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「でー、OKしたのお?」
卵焼きを口に放り込みながら、烏丸結衣は私に尋ねた。
「何が」
「こ・く・は・く」
からかうように、にやにやと笑う。
「はあ?」
「クラス中の噂じゃないのお。『一目惚れした!』とか言われたんでしょう?」
「あー……まあ、言われたけど」
「やっぱり! ねえ、OKなのお?」
私は深くため息をつく。
「違うのよ、それが」
そしてつい先ほど起こった事の顛末を話した。
私にとって結衣はほとんど唯一の友人だ。度々言葉を交わすのは、この学校では彼女くらいだった。ちなみに結衣は先生からの信頼も厚く、クラス委員長なんぞをやっている。私には考えられない仕事だ。
「……ふうん、西園寺君って、やっぱり変わってるわねえ」
西園寺豊は結構な有名人である。
昨年の秋、すなわち中学三年生の二学期、西園寺はプログラミングの世界大会で優勝した。学生大会ではない。バリバリのプロも混じった全年齢対象の大会である。もちろん史上最年少。学校からは特別に表彰を受けた。テレビニュースで特集も組まれたらしい。キャッチコピーは『天才中学生プログラマー現る!』。
「天才って、やっぱり何本か頭のネジが外れてるのよ」
私はそう断言する。
「まあ、一日中パソコンばかり眺めているような人だものねえ」
結衣の言葉に私は頷く。
授業中であろうと休み時間であろうと、西園寺は自分のノートPCから目を離そうとはしない。当初は注意する教師もいたが、彼が表彰されてからは完全に黙認状態だった。昼休み、左手でイムラヤのカレーあんパンを口に運びながら(どうやら好物らしい。そんなものを食べていること自体が異常だが)、右手だけでプログラムを打ち込む西園寺の様子を、私はいつも目撃している。
「でもね……」結衣が言う。「彼の変人エピソードはそれだけじゃないのよお」
「へえ」
「あ、興味ある?」
「いや、別に」
「またまたぁ。気になってるくせにぃ」
「なってないって」
「ふうん」
疑わしそうな視線。私はつい目をそらす。
「まあ、いいわあ。西園寺君が多数の女子から絶大な人気を得ていることは知ってる?」
「あー、そうなの」
見てくれが良いから、まあわからない話ではない。
「ライバル沢山ねえ」
「いい加減にしないと怒るわよ」
「冗談よお」
結衣はうふふと含み笑いをする。親友のこういうところが、あまり気に食わない。
結衣は言葉を続ける。
「いくら変人って言っても天才なのは間違いないし、それにやっぱりイケメンじゃない、彼」
「まあ、確かに見てくれは悪くないわね」
「そういうわけで、西園寺君は一時期ひっきりなしに告白を受けていたんだけどお」
「うっそお」
「証拠を見せましょう。はい、ここに、去年の冬に西園寺君に告白した中三の少女A子さんがいます」
「はい。私がA子です」
いきなり謎の少女が沸いてきた。
「A子さんはね、脇役なの。この場面が終わったら退場する運命なの。だから名前もないわけ。ねえ、A子さん」
「はい」
いいのか、それで。
「私・A子は昨年の十二月十八日、西園寺君に愛の告白をしました。下駄箱にこっそり手紙を忍ばせて、人気のない校舎裏へ呼び出したのです。私は勇気を振り絞り、『西園寺先輩、私と付き合ってください!』と伝えました。すると彼は『君、何か創作活動をしたことはあるか?』と私に尋ねたのです」
告白されてそんな返答をする奴もそうそう居まい。
「私は戸惑いましたが、正直に『いえ、ありません』と答えました。西園寺先輩は『では、どうして俺が君と付き合う必要がある?』と不思議そうに首を捻り、そのまま去っていきました」
「それで?」
「それきりです」
「あの野郎、頭おかしいな」
「A子さん、ありがとうねえ。次にB子さんの話を聞きましょう」
「はい。私がB子です」
また名無しさんが現れた。
「B子さんはね、脇役なの。この場面が(以下略)」
「私も告白をすると、A子さんと同じように、創作したことはあるかと訊かれました。私は文芸部に所属していて、いくつか小説を書いたことがあったので、それを彼に見せました。しばらく無言で読み進めた後、彼は『これでは、俺の野望には適さないな』と小さく呟き、『すまない。君の創作活動に一定の敬意は表するが、俺とはどうやら縁がないようだ。君は君の道を歩んでくれ』と頭を下げ、そして去っていきました」
「それで?」
「それきりです」
「あの野郎、本格的に頭おかしいな」
「まあそういうわけでねえ」結衣が総括する。「結局みんな玉砕したのよお。それが噂になって、もう告白する人もいなくなったみたいだけれど、ファンの多くは、今でも密かにチャンスをうかがっているとか」
「ふうん」
西園寺が変人で且つモテモテだという事は良く理解できた。が、
「まあ、私には関係のない話だわね」
「関係大ありよお。だってあなたは、初めて西園寺君のお眼鏡にかなった人間なんだから」
「はあ?」
「好きだって言われたんでしょう? ちひろの絵」
「それは、まあ……」
なんだか野良犬にでも懐かれたような気分だ。
「いい? 結衣」私は首を横に振りつつ言った。「西園寺のこともゲームのことも、私は本当にこれっぽっちも興味ないの。ただうっとうしいだけ。いい迷惑だわ、ほんと」
「けれどね、西園寺君が食いついたってことは、あなたの絵にそれだけの力があったってことなのよお」
「うーん」
そう言われると悪い気はしないけれど。
「ねえ、ちひろ」
結衣が私の肩をぽんと軽く叩く。
「少し西園寺君につき合ってみたらどうよお。話だけでも聞いてみてさあ。それでも嫌だったら、そのとき断ればいいじゃない」
「私、西園寺みたいな強引な奴って好きじゃないし……」
「たった一度会話しただけで何がわかるっていうのよお。もう少し深く知りあってみて、それで一緒にゲーム作って、そうしたら案外楽しいかもよお」
そう言って、結衣はふふっと微笑みを見せた。
「結衣……あんた、もしかして、ただ面白がってるだけじゃない?」
「あら、そんなことないわよお、うふふ」
まるで説得力のない返答である。
はあ。
私はため息をつき、無言で首を横に振った。
チャイムの音が授業の再開を告げる。