二話
___「離せよ! 夢乃が!! てめぇ兄貴だろ! どんだけ人殺せば分かるんだ!」
夢乃が落ちた直後、彼女の恋人の雪兎はすぐに後を追おうとした。届かなかった手にぐっと力を入れ、拳を握る。走り出した雪兎を夢乃の兄である柊也は抱き留めた。これ以上人が死ぬのを見たくない。その一心で。
対する雪兎は必死にその腕を爪が食い込むくらいの強さでつかみ、離そうとしている。愛する人を二人もなくした彼等。もう二人には何も残ってなどいなかった。
「だから離さないんだよ! お前まで逝ったら生きていけねえよ!」
柊也は怒鳴りつけながら雪兎を投げ飛ばす。その腕はたった今ついた傷に血が滲んでいた。
二人は立ち竦む、今の自分の状況を理解しようとして。屋上には無残にも愛する人を自分のせいでなくした男二人の荒い呼吸のみが響いていた。救急車の音が遠くから聞こえてくる。セミの五月蠅い声が彼等の意識を戻そうとしているかのように激しく鳴っていた。
雪兎は力なくその場で崩れ落ちる。自分のなかの夢乃との思い出を全て否定し、掻き消すかのように泣き喚いた。嫌だ嫌だと子供のように頭を振って。
救急車が来るのと同時に二人は下へ降りて急いで救急車に乗り込んだ。夢乃は重傷を負っていたが、まだなんとか生きていた。彼女の手を握り、見つめながら涙を流す雪兎。柊也は「お願いだ。生きてくれ。」と意識のない夢乃にぼそぼそと語りかけていた。
やがて近くの大きな病院に運ばれ二人は夢乃から離れた。夢乃の担架を必死に追いかけ、運ばれていく夢乃を手術室の前で見送った。
「なぁ、雪兎。」
手術室の廊下の壁に背中をつけ柊也は雪兎に声を掛けた。
「どうしてこうなったんだろうな?」
あまりに大まかな内容の質問に雪兎は驚いたように柊也の方に目線を向けた。そして雪兎は座っていた病院のロビーチェアから腰を上げ答えた。
「さあね。ただ二人を、三人を殺したのは俺たちだよ。」
泣いたばかりのまだ赤い目でしっかり柊也の目を見てそう告げた。柊也はその答えを聞いて両目を腕で覆った。静かな院内の廊下にやけに柊也の嗚咽が響いた。そんな柊也を雪兎は冷めた目で見下ろしていた。
「夢乃が死んだら、海崎柊也。次はお前だ。」
柊也は伏せられた瞳を大きく見開く。
雪兎の心は姉が消えたその時から復讐の概念に彩られていた。夢乃が目の前で落ちていった瞬間彼の中ではすでに次の行動が決まっていたのである。彼は自分が神だというようにそう宣言してその場を去った。
___新たに始まる物語。死と愛の物語。