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翌朝の学校。
私があくびをかみ殺していると、
「どうしたのお、寝不足?」
結衣が話しかけてきた。
「うん、ちょっとね……」
「ああ、わかったあ。西園寺君が気になって眠れなかったんでしょう?」
「はあ?」
「わかる、わかるわあ、その気持ち。つい昨日まで全く気にも留めていなかった男の子に言い寄られて、彼のことが頭から離れてくれない。最悪の印象はいつしか好印象に変化していって、そしてついに気づくの。ああ、私、彼の事が……」
「そろそろ止めないと叩くわよ」
「ちょっとした冗談じゃない」
「度が過ぎてるわよ!」
「じゃあ、どうして寝不足なのお?」
「え、それは……その……」
私は言いよどむ。
「やっぱり西園寺君のことが」
「違うって!」
「じゃあ何なのよお。教えてくれないとみんなに『桜井ちひろは昨日の西園寺豊からの告白が気になって気になって夜も眠れず寝不足であくびをかみ殺しています』って言いふらすわよお」
「……結衣、あんた悪魔ね」
「あらあ、可憐なお嬢様よお」
どの口が言うのか。
「……ちょっと、テレビゲームをね」
「ゲーム?」
「そう、少しだけと思ってやり始めたら結構時間経っちゃってさ」
「ちひろ、テレビゲームなんて持ってたっけえ?」
「昨日言ったでしょ。西園寺が無理矢理押しつけてきたのよ。迷惑ったらありゃしない」
「ふーん、でも寝不足になるまでやっちゃったってことは、かなり面白かったんじゃないのお?」
「……まあ、」
そのとおりだった。
本当はゲームなんて無視して適当にテレビ番組でも眺める予定だったのだ。思わずエタコンの電源を入れてしまったのは、魔が差したとしか言いようがない。
無音の画面に「NINPENDO」というロゴが表示され、次に原色の風景が映った。レンガのような茶色いブロックと、真っ青な空。その中を小さな二頭身の人間らしきものが跳ね回っていた。デフォルメがきつくてよくわからないが、たぶん紺の修道服を着ている。頭にはベール。
そしてタイトル、「SUPER MARIA SISTERS」の文字。
この画面、キャラはどこだかで見おぼえがあった。ゲームをしたことのない私ですら知っているのだから、相当有名なゲームなのだろう。
マリア。シスター。だから修道女なのか。いやしかし、確かマリアはシスターではなかったような。それにこれ、国外だと問題あるんじゃないのか?
スタートボタンを押すと、軽快かつ簡素な音楽と共に画面が切り替わった。オープニング画面とほとんど変わらない風景の中、シスターが左端に立ちすくんでいる。右上の『TIME』の数字が一秒ごとに減少していく。
え、これ、どうすればいいの?
とりあえずコントローラーのAボタンを押す。するとシスターがジャンプした。
次にコントローラーの十字のボタンを右に押すと、シスターは進みだした。あわせて背景もスクロールする。どうやらこうして右方向へ進み続ければいいようだ。
右端からタケノコのような生物が現れる。おそらく敵だ。しかしただ近づいてくるだけで、何か攻撃を仕掛けてくるわけではない。
なるほど、こいつをさっきのジャンプで避けるのか。簡単、かんたん。
軽い気持ちで適当にジャンプ。が、慣性のせいでうまく操作できない。
「あれ、あっ」
着地したのはタケノコ生物の目の前だった。
直撃。
テレッテレレッテテー、と腹の立つ電子音が鳴る。シスターはアーメンの格好をしながら画面外へと消えていった。そして最初の地点へと戻される。
死んだ。どうやら。
あんなタケノコ野郎にぶつかっただけで死ぬなんて、どれだけ貧弱なんだこのシスター。
何だか、妙に悔しい。
そしてまた私はボタンを押す。
「そうやって何回もくり返してるうちに、いつの間にか外が明るくなってた」
「ええっ。じゃあ、徹夜したのお?」
「二時間くらいは寝たわよ」
「それはほとんど徹夜したのと同じよお」
「あー……そうかもね、たしかに……」
睡眠の足りない私は、頭が若干回っていない。
「ミスして死ぬ度に悔しくなって、ついやり続けちゃうんだよね」
「それがマリアの驚嘆すべき部分なのだ、桜井」
背後から声をかけられて振り向くと、丁度登校したばかりの西園寺が立っていた。