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「それで今日も寝不足なわけねえ」
結衣の言葉に私は大きなあくびで答える。
「ふわあ……」
「まあ。女の子がそんなに大口をあけて。はしたないわあ」
「うるさいわよ……眠いんだから、仕方ないじゃない」
「せめて手で隠しなさいよお」
確かにその通りだと思ったが、時既に遅し。
「寝不足になるまで一緒にゲームするなんて、さすがのちひろも西園寺君の情熱に心動かされたわけねえ」
「そんなんじゃないわよ」
そう。そんなんじゃない……いや、そんなんなのか?
西園寺のゲームプレイは、言うだけのことはある上手さだった。
動きに淀みが全くない。流れるように次々と難所をクリアしていく。私が何時間もかかったステージも、数分とかからずに通り過ぎてしまった。
「はあ、あんた本当に上手なのね」
「何万回もくり返したからな。目隠ししてもクリアできるぞ」
「嘘っ!」
「嘘だ」
「……」
じろりと西園寺を睨む。
「ある程度やりこんだ人間なら、俺程度のプレイは当たり前にできるぞ。そうだな、客観的にみて、上手さとしては上の下といったところだろう」
「ふうん」
上には上がいるものなのか。
「お、そこにはワープゾーンがあるぞ。ほら、このブロックを叩いてやれば……」
「あ、ツルが出てきた」
「それを上ればワールド7へワープできる」
このゲームは8つのワールドに分かれていて、それぞれのワールドには4つのステージ(面)が存在している。そのことは先ほど西園寺に教えてもらったばかりだ。
「ステージ7……ってことは、今はステージ4だからかなりのショートカットになるわね」
「そうしたら『全クリ』まであと少しだ。だが今回はあえて無視しようか」
「何でよ、もったいない」
「間のステージが遊べないだろう」
「いいじゃん、どうせ同じようなステージばかりだし」
「それがそうでもない」
会話している間も、西園寺の操るマリアはノンストップで駆け続けている。もしかしたら、本当は目隠しクリアも嘘じゃないのかもしれない。
「Bボタンってずっと押しっぱなしでいいの?」
「ああ。慣れるとむしろ押しっぱなしが普通だからな。離すのは穴が多くて不安定な場所くらいだ」
「とか言いながらダッシュで穴も避けてるじゃん」
「ふふふ」
「なんかその笑み、むかつくわね。ちょっと貸しなさい。私にだってやればできるんだから!」
こうして夜が更けていく。
「なるほどお。手取り足取り教えてもらったわけねえ。それも夜通し」
「誤解を招く言い方しないで」
「西園寺君の両親は、何も文句なかったのかしら。いきなり異性の家に一泊なんて、うちでは考えられないわあ」
「結衣はお嬢様だから、特別厳しいのよ、たぶん」
「まあ、そうかもねえ。ちひろの方は大丈夫だったのお?」
「何が?」
「いや、だって娘の部屋にずっと夜中まで男がいるわけでしょう。親御さんは心中穏やかじゃないと思うんだけどお」
「あー……母さんは『あんたにもついに春がきたのね』って笑ってたわ」
あのニヤニヤ顔は今思い出しても腹に据えかねる。
「……ご愁傷様あ」
「どういたしまして」
始業を告げるチャイムが鳴り響く。西園寺の姿は見えない。
結局、西園寺は昼休みになって悠々と登校してきたのだった。しかし叱られもしない。
恨めしい。