「さんぽ」
すもも
それはとても楽しそうなマンガのワンシーンだった。
主人公の女の子が、自転車の荷台に飼い犬のごんを乗せて走っているのだが、ごんは女の子の肩にちょこんと前足を乗せて自転車に乗っているのだ。
これをやってみたくなったくるみは、妹のすももに、「ねえねえ、このシーン良いと思わない」と言うと無理やり読ませてみた。
すももはしばらく黙って読んでいたが「ふーん…」と気のない返事をしただけで、くるみほど感銘を受けなかったようだった。
「なによその返事。まぁいいわ。すもも、あんた前に犬を飼ってみたいって言ってたわよね」 くるみにそう言われて、全く記憶になかったすももは
「…わたしそんな事言ったっけ?」
と、キョトンとした顔で聞き返した。
「言ったわよ。ほら、捨て犬見つけて、飼ってほしいってワンワン泣いて駄々こねてたじゃない」
「いつの話してるのよ」
それ言われて思い出したが、たしかにそういう事もあった。
そういう事もあったのは事実だが、それはすももが小学校に入ったばかりの頃の、昔の話だった。
「でも今でも、飼ってみたいとは思っているでしょ」
「うーん。。。でも、飼ってる人の話とか聞いてると、散歩とか結構めんどくさそうだよ」
お姉ちゃんがこういう風に言い出したら、さからっても無駄だとは今までの経験から分かっていたが、それでも一応、わずかばかりの抵抗を試みてみた。
正直な話、今は全くその気はないのだ。
「大丈夫よ。犬の世話は私がやるから、でも、パパとママを説得する時にすももも欲しがってて一緒に世話をするって言った方が頼みやすいでしょ」
「うーん……」
そうは言っても、場合によってはすももが全面的に世話をしなければならなくなるのは目に見えている。
「ね、いいでしょ」
嫌がるすももになおもたたみかけるようにくるみが言うので、すももは仕方なく「分かった」と返事した。
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パパが帰って来てからくるみがその話をすると、あっけないほど簡単にオーケーが出た。
あっさりしすぎてて、思わずくるみは、
「え、良いの?」
と、聞き返したほどだ。
「何言ってるの。すももが飼いたいって言った時に、反対したのはあなただけだったじゃないの」
そうママに言われたが、くるみは全く思い出せない。
「あきれた。全然覚えてないのね。
あの一寸前に、くるみが犬にかまれてちゃって、わんわん泣いて、一時期犬を怖がってたでしょ。そんな時にすももが犬を飼いたいって言いだしたものだから、くるみが一人で怒って反対したんじゃないの。」
そうママに言われてもくるみには全く思いだせなかった。
いや、もちろん犬にかまれた事だけは覚えているが、、、
「そうだっけ?」
「そうだ!わたし思い出した。そうだよ。お姉ちゃんに反対されたからあの時は犬を飼えなかったんだ。お姉ちゃん。私、あの時すごく悲しかったんだからね」
ママに言われてはっきり思い出したすももが、くるみを睨みつけるのをみて、くるみはあわてて、
「そうそう。私、飼うなら黒ラブがいいなー」
なんて言ってごまかそうとした。
「お姉ちゃん」
「いつの話してるのよ。昔の話よむかしの、あ、そうだ。宿題あったんだ」
くるみはあわててそう言うと、自分の部屋へと逃げだした。