなかったのだ。
「問題なのはそれでどうして貴族位が貰えて、しかも息子は伯爵にまでなっているのか」
「侯爵との取引か?」
レティシアの問いに咲良は首肯で応じる。
「侯爵って知恵と謀略であそこまでのし上がった人なんでしょ? 気付かないわけないと思うんだよね。 もっとも、そうだからって先代を責めることはしなかったと思うよ。 黙ってれば土地が手に入ったんだし、まして件の土地は侯爵のものになっているからね。 ちなみにベルの調べによると先代と奥さんの伯爵令嬢の結婚のお世話も侯爵はしたらしいよ」
貴族の盟主と冒険者、あまりにも立場が違う割にはかなり仲良しである。
「もしかしたら前に関係があったのかもね。 すると竜殺しの冒険者っていう身分も怪しくなってくるかなぁ……」
「ああ、それなんだがな」
手を挙げたのはギルドに向かったジュリである。
「ギルド職員の一人が侯爵、正確に言えば侯爵の派閥貴族の身内だった。 でだ、例の竜殺しの冒険者、名前はツェットというらしいんだがどうにも出自が見えてこない。 ギルドにはすべての冒険者のリストとそいつがこなした依頼をすべて管理してファイリングしてあるんだが、それを見ても一切情報がない。 竜討伐の話もだ」
「っていうかそのファイルってギルドが厳重に管理してるって話じゃなかった? ギルド職員でもおいそれと見れないって話じゃ……」
トリナが顔を引きつらせると、ジュリは得意げにほほ笑んだ。
「伊達に長生きしてないんでな。 さて咲良これをどう見る?」
「まず冒険者としての活動はしたことないんでしょう。 竜殺しも情報がないということは彼に対する情報統制はかなり徹底されているということ。 平民が爵位を持つことに対し反感を持つ貴族も出てきそうですから痛い脇腹は突かせない、もしくは突いてきても痛くないところだけ突く様にうまく情報操作したんですね。 英雄として祭り上げられてもおかしくないのに名前がそこまで轟いてないのもそれが理由です。 彼にしてみれば目的さえ果たせればそれでよかった。 少なくとも貴族とかかわりなんて持ったこともない町人、下手するとただの村人かも? いや、それだと侯爵とのかかわりが……」
「ちょっとちょっと、あまり一人で完結しないでくれ、目的っていったい何なんだい?」
サリアがそう聞くと、咲良は胸の前でハートを作った。
「愛」
「あいぃ!?」
「結論から言えばツェットなる人は貴族になろうとしたんでしょう。 そのために侯爵とも取引をした。 きっと爵位を持つにあたっていろいろ後ろ盾になったはず。 けれど最終的な目的は愛する人と結ばれることだった」
「やけに確信を持つじゃないか。 何か根拠でも?」
「侯爵が結婚相手を世話する必要がないからだよ。 だって一代限りの名誉職なんでしょ? わざわざ貴族の娘をあてがう意味がありません。 あるとしたらツェット氏本人がそれを望んだからなんでしょうね」
「つまりなんだ? そのツェットって冒険者は貴族の娘と結婚したいがために竜殺しの手柄を横から奪って侯爵と取引したうえで爵位まで手に入れたっていうのか?」
「そうなっちゃいますねぇ……」
レティシアがそう聞くと咲良は苦笑いしながら、肯定の意を示すのだった。
(ベル) 終わらなかったので回想編(?)は次回に続きます。
(シャル) ええぇぇぇ!?




