絶望と希望 SIDE 咲良
この世界が好きか嫌いかで言ったらどっちでもない
考えたところで違うところに行けるわけでもないのだから
私、和歌山咲良が目を覚ましたのは、森の中だった。
何故私がこんなところにいるのか……
記憶にあるのは、修学旅行の記憶。
清水寺に行って、金閣寺を見て……
それから旅館に帰って夕飯を食べて……
そこから先が思い出せない、しかし見慣れない土地なのはきっと、京都だからだろう。
とにかく、旅館に戻らなくては。
日が高く明るいということは、翌日になったということ。
先生たちも探しているのかもしれない。
今何時なのか、私は携帯を取り出した。
それ以前に連絡を取ったほうがいいだろう。
「え……?」
携帯の画面を見るとここは圏外らしい。
「ハァ……」
ついついため息が出てしまう。
まさか自力で帰らなくてはならないとは……
森をしばらく歩くと道が出てきた。
良かった、これに沿って行けば人に会えるだろう。
一時間ぐらい歩いただろうか、前方から何か音がする。
人か、車と思い走り出すが、その音はどちらでもないとわかった。
そして間もなく、音の正体が私の目の前に現れた。
馬だった。
音は馬が地面を蹴る音だったのだ。
しかし、私は幸運だった。
馬の上には人がいる。
助けてもらうか、せめて携帯を貸してもらおう。
そう思って近づいて、しかし、その足は途中で止まった。
馬の後ろには、派手で豪華なデザインの馬車が付いてきていた。
さらにその後ろを、やや控えめなデザインの馬車がついてくる。
まるで、西洋の貴族が乗っているようなデザインだった。
そして、馬に跨っている人物の顔を見て、ような、ではなかったと気づかされる。
馬に跨っていた男性は日本人ではなかった。
髪は金髪、目は青い、顔立ちも西洋風、完全に外国人だった。
「……………………!!」
その外国人から意味不明な言葉とともに剣を突き付けられる。
ここは日本で、元号は平成だというのに……
「いや、違うんです。 私、道に迷っちゃって…… できれば街に出る方法を教えていただくか、携帯を貸してほしいんですが……」
「……………………!!」
また、意味の解らない言葉でまくしたてられる。
表情から察するに怒っているのだろう。
しかし、この人が喋っているのは日本語じゃないし、多分通じていない。
私も外国語は話せない。
どうするか困っていると、また馬に乗った男の人が前に出て、金髪の男の人の脇で止まった。
この男の人は黒髪だが、顔はまるっきり西洋風だし、話は通じるのだろうか……
黒髪の人が金髪の人と少し会話をすると、金髪の人に何かを命じたらしい。
金髪の人は馬から降りて私の目の前に歩み寄り、乱暴に胸倉をつかんで私を道の端に放り投げた。
私が驚いて男の人のほうを見ると、馬に乗ろうとしている最中だった。
馬車の周りには七、八人の男の人が馬に乗っているが、誰もこちらを見ようとせず、興味でもなくしたのように前へと歩き始めた。
何が何だかわからず、私が呆然としていると、馬車が私の真横を通り過ぎたところで止まった。
馬車を取り囲んでいる男の一人が馬から降りて、馬車の扉を開けた。
すると、中から金髪の男が出てくる。
男は私の目の前まで来ると、右手で私の顎を軽く持ち上げた。
男の顔は、勿論外国人なのだが、それでもイケメンな部類に入るだろう。
しかし、私は直感的に何かを感じ取り、首を振って男の手を払いのける。
その私の行動に男は面食らうでもなく、大きく高笑いし、周りの男たちに何かを命じた。
周りの男たちはその声に反応し私に近づいてくる。
私は本能的に何かを感じとり、すぐさま逃げるのだが、慣れない森の中ですぐに捕まってしまい、後ろの馬車に無理やり押し込まれた。
馬車は外から鍵が掛かっているのか出られず、窓もなく、隙間から光が差し込むだけ。
食料やら何やらがたくさん積み込まれており、自由に動き回ることもできない。
結局、何もわからないまま私は、馬車に揺られてどこかへと連れていかれるのだった。
私が、異世界に飛ばされ、奴隷になってしまったとわかるのは数時間後の話。
***
奴隷となり、男の屋敷で働かされるようになって数か月が過ぎた。
今、私の首には首輪が嵌められている。
奴隷は皆、ぼろぼろの布にこの首輪を嵌められている。
何度か逃げようとしたが、屋敷を出ようと敷地の外に出ると、首輪から電流が流れた。
その他にも、何と言ってるかわからないが、主人であろう男が命令すると私はその通りに動かされる。
きっとこれも魔法か何かなのだろう。
魔法。
この世界には魔法がある。
水を作り出したり、火をおこしたり、そういったことに魔法は使われる。
ここがどこなのかさっぱりわからなかったが、少なくとも私のいた世界ではない、どこか異世界なのだろう。
異世界なんて、漫画か、ラノベの世界だけだと思っていた。
しかし、まさか実在し、しかも私がそこで奴隷になろうとは。
やらされているのは屋敷の掃除や、主人の身の回りの世話、それもメイドなんかがやらないような地味な日陰仕事。
それだけならばまだよかったのに、主人の性癖の相手もしなくてはならない。
とはいっても、私の純潔が汚されたのではない。
この男はサディストで、たくさんの若い女の奴隷を集めては、夜な夜な甚振っているのだ。
かく言う私も、連れられたその日に、感覚がなくなるほど背中を鞭で叩かれた。
この痛みを喜ぶ人種がなど絶対にいないと私は思うのだが、実際はそうでもないらしく、甚振られて嬌声をあげる奴隷もいた。
日中、仕事でミスをすれば鞭で叩かれる。
夜、主人の気まぐれで鞭で叩かれる。
昼間は主人の制裁に怯え、夜は主人の趣味に付き合わされることに怯え、何度も帰りたいと願った。
しかし、それは果たされなかった。
言葉が通じない異世界では何もできず、絶望していたある日。
主人の寝室に連れ込まれ、ああ今日もか、と諦めてベッドに四つん這いになると、寝室のドアが叩かれた。
「……………………」
「……………………」
相変わらず言葉は理解できないが、何を話しているかは理解できる。
ずっと異国の言葉に晒され続けていたのだ、わからなければ自分の身も危ないという危機感はなおの事、言葉の理解を速めた。
まだ聞けも話しもできないが。
とにかく、この主人はどこかに呼び出されたらしい。
一先ず痛めつけられるのが回避されたと安堵していると、首輪につけられた鎖を引っ張られた。
どうやら私は痛めつけられない代わりに、荷物を運ばなくてはならないらしい。
いろいろなものが積まれた台車を押しつつ、たまに主人から背中を鞭で叩かれつつ、呼びつけた執事の後を追うと、広い応接間のようなところに連れてこられた。
私はここに来たことはない。
派手な絨毯に装飾品や家具、その椅子に金髪でやや小太りのおじさんが座っていた。
よく見ると私の主人と顔が似ている気がする。
多分、この二人は親子なのだろう。
そしてそれに対面しているのは、小柄な少女、銀色の髪に白い肌。
多分身長は百五十もないかもしれない。
それに対してアンバランスなほどに武骨な剣を腰に差している
少女は私を見て少し驚いたような表情になってから、おじさんと二、三言話した。
そして、その中に主人が割って入る。
すると、少女は立ち上がって私たちのほうへと歩いてくる。
「…………………」
それに反応して主人が何か言っているが、それには目もくれず私のほうへと歩いてきた。
私との身長差は十センチほど、私が彼女を見下ろす形になる。
少女は私の顔をじっと見つめてから、腰に手を当て口を開いた。
「君は日本人だな?
何故奴隷なんてやっている?」
それは数か月ぶりに聞いた懐かしい日本語だった。