プロローグ 「新生の舞踏会」
キーキーキー。
興奮した猿のような声が背後から迫る。
こちらを嬲るかのように付かず離れず、耳障りな声が届く範囲を追いかけてくる。
心臓が破裂しそうな感覚を頭から切り離し、彼は当てもなくただ逃げ続ける。
ーーなんで、なんでこんな事に。
叫び声を上げようとした瞬間、こぼれたのは声ではなくどす黒い血の塊だった。
咳き込み、喉から溢れる血を考えないようにただ走る。
そこが、地獄への門だとも知らずに。
視界がぼやけ、追いかけてくる存在の声も足音も聞こえない。
次第に走る速度も落ち、走り方がわからなくなってくる。
自分の意識が遠のき現状を客観的に見ている自分がいる。
ドスドスドスッ。
ナイフが背後から刺さり血が溢れる。
もう、痛みも感じない。足がもつれ石畳の地面に崩れ落ちる。
--俺は、死ぬのか。なんでだよ、なんでだなんでだなんでだ!!嫌だ。死にたくない!俺が悪いのか!?違うだろ!さっきまで平穏だった俺が殺人なんてできるわけないだろ!?
意識が冴えてくる。死を間近にさっきまでは恐怖の感情だったものが、後悔から怒りへと移ろう。
このゲームへの怒り。主催者への怒り。平穏な他人への怒り。自分を殺そうとするものへの怒り。そして、自分自身への怒り。
--死ね死ね死ねッ!さっきまでの自分は死ね。敵対者は死ね。主催者は死ね。平穏を過ごすものは死ね。
消えろ消えろ消えろッ!敵対者は塵も残さず消えろ。主催者は惨たらしく死に消えちまえ。そして、甘っちょろくて死にかけたさっきまでの自分は消えろ。
感情が荒波のように引いては寄せる。
それはまるで、彼の卵の殻が破れる予兆のようである。
彼という怪物を封じ込める殻と言う名の檻が、外部からの干渉によりヒビが入り。
怪物の目を覚まさせる。
--壊せ壊せ壊せッ!自分が敵だと思うものを全て壊せ。自分以外の存在を認めるな。この世の全ての敵を破壊しろ!!
消えかけの火が、油をかけられたかのように燃え盛る。
あと数分もすれば死んでいただろう彼の体は、あちらこちらの傷に青白い炎が纏わりつき傷口を塞ぐ。
体の血管が青白く浮かび上がり、もともと黒目だった目は緋く染まり彼の心の内を映し出すかのように黒い髪の毛は青白い炎を纏っている。
--まずは手始めに、この腐った猿声野郎を壊す。そしたら次は他のプレイヤーを壊してやる!俺の身を犯すものは壊し尽くす!!
彼の感情に呼応するように赫怒の炎は、下衆な顔で彼の死に行く様を眺めていた男へ飛来する。
男の顔に纏わりつき顔面を徐々に嬲るように焼き、全身へと広がっていく。
男は絶叫の声も上げれずに全身を掻き毟る。
赫怒の炎は、男を嬲り終わると青白く変化し小さな球体に変化する。
球体は彼の心臓の辺りに潜り込む。
男がいた辺りには燃えかすも血痕も何もなく、男が存在した証は消滅していた。
男を壊し、能力を覚醒させたのを祝福するかのようにファンファーレが鳴り響き空中にディスプレイが浮かぶ。
勝利 九谷 樹
敵対者 霧谷 真二
報酬 200HGP
覚醒 破滅の焔
権利 宵闇の街 エルフリーへの入門権
彼はディスプレイを消すと、権利を使い空間に生じたゲートへと入る。
彼が消えた後には、新生を祝福するかのように青白い炎が上がっていた。