暖かい食卓
リー家の住居棟は病院と棟続きになっているが、
病院の最先端科学の要塞っぽさとは打って変わって、
この地方独特の木造の古民家のような建築方法で作られていた。
セカンド・サンの光波長の攻撃から逃れるため、この地域がコロニーになったのは3年前。
にもかかわらず古民家があるのは、ここが元々あった都市をそのまま地下に沈降させて造られた
コロニーだからである。当然それまでのテクノロジーでは想定出来ないような芸当だが、
NEFを戦争以外のことに使えばこのくらいのことは造作も無かった。
今ではオーストラリア大陸と同じ規模の広い空間がこの地下空間にあるのだ。
リー家の居間には、暖炉があり、その前にふかふかの絨毯があり、
反対側に病院の中庭に面した大きな窓と、
居間の真ん中に大きな木製のテーブル、五つの木製椅子。
エルネはよく小さい頃からここに遊びに来ていて、
エルネの書いた落書きの跡も壁に残っている。
ジェーン叔母さんが皆に着席を促した。
「さて、ヒカリさん、お昼まだ食べてないんでしょう? エルネも。うちで食べていきなさいな」
「よっしゃー! ありがとー叔母さん。ヒカリ、叔母さんの料理は世界二においしーんだぜ!」
エルネは喜んでお相伴に預かる。当初からその目的で来たというのもある。
ヒカリを連れて街の食堂などには行きづらかったし。
世界一はエルネの母親なのでおばさんの手料理は世界二だ。
「ヒカリさん、キミはきっと、今すごくおなかがへってるんじゃないかな?」
マールーズに優しく問いかけられて、
ふとお腹に手を当てたヒカリは異常な空腹感を覚えた。
「うん、まぁ、しょうがないさ、エレクトロワールドでの食事はあってないようなものだからね」
あんまりおなかが減りすぎておなかが鳴ってしまいそう、
エルネとハントが、マールーズの話を聞いてヒカリに目を向けていたので
ヒカリはとても恥ずかしくなった。
エルネは赤くなるヒカリに気づいて目を逸らし、
ご飯を用意してくれてる叔母さんの方に向き直ったが
ハントは町のどの女の子よりも可愛いヒカリが照れている仕草に見とれていた。
「叔母さん、なにか手伝うことある? おい、ハント、お前が手伝わなくてどうするよ?」
エルネは気を利かせてハントを台所に連れて行った。
マールーズはその様子を新聞を読みながらうんうん、と頷いてみていた。
「あの、私……」
赤くなっているヒカリは何か言おうとしたがそれを遮って、
マールーズがヒカリだけに聞こえるように呟いた。
「エルネはああいうところに気が利くヤツなんだ。
うちの馬鹿にも見習ってもらいたいんだがねぇ」
新聞を読んだままだがマールーズの眼鏡がキラリと光った。
ヒカリは温かい気持ちに包まれるのを感じた。
遙か昔に感じたことがあるような懐かしい、この感じ。
「……皆さん優しいですね」
ヒカリは叔父さんにそう言うと叔父さんは新聞から目を離してヒカリの方に向いて、
「あ、今のなしなし」
「え?」
「是非、今の笑顔はエルネ君にしてあげてよ」
「――はい」
ヒカリははにかんだ笑顔をエルネの為に取っておこうと思う。
なんて暖かい人達なんだろう。
機械の私にも伝わるほどの優しさがそこにはあった。
エルネに助けてもらって本当に良かった。
机の上に手を組んでそれを優しい瞳でヒカリはみつめていた。
マールーズは
(うちの馬鹿にはもったいない美少女だなぁー、やはりエルネか~)
といらぬ心配をしていた。
「ほい、お待ち」エルネがサラダの入った木製のボールを持ってきてくれた。
叔母さんはなにやら肉とポテトのビーフロールのようなもののプレートを、
ハントはコップと飲み物を、少しいやそうな顔をして運んできた。
「ヒカリちゃん、遠慮せずにどんどん食べてね」
叔母さんは優しそうにそういうとみんなの分を皿に取り分けてくれた。
私の分は少し多い……けど、これくらいなら食べられるかな?
「さて、ヒカリさんを歓迎しつつ、いただきまーす」
食品が机に並びきってすぐにそう口火を切ったのは意外にも叔父さんだった。
病院は激務だからお腹も減るし、昼休みは短いからその間に急いで食べなければいけない。
「いただきますー」
食事と歓談が始まった。
最初ヒカリは遠慮と、自分の食欲がどれくらいなのか検討も付かないので
恐る恐る口に食事を運んでいたのだが、叔母さんの料理は本当においしかった。
いくらでも食べられる気がした。
「あ、ヒカリ、ハントん家って、ハントの上と下に姉妹居るんだぜ」
食事を食べつつエルネがマールーズ家の説明をし始めた。
「へぇー」
「おん、ねーちゃんのフィナと、妹ケイなー二人とも今日学校ってか学校の寮なんだ」
「ここんちは賑やかでいいよなー」
「はぁ、おまえんちが静かなのが羨ましいぞ いでっ!」
叔母さんの鉄拳がハントに飛んでいた。
「おばさん、気にしてないからいいっていいって」
「いってぇーエルネもそういってるじゃんかよー」
「あのねぇ、あんたって子はホントに馬鹿だねぇ、
これじゃぁ謹慎食らってもしょうがないねぇ……はぁ」
「ああ、ハントのやつ、いま自宅謹慎食らってるんだ。
学校で先輩ぶっ飛ばしちゃってさぁー」
「えー!?」
「いや、あいつがわるいんだけどなー、あのリンゼイのやろー」
「まったくねぇ、ヒカリちゃん、こんなのといるとろくな事ないからあまり
仲良くしなくてもいいよ?」
「はぁ……」
ヒカリは一気に情報の洪水を受けて不思議な感じだった……
機械なので話のとりとめは理解できるが、
人と、人の情報をこんなに受け付けた事はいままであっただろうかと。
でも楽しいことの方が先にきて皆の話を聞いている方が気持ちが良かった。
叔母さんの料理も美味しいし。
「いや! あのシュバルツ家の奴には毅然とした態度で臨まなきゃだめだ!」
叔父さんはそう言った。
「だよなー父さん」
ハントが殴ったシュバルツ家の坊ちゃんのリンゼイはこのリー総合病院より
遙かに大きい病院を都市部に構えており、
叔父さんはそれを非常にライバル視していると、
エルネがさらっと話に板挟みになっているヒカリに教えた。
しかしこの話になると大概長くなるので、エルネは話題を切り替えた。
「ヒカリ、俺は学校半分入って、半分入ってないんだー」
「え?」
「うん、うち親居ないしさ、あんまり叔父さんと叔母さんにも頼りたくないから
あそこでサルベージして金稼ぎとかしてっから」
「そうなの……」
「あ、ヒカリがうちに来てくれることは大歓迎だよ? 一人じゃ寂しかったしさ」
何の陰もなくそう笑うエルネはきっと強い人なんだと、ヒカリは思う。
「学校ではこいつとタメで、高等二年、あ、俺十七歳、こいつも十七歳」
「そうなんだ、私は、私は、うーん、幾つなんだろ……」
「外見年齢は十五歳ってところかな、
あまりみない物質で作られてるようで詳しくは解らないけど、実年齢は数百年だろう」
叔父さんは冷静な分析をしていた。
「まぁ、人としては君らは同い歳くらいだろうね。
詳しくは調べていないけど、ロストテクノロジーの成長機構すら組み込まれているようだし」
「ろ、ろすと? なんだそれ?」
「ま、馬鹿はわからなくていい」
「なっ、なんだよ父さんケチだなぁ」
「人と同じように成長していけるってことだよ」
とエルネが補足する。
「へぇー」
ロストテクノロジーとは、かつて人類が大氷河期に入る前、
エレクトロワールドに人が入る前に現実世界に存在していた技術である。
彼女の駆体にはその技術が使われていて人のように食べ、
人のように育つ事ができる仕組みが備わっている。
人類がエレクトロワールドに入ってからは電気信号のやりとりだけで
全てが賄なえるようになってしまったため、
急速にそれまで存在していたナノマシンなどの技術は失われてしまったのだ。
大氷河期が去り、人類が復興した現在に於いて、
ロストテクノロジーが使われている駆体で世間に知られているものとしては、
セカンド・サン破壊計画に使われると噂されている人型駆体位である。
故に見つけたのがエルネで良かったと、マールーズは本当に思っていた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。美味しかったかい? ヒカリちゃん」
「ええ、とっても。ありがとうございました。叔母様」
「また、食べたくなったらいつでもおいでよ。あたしゃ大歓迎だよ。あんたもだよ、エルネ」
「うん、叔母さんありがとね」
時計は午後の2時を指していた。病院の受付カウンターが自動的に起動している。
「では、私は仕事があるのでこれで。
ハント、お前も暇なら庭の草むしりでもしてくれ。
もう小遣いはずいぶん前に前払いしてるじゃないか?」
「あ、いっけね、やるやる」
ハントはそそくさと庭の方に走っていった。
「怒ると叔父さんの方が叔母さんより怖いんだぜ?」
小声でヒカリにエルネが呟いた。
「そうなんだ」
席に残ったのはエルネとヒカリと叔母さんの三人になった。
「叔母さん、ヒカリの服とか靴とか、一緒に買いに行ってあげてくれない?」
ヒカリは相変わらず白い白衣のような服を一枚着ているだけで、
ともすれば体のラインも見えてしまいそう。
ハントの視線は食事中痛かったに違いない。
「もちろんそのつもりだよ。あんたはどうするんだい?」
「俺は、午前の分まだ換金してきてないんだ、
だからサルベージの換金所に行ってこようと思って、
ヒカリのいたとこでアークのコア部品とってきたから、
結構金になるとは思う、あ、服の代金は俺が出すから。これで買ってきてよ」
エルネは床に置いた自分のバッグから財布を取り出して、1000$紙幣を3枚出した
このエリアの物価は$で統一されており一般市民が一日に使う食費が50$位なので、
本来ならエルネ位の子供が持つべき額ではない……
「エルネ、こんなに、無茶してるんじゃないだろうね?」
「え、エルネ、いいよ」
叔母さんの複雑な顔をみて、金銭感覚は解らないがヒカリも追従した。
「いや、全然大丈夫、今日の臨時収入はヒカリと逢えたおかげだしさ。
それにフィナさんのお下がりを貰うって訳にもいかないし。叔母さん頼むよー」
「そうかい。そうだねぇ。
あんたは言ったら曲げないからねぇ、
解ったよ。ヒカリちゃん。午後は私と服を買いに行こう?」
「――はい」
「これだけあればだいぶん綺麗な格好になれるよ」
「じゃ、俺は、換金所に行ってくるから。
んー結構並んでるだろうから夕方の5時くらいになったらもう一度ヒカリ迎えにくるね」
「気をつけるんだよ?」
「はーい」
居間の裏の方にも客と家族用の通用口があって、
そこからエルネは出ようと、靴を履いたが……これだとヒカリの靴がなくなってしまう。
「あ、叔母さん、もひとつおねがい」
「なんだい?」
「フィナさんの靴を、ヒカリに貸してあげて」
「あいよ、ヒカリちゃんは足も綺麗だねぇ、うちの大根どもの靴が合うかねぇー……」
叔母さんもヒカリをみてやはり綺麗だと思っているようだ。
エルネが立ち上がり通用口から出ようとドアの扉を開けるとその腕を優しくヒカリが掴んだ。
「……エルネ、いってらっしゃい」
ヒカリはエルネの顔をとらえて、
助けてくれた感謝の気持ちと一緒にそう伝えた。
エルネはしばらくそのヒカリの優しい顔にみとれてしまった。
「……あ……うん」
しばらくしてはっと気付いて、偉い照れていたがそれは隠して走っていった。
「ふふふ。あの子も元軍人さんといってもまだまだ若いねぇー
ヒカリちゃんもエルネと仲良くしておやりよ」
叔母さんがそういうとヒカリも赤くなっていた。
「さぁヒカリちゃん、私達もいきましょ」
「はい、あの、よろしくお願いします」
ふふ、と叔母さんは笑うと、新しい家族が増えたかのように、
ウキウキとした足取りでヒカリを連れて買い物に出かけた。